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漁業者賠償「打ち切り」の線引き

ロードマップが示す本格操業移行への課題

(2021年6月号より)

 福島県漁業協同組合連合会(県漁連、野崎哲代表理事会長)は東電福島第一原発事故後から続けてきた試験操業を3月31日で終了した。今後は事故前の状態(本格操業)に戻すための取り組みが進められるが、その中身と漁業者への賠償がどうなっていくのかリポートする。

 県水産課が公表している「福島県海面漁業漁獲高統計」(令和2年版)によると、震災・原発事故後の2012(平成24)年から2020(令和2)年までの試験操業水揚げ数量と金額は別表の通り

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 原発事故直後はさまざまな魚種から放射性物質が検出され操業がままならなかったが、獲る魚種や場所を限定したりモニタリング調査を続けた結果、水揚げ数量・金額とも徐々に回復。2020年は数量で約38倍(2012年比)、金額で約1・7倍(2016年比)まで戻った。

 とはいえ震災・原発事故前の2011年と比較すると、水揚げ数量は依然8割以上減っており、完全回復には程遠い状況だ。

 こうした中、県漁連は①漁船、漁港、市場等の生産・流通体制が一定程度復旧した。②震災前に行っていたほぼすべての漁法が操業可能となった。③福島県沖の漁場は一部の自粛海域(福島第一原発から10㌔圏内)を除き、震災前と同様の海域が利用可能となった。④放射性物質の検査体制が構築され、福島県産の海産魚介類の安全性が確認されている。また今年3月現在、放射性物質はほぼ検出されなくなった。⑤出荷先都道府県は震災前とほぼ同様に回復し、市場で一定の評価を得ている――等々、試験操業の目的は達成されたとして3月31日で試験操業を終了。4月からは「本格操業への移行期間」とし、風評によって停滞した流通・販路を震災前の水準に回復させるため、ロードマップに基づいた取り組みが進められている。

 ロードマップは漁協・漁法ごとに作成され、水揚げ量増大に向けた取り組み、流通、市場体制、漁場の利用、検査体制、担い手・後継者育成といった課題を洗い出し、課題ごとに短・中・長期に分けて取り組むとしている。数年かけて水揚げ量を回復させ、最終的には原発事故前と同程度まで戻すことを目指している。「何年後に完全回復を達成する」とゴールを設定するのではなく、一定程度まで回復したと判断できたら、それをもって本格操業に戻ったと位置付けたい意向だ。

 「水揚げ量だけ増えても意味がありません。流通や販路もセットで回復して、ようやく福島県の漁業は復興を果たしたと言えるのです」

 こう話すのは、県漁連指導課の澤田忠明主任。澤田主任によると、放射性物質の検査体制は確立され、食品衛生法の基準値(1㌔当たり100ベクレル)を超える魚はほぼ見つかっていない。試験操業を経て、水揚げ量を増やす体制も整った。しかし、安全な魚がたくさん獲れても、消費者が安心して購入するのか、適正な価格で市場に流通するのか、「福島県産」ということで買い叩きが起きないのか、といった問題は根強く残る。せっかくたくさん獲れても販路がなければ無駄になるだけだが、そんな需給バランスも原発事故で崩れてから回復したとは言い難い。

 要するに、水揚げ量がいくら増えたところで、消費者に届ける経路を確立し、最終的には消費者が買ってくれなければ、さらに水揚げ量を増やすことにならないわけだ。

 「だから本格操業に戻すまでには時間がかかるのです。今後さまざまな課題が見つかると思いますが、少しずつ水揚げ量を増やし、流通と販路を広げ、さらに水揚げ量を増やす好循環に繋げたい」(同)

 ところで、試験操業の終了で気になるのが漁業者への賠償だ。

 漁業者は震災前数年間の収入を平均化し、現在の収入との差額を東電から賠償金として受け取っている。金額の算定は各自で行い、県漁連は請求業務を代行。JAでは農家に支払われたこの間の賠償金総額を定期的に公表しているが、県漁連では公表していない。

 農家と同様、漁業者に対しても、東電は賠償の打ち切り時期を示していない。被害が回復しない限り、加害者の東電が賠償を続けるのは当然だが、しかし、中には賠償を打ち切られた漁業者もいる。

「復帰に踏み切れない」

 震災前は浪江町に住み、現在は中通りで暮らすAさんは、本業の会社経営のかたわら弟と漁業に従事していた。年間2000万~2500万円の収入があり、そこから弟に給料を支払い、船の維持費、燃料費、漁具費などをまかなっていた。

 しかし、Aさんは原発事故後に始まった試験操業に参加しなかった。理由は、自身の主な漁場が福島第一原発から10㌔圏内で、県漁連が自粛海域に指定していたためだ。

 「魚介類から放射性物質が検出されなくなっていることはもちろん分かっているが、自粛海域がきちんと解除されないうちは漁業に復帰する気持ちになれない」(Aさん)

 ただ、いつでも漁業に復帰できるよう地元漁協の組合員は辞めていないし、漁船(6㌧)も漁港に係留してある。

 そんなAさんにも賠償金が支払われていたが、昨年8月に突然打ち切られたという。

 「打ち切りの明確な理由は告げられていない。おそらく、試験操業に参加していなかったことが原因だと思うが、漁業をやりたくてもやれない環境にしておきながら、一方的に賠償を打ち切る東電の姿勢は納得いかない」(同)

 Aさんは百歩譲って賠償打ち切りを認めたとしても、試験操業から本格操業に向けて動き出したというなら、操業している漁業者の賠償も見直すべきだと主張する。本格操業できるなら水揚げ量は増えるはずで、当然収入も増えるだろうから、賠償は不要と言いたいようだ。

 ただ前出・澤田主任によると、原発事故前は水揚げ量が少なかった漁業者が近年、本業を定年するなどしてそれまで副業だった漁業に本腰を入れ、原発事故前より水揚げ量を大幅に増やしているケースが見られるという。そういう漁業者は当然ながら賠償を受けていない。賠償を受けているのは、あくまで原発事故前の水準に戻っていない漁業者だけだ。

 澤田主任は、試験操業に参加していない漁業者への賠償が打ち切られたことは承知しているが、コメントは差し控えるとしている。代わって県漁連関係者がこう説明する。

 「漁業がやりたくてもやれない気持ちは理解できる。ただ、自粛海域では無理でも、現在それ以外の海域では漁業ができる。つまり、やろうと思えばできる選択肢があるのに、それでもやらない漁業者に賠償を続けることはできない、という東電の考えはもっともだと思う」

 東電の肩を持つつもりは毛頭ないが、ロードマップを通じて賠償金に頼らない本格操業がどう実現されるのか注視していきたい。




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