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【風評被害】【トリチウム水】リスク高い処理水海洋放出

具体策が示されなかった小委員会報告書


 東京電力福島第一原発で増え続ける汚染水の処理方法について話し合う経済産業省の小委員会は2月10日、「海洋・大気放出が現実的で、海洋放出の方がより確実に実施できる」とする報告書をまとめ、政府に提出した。今後、政府は同報告書を基に海洋放出に踏み切るものと思われるが、放射能汚染やいわゆる風評被害、国際的な信用を損なうという点でリスクは相当高く、反対意見が相次いでいる。

 福島第一原発では燃料デブリに水をかけて冷却しており、その水が建屋内に滞留している。一方で、水素爆発の衝撃で破損した建屋の個所から地下水・雨水が建屋内に入り込んでおり、それらと高濃度の滞留水が混ざり合って、大量の「汚染水」が生み出されている。

 それらの汚染水は多核種除去設備(通称ALPS)を使うことで、放射性物質62核種を法定告示濃度未満まで除去できるため、東電は3種類のALPSをフル稼働させて、汚染水の除染処理を行ってきた。ただし、放射性物質のトリチウム(半減期12・3年)だけ除染されずに残ってしまうため、処理が終わった水(処理水)はタンクに貯蔵されてきた。

 昨年12月12日時点のタンク貯蔵量は109万6014立方㍍。118万立方㍍分のタンクが造られており、今年12月までに137万立方㍍まで増やす。ただ、処理水はいまも1日約170立方㍍ずつ増えており、2022年夏ごろに満杯になる計算だ。そのため、処理水をどう処分するかが議論になっているのだ。

 放射性物質と言っても、トリチウムは海や川にも普通に分布しており、放射線エネルギーも極めて弱いため、平常時の原発では法定告示濃度(トリチウムは1㍑当たり6万ベクレル)以下に希釈して海洋放出されていた。ちなみに福島第一原発の汚染水抑制策として実施されているサブドレンや地下水バイパスでも運用目標(1㍑当たり1500ベクレル以下)に準じ、海洋放出されている。

 こうした事実を踏まえ、国では最も低コスト・短時間で処理水を処分できる方法として、希釈して海洋放出する案を推している。

 ただ、トリチウムの排出量が多い原発の周辺では、白血病の発症や新生児の死亡率が高まるとの研究論文もあり、その安全性に疑問を投げかける声もある。

 何より処理済みとは言え、福島第一原発事故で発生した汚染水が海に放出されれば、「福島の海に汚染水が流された」というイメージだけが国内外に広まり、漁業をはじめとしたさまざまな産業がダメージを受けるのは確実だ。国や東電がさまざまな媒体でキャンペーンを打ち出し、世間の理解を変えることができれば影響を軽減できるかもしれないが、この9年間の対応を見ていると、正直期待はできない。

 さらに本誌2月号巻頭言では、「これまで東電が裁判や裁判外紛争解決手続き、原発賠償などで無責任な対応に終始してきた姿を見ると、汚染水の海洋放出に当たり事故やミスが起きたとき、誠実な対応をするとは思えない」という点も指摘した。

 こうしたことから、本誌では石油備蓄基地などにある大型タンクなどを活用して処理水を長期保管し、トリチウムの減衰を図るとともに、除去できる技術の開発に全力で取り組むべきだと主張してきた。

 これらの問題について議論してきたのが、経産省が設置した汚染水処理対策委員会の下部組織「多核種除去設備等処理水の取り扱いに関する小委員会」だ。いわゆる風評被害への対策を含め、処理水の処分方法を3年以上話し合っており、2018(平成30)年8月には富岡町、郡山市、東京都内で公聴会を開催した。

 公聴会は海洋放出をはじめ、5つの処分方法を示して一般市民に意見を聞くものだったが、「風評拡大につながる」、「汚染リスクがある」として意見表明者の大半が5つの処分方法に反対し、「当面タンクで保管すべきだ」と主張した。

 実はこの公聴会が開催される直前の同年8月、トリチウムしか残っていないと思われたタンク内の処理水に、法定告示濃度を超えるヨウ素129やストロンチウム90などが含まれていたことが発覚した。

 ALPSを使って全核種の放射線量を法定告示濃度まで除染すると時間がかかるため、タンクに貯蔵する際の基準までひとまず下げて保管されていたもので、そうした処理水が全体の8割を占めていた。この事実が公聴会直前に明かされたため、世間に不信感を与えた。その結果、前述したように、保管継続を求める声が圧倒的に多くなったのだ。

