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口福の記憶

幼い頃より、あまりお米を食べない人でした
母は私の偏食に手を焼いていたようです。

とにかく私は白いお米を食べない
嫌いって訳じゃないけど
パンとか麺とか小麦系のものが好きでした。

茶碗のお米に手をつけずにオカズだけ食べたり

なんなら、お米を残してパンを食べたり
今思えばせっかく作った母の夕飯に対して失礼なことをしていたな‥

今でもお米より小麦系のものが大好きですけど
大人になったからには一応食べますよ‥お米
たぶん人より消費量は圧倒的に少ないと思うけど‥


そんな私が
大好きだったお米料理があります
それは母の作ったオムライス

それと

最寄りの駅の近くにあった中華料理店のチャーハンです。

「蘭々」という店名だったかな

高級中華じゃない、いわゆる町中華
ラーメン、チャーハン、餃子なんかのほかにも
丼物や定食もある。

幼い頃の舌の記憶

母は元来、料理は苦手
毎日忙しく仕事が遅くなるので
スーパーで買ってきた刺身がスーパーで売られているトレーのまま出てきたり
惣菜売り場の唐揚げだったり
料理に時間をかけている暇はない

私も母の忙しさは知っていたし
ずっと、そうやって育ってきたので文句は言ったことはない
感謝さえする

米を食べない私が
よく母と行ったのが
「蘭々」である
父が仕事で夕飯をいらないって連絡があると、必ず私と妹と母で父に内緒で行く町中華
「どこに食べに行く?」という母の問いも言い終わる前に
答えは決まっている。
「蘭々に行きたい」


「蘭々」と書かれた赤い暖簾をくぐり
引き戸を開けると

厨房から真っ白な割烹着を着た女将さんが明るい声で
「‥らっしゃ〜い!」
その奥で不愛想な店主のオヤジさんでデッカい中華鍋振るっている

店内の壁に貼られたメニューの短冊は少しくたびれている。
消えかかった文字もある

ずっとこの場所でお店をやっているのだろう
古い店だけど
店内の清掃は行き届いている

私はお店のメニューは見ない
頼むものは決まってる
例のチャーハン
具は焼豚をサイコロ状に刻んだもの、長ネギ、ナルトを刻んだもの、卵
特別なものは何も入ってない

ラードを中華鍋で熱々に熱すると湯気が上がる、そこに卵を入れてオタマでほぐすとオヤジさんが間髪入れずご飯を投入
慌ただしく中華鍋とオタマが踊る
ガス台の上にあらかじめ刻んであった具材が行儀良く並んでる

焼豚、ナルト、長ネギと中華鍋に入ると
ここからは早い
オヤジさんが中華鍋をリズム良く振るうとチャーハンが大きく宙を舞う
中華鍋の縁をカンカンとオタマで叩いたと思ったら
調味料を高い位置から鍋肌に入れる
一瞬。炎が上がる

器用にお皿にまん丸に盛り付ける

私は今でもその姿が焼きついている


女将さんが私のテーブルにスープとともに私の前に運ぶと
胸が高鳴る

白く丸いお皿の縁にはグルリと渦巻状の模様替えが一周描かれている


鼻の奥に香ばしい匂いが流れてくるのだ

レンゲで最初の一口を頬張る時がたまらない。


なぜだろう
特別な材料も味付けもしてないのに
私には特別だ

たまに気まぐれで
オヤジさんが握り拳くらいある大きな唐揚げを二つオマケで付けてくれる


幼い私は食べきれないので
母と分けるのだ

美味しいものがあふれているこの世の中で、ありふれたチャーハンが大好きだ。

大人になったいま
私はこのチャーハンに感動するのだろうか

おそらくしないだろう。

ここで大切なのは
何を食べたか?ではなく誰と食べたのかだと思う。

高級なフランス料理を食べた記憶って、あまり残ってない

母と食べたチャーハン
今でも忘れない
店を出る時は必ず、不愛想な店主が不器用そうにニカッと笑う‥

母が亡くなって13
もう味わうことはないだろう

私の口福の記憶は母と共にはある。



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