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【震災・原発事故】【 復興予算】を検証 井上博夫・岩手大学名誉教授に聞く


 東日本大震災の「復興・創生期間」は2020年度までと位置付けられている。一応、復興庁の設置期限延長など、同期間後の対応も示されてはいるものの、2020年度が一つの節目になることには違いない。そこで注目したいのが、この間の復興事業をどう評価するか、予算はどのくらいで、その使われ方はどうだったのか、ということである。復興財政について研究している井上博夫・岩手大学名誉教授に解説してもらいながら検証していく。


 今回取材した井上教授は、1951年生まれ。大阪府出身。東北大学経済学部卒、同大学院経済学研究科修了。岩手大学人文社会科学部教授(財政学、地方財政論)を務め、現在は同大学名誉教授・客員教授。2017年4月に、岩手大学と立教大学が共同設立した「陸前高田グローバルキャンパス」を拠点に、震災復興の研究などを行っている。

井上先生

 別表①は復興財政の全体像をまとめたもの。

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 井上教授によると、以下のような特徴が挙げられるという。

 ◯「復興関係公共事業費」が最も多く、「復興交付金」や「福島再生加速化交付金」による事業も公共事業が多いため、全体的に見るとハードに偏っていると言える。

 ◯次いで多いのが「原子力災害復興関係経費」だが、その多くは除染に関するもの。

 ◯「その他」には多様なものが含まれるが、最大は「全国防災」等の被災地復興とは直接関係ないもの。

 ◯「被災者緊急支援経費」「被災者生活支援金補助金」のように被災者救済に直接充てられる経費はわずかしかない。

 ◯「災害救助費」の多くはがれき処理費。

 東日本大震災の復旧・復興関連経費は約35兆円(2018年度までの累計)だが、「国債整理基金特別会計への繰入等」を除いた実質的な復旧・復興関連経費は全体で約31・5兆円。「復興関係公共事業費」が約6兆9000億円と最も多く、「復興交付金」(約3兆3000億円)や「福島再生加速化交付金」(約1兆5000億円)に基づくハード事業も多いという。「復興交付金」や「福島再生加速化交付金」の使途がすべてハード事業ではないにしても、事業費の自治体負担分に充てられる地方交付税交付金、「復興関係公共事業費」と合わせると、ハード事業費は、軽く10兆円を超えるのではないか。

 一方で、被災者救済に直接充てられる「被災者緊急支援経費」(約2900億円)と「被災者生活再建支援金補助金」(約2900億円)は計約5800億円で、ハード事業費の20分の1程度。ハード偏重であることがうかがえる。

 一方、別表②は、昨年9月に福島大学で開かれた「環境経済・政策学会」で井上教授が研究発表した際の資料から、被災3県の支出状況を整理したもの。

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 国の支出は約30兆円(2011年から2017年)で、そのうち約16兆4000億円が地方(都道府県・市町村)に移転された。中でも岩手、宮城、福島の被災3県(当該県内の市町村を含む)への移転が約14兆6800億円で9割ほどを占める。逆にいうと、国からこの被災3県以外の都道府県・市町村への移転も1兆7000億円ほどあることになる。

 国からの移転の中身は「国庫支出金」と「震災復興特別交付税」に分けられ、岩手、宮城、福島の3県と同県内の市町村はこれを主な財源として復興事業を行ってきた。つまり、「復興の主体」は県・市町村で、その財源は国庫支出金からまかなわれたというのが特徴だという。

 この3県では県から市町村に交付している分もあり、その財源もほとんどが国庫支出金。要するに国→県・市町村のほか、国→県→市町村といった流れもあるということ。特に、福島県は県への国庫支出金が多く、それが県から市町村に交付された額が大きい。その理由は、除染費用の仕組みがそうなっているため。

 除染は、避難指示区域は国(環境省)直轄で実施されたが、それ以外のところでは市町村が実施主体となった。その際、財源は県を通して国からもらう仕組みだったのだ。そのため、福島県は県への国庫支出金が多く、それが県から市町村に交付されることになったわけ。

福島復興の問題点

 おおまかではあるが、これが復興財源の全体像である。

 井上教授は次のように解説する。

 「当然、国からの補助金には交付要綱に基づく縛りがあります。ただ、県や市町村の財政担当者などから、『国の補助金には縛りがあって、やりたいことができない』といった不満の声はあまり聞かれません。ということは、制約はあるものの、復興予算として非常に大きな金額が組まれ、中でも後半になってからは、福島県に投入される財政が多かった。いろいろな縛りがあっても、予算が潤沢に使える状態だったため、不満が解消されてきたという側面があるのです」

 確かに、原発被災地では予算規模がかなり膨れ上がった。交付要綱の中で縛りがあっても、予算が潤沢に使える状態だったため、不満が出なかったというのだ。

 そんな中、井上教授は福島県の復興に当たっての問題点を次のように指摘する。

 「それぞれの自治体の住民のニーズと政策の間に食い違い、齟齬があるのではないかと思います。『個人の復興』と『地域の復興』は必ずしも一緒ではありません。典型的なのが県外避難している人。県にしても、(避難区域が設定された)市町村にしても、地域・場所の復興を進めています。ただそれは、県外避難者や県内他地域に避難している人にとっては、『生活再建には直接つながらない』ということになるわけです。そのくらい、住民は広範囲に避難・拡散し、その期間もかなり長くなってしまった。いくら地域が復活しても人が蘇らなければ意味がないわけですから、その手当てができるようにしなければなりません。ただ、実際は県外にいる人に対しては相談窓口がある程度。実際に支援の手が差し伸べられているわけではない。復興財政の歳出の中身を見ても、ハード面が中心で、ソフト面の整備にはあまり力が割かれてこなかった。補助金の仕組みとしては、心の復興、コミュニティ再生のためのソフト事業などに使える被災者支援総合交付金が遅ればせながらできた。でもやっぱり、一人ひとりの状況に合わせたものにはなっていないのです」

 こうした問題に関しては、本誌1月号「原発避難区域 度が過ぎる復興事業」という記事でも指摘した。いま、避難解除区域ではどんな事業が行われ、そこにどれだけの財政投資がなされたか、それに対して復興庁の住民意向調査などのデータを基に「戻らない」という人が半数からそれ以上に上ることを示し、「莫大な費用(税金)を投じて〝場所〟を復興させても、その恩恵を受ける人はわずかに過ぎない」、「『どうしても帰りたい』という人のために、必要最低限の環境が整えば十分ではないか」と指摘した。

 そもそも、自治体の運営は議会制民主主義の中での〝過半数主義〟に基づいて意思決定がなされる。それで言うと、アンケートなどで「戻らない」という人が半数からそれ以上を占める中で、自治体予算の大部分を、少数派である「戻る人」のため、すなわち「〝場所〟の復興」に使うのは原則に反するのではないか。

 「避難している人の意見が、財政の使われ方に十分反映される仕組みになっていない。翻れば、復興計画を作るときに、いろいろな条件の住民の声を反映する仕組みになっていたか。福島県の場合は、避難区域が設定されたこともあって、最初に策定された復興計画は抽象的でした。それを政策化、施策化して、具体的な事業として動き出す段階で、計画に立ち返り、住民と懇談しながら対応する意識が必要だったが、それが足りなかった。結果、具体的な事業になっていくときには、帰還環境整備に特化していきました。国のメニューがそうだったからという事情もあります」(井上教授)

 井上教授は「計画に立ち返り、場所と人、両睨みの復興にしなければならなかった」とも明かしたが、そんな中、人の復興のために「官民合同チームの個人版のようなものが必要だ」と指摘する。

 「事業所の再建については、官民合同チームが立ち上げられ、個別に聞き取りを行い、それぞれが抱えている困難に対して、きめ細かな対応をしました。それと同じような個人版も必要です。類型的に見るのではなく、『被災者カルテ』といった形で、一人ひとりの状況を見て対応できるものです。避難区域の住民には、帰還できる人、帰還した人、帰還しようと思う人、移住しようという人、どうするか判断がつかない人がいる中で、何を提供すればいいのか。それは一人ひとりに対応するしかないんだと思います。被災者支援団体の方に聞くと『一人ひとりが置かれた状況が違う、〝マス〟で考えるのは無理』と話していました。判断できない人に対しては、どういうことが整えば判断できるか。その結果、帰還するときにはどのような問題があるか、移住するのだったら、どういうサポートがあればいいか等々、個人対応が必要なのです。ハードだけでなくソフトも充実させる必要があり、それもマスでみるのではなく個人ごとに見る必要があります」(同)

基金残高が多い福島県

 本誌はこの間、避難区域の首長らを取材する機会がたびたびあったが、多くの首長が「避難生活を続けている人にも寄り添った対応をしていきたい」との見解を示していた。ただ、具体的にどうするか、といった話になると、「高速道路の無料化の延長を要望する」といった程度で、もっと踏み込んだアイデアが披露されることはなかった。

 井上教授が明かしたように、早い段階で「官民合同チームの個人版」や「被災者カルテ」といった対応が必要だったのだろう。

 一方、「〝場所〟の復興」に関してさらに言うならば、今回の原発事故では明確な加害者が存在している。当然、加害者にはそれを元に戻す責務がある。にもかかわらず、国費を使って復興させることは原理原則に反するのはないか、といった疑問もある。

 この点について、井上教授は次のように解説した。

 「福島の復興に当たり、国は東電の責任に当たるものは求償することになっています。ただ、どの範囲を東電に求償するかは明確になっていない。そういう意味では求償範囲をはっきりしなければなりません。岩手・宮城は加害者がいないから国がやらなければならない。福島は国にも一定の責任はあるが、東電も担う必要があります。このことは、復興庁の人も言っていました」

 このほかのポイントとして、井上教授は「福島県は、岩手・宮城両県と違い、県の役割が大きくなる」と述べた。

 「福島の場合、岩手・宮城と違い、県の役割が大きくなります。というのは、国から県に対して、さまざまな交付金が出ているからです。例えば、除染費用は国から県に補助金が出て、それを市町村に配って、というルートになっています。これは用途が決まっていますが、それ以外にも原発関係の交付金が県に出されています。例えば、中間貯蔵施設整備等影響緩和交付金は県と双葉町、大熊町に出されています。福島特定原子力施設地域振興交付金は年間84億円が30年間出ます。これら、県に出されているお金は、通常の補助金と違って使い道が制限されていない。つまり、何に使うかは県の判断になるわけです。いかにいままでの中で足りないところに、有効に使えるかが大事になります」

 そんな中、福島県では岩手・宮城両県と比較して多額の基金があるという。別表③は前記同様、井上教授が学会で研究発表した際の資料から、被災3県の基金残高をまとめたもの。

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 「福島県では基金としてこれだけ残っているのです。その有効活用には県だけでなく、被災市町村や住民の意見を聞き、何が必要なのかを考えて復興に役立つように使ってほしい」(同)

 ただ、原発関連交付金の使い方に関しては疑問も残る。別表④、⑤、⑥は、福島再生加速化交付金、福島原子力災害復興交付金、中間貯蔵施設整備等影響緩和交付金の使途をまとめたもの(④、⑤は前述・井上教授が学会で研究発表した際の資料より、⑥は井上教授提供のものを本誌が加工)。

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 福島再生加速化交付金は、帰還整備事業が主要項目で、やはり〝場所〟への投資が多い。そのほか、産業支援関係も多いのが特徴。長期避難者生活拠点形成は、災害公営住宅整備などに充てられ、現在はその交付金はわずかな額になっている。同様に福島定住等緊急支援もいまはごくわずかとなっている。2019年度からは「既存ストック活用まちづくり支援」が新設された。

 福島原子力災害復興交付金も同様に、〝場所〟への投資や産業支援が主になっている。

 「2012年に福島復興再生特別措置法が制定され、福島再生加速化交付金がつくられました。これは順次変わっていき、最初は避難先に居住環境の整備をしていたが、大幅に減額しました。いまは避難元の整備になっており、やはりハード整備中心となっています」(同)

「普通の経費」に使用

 一方、中間貯蔵施設整備等影響緩和交付金は、県立医大・県立会津大の運営費、特定廃棄物埋立処分事業地域振興交付金などに使われた。特定廃棄物埋立処分事業地域振興交付金は、富岡町と楢葉町にまたがる民間の管理型処分場(フクシマエコテッククリーンセンター)を環境省が取得し、放射能濃度が1㌔当たり8000ベクレルから10万ベクレル以下の指定廃棄物(特定廃棄物)の埋立処分を行っており、その代わりに富岡町と楢葉町に計100億円を交付したもの。

 双葉町と大熊町は、影響緩和補助交付金として、住民1人当たり年額10万円を支給している。

 「福島県は原発関係の交付金で、まだ残っているものが多い。これまでで使ったものでは、県立医大、会津大学の運営費などがありますが、それって普通の経費ではないのか、復興や原発災害対策に直接結びつくのかといった疑問があります。もう少し工夫のしようがあると思います。だからこそ、残っている基金はきちんと使ってほしい。双葉町と大熊町は中間貯蔵施設整備等影響緩和交付金で、住民1人当たり年間10万円を支給しています。要は、国が除染廃棄物を持ってきて、ご迷惑をおかけしますというもの。ただ、一人ひとりに配って終わりというのは寂しい気もします」(同)

 さらに、井上教授によると、「国の要綱では、加速化交付金49事業、復興交付金40事業など、メニューはそれなりにある」という。ただ、各自治体がそれを使いこなせているかと言うと、特に市町村はそうではないようだ。

 井上教授の解説を基に整理すると、①復興予算の使途は〝場所〟への投資、ハード事業に偏っており、直接被災者支援に充てられたものは少ない、②国のメニューも、自治体の意識も帰還政策に偏っている、③福島県は基金残高が多く、今後、その使い方が重要になる、④「福島再生加速化交付金」、「福島原子力災害復興交付金」、「中間貯蔵施設整備等影響緩和交付金」などの使い方はもう少し工夫が必要、⑤加速化交付金、復興交付金などのメニューを使いこなせているとは言えない――といったことが挙げられる。

 総じて言うなら、もう少しやりようがあった、ということに尽きそうだが、避難指示区域の住民などで同様に感じている人は多いのではないかと思う。


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