 その後、長期保管や5つの処分方法以外の選択肢について市民団体などから具体的な提案も行われたが、経産省や東電はそれらの案の採用には否定的で、結局、過去に他の原発などで実績がある海洋放出・水蒸気放出・2案併用の3案に絞られた。1月31日の会合で委員からの意見を反映させた報告書取りまとめ案が大筋で了承され、2月10日に報告書として正式に政府に提出された。

具体的ではない小委員会報告書

 報告書の主なポイントは以下の通り。

 〇5つの処分方法のうち、地層注入、水素放出、地下埋設については技術的な課題があり、実績がある海洋放出・水蒸気放出が現実的。特に国内の原発で行われていた海洋放出に関しては確実に実施できる。

 〇放射線による影響は極めて少ないが、海洋放出・水蒸気放出を実施すれば社会的影響は大きいと予想されるので風評被害対策が必要。

 〇処理水に含まれるトリチウム以外の放射性物質については確実に二次処理を行う。周辺環境のモニタリングを強化し、測定結果を分かりやすく丁寧に情報発信していく。

 〇風評被害対策としてはこの間効果のあったリスクコミュニケーションを拡充・強化していく。具体的には①処分方法やトリチウムに関する分かりやすい情報発信、②マスメディア・SNSでの対応、さまざまな層を対象とした出前講座、③海外への情報発信強化など。

 〇併せて風評被害防止・抑制・補填のための経済対策にも取り組む。具体的には①環境モニタリングと食品のサンプル検査を組み合わせた分析体制の構築と分かりやすい情報発信、②GAPなど第三者認証の活用、③新規販路開拓による県産品の棚の常設化、④県産品販促イベントの実施、⑤小売段階での専門販売員の設置、⑥オンラインストアの開設など。

 〇政府には、報告書の提言に加え、地元自治体や農林水産業者をはじめとした幅広い関係者の意見を丁寧に聞きながら、責任と決意をもって方針を決定することを期待する。その際には、透明性のあるプロセスで決定を行うべきだ。

 こうして見ると、処分方法はともかく、風評被害対策に関しては既存の対策と大して変わりなく、具体性にも欠けている。

 漁業関係者や首長らも同じ感想を抱いたようで、2月19日にいわき市で開かれた廃炉・汚染水対策福島評議会では、同報告書について野崎哲県漁連会長が「具体的な風評対策が提言されないと納得できない」と主張。浜通りの首長らも「消費者目線での風評対策が必要」、「トリチウムの科学的な性質や、国内外での処分の実績など、正確な情報が十分に国民に伝わっていない」と指摘した。

 また、2月5日に開かれた「原発の廃炉に関する安全確保県民会議」においても、委員から「もっと風評について議論し、方向性を出してほしかった」といった意見が出た。

 2月7日の衆院予算委員会では、国民民主党の小熊慎司衆院議員(比例東北)が梶山弘志経産相に対し、「拙速に結論を出さずに、東電敷地外での処理水保管を選択肢に入れて検討すべきだ」と主張し、「福島だけで意見を聞くと、福島での放出が前提となってしまう。懸念を払拭する意見聴取の仕方を考えるべきだ」と要望した。梶山経産相は「地元自治体や農林水産事業者などから幅広く意見を丁寧に伺い、風評被害対策を含めて結論を出す。透明性のあるプロセスで政府として責任を持って決定していく」と答弁した。

 なお内堀雅雄知事は定例記者会見などで「国及び東京電力の責任において、環境や風評への影響などを十分に議論の上、国民・県民に丁寧に説明しながら慎重に検討を進めてほしい」と述べている。

 県内ばかりでなく、茨城県内の沿海10漁協などでつくる茨城沿海地区漁業協同組合連合会(飛田正美会長)も国に対し、処理水を海洋放出しないよう求める要請書を大井川和彦茨城県知事に提出した。同連合会は要請書で「海洋放出になれば、風評の再燃は必至」と指摘し、処理水の中にトリチウム以外の放射性物質が残留していることを踏まえ、「新たな実害の発生が大いに懸念される」とした。そのうえで、「これまでの漁業関係者の努力を水泡に帰し、漁業の継続を断念する状況に追い込む仕打ち」と非難している(茨城新聞ウェブ版2月14日付配信記事)。

 要請書を受け取った大井川知事も「(海洋放出は)全く容認できない」と賛同し、別の日には内閣府の福島原子力事故処理調整総括官に対し、処理水の処分方法を白紙で検討するよう要請するなど、内堀知事より踏み込んで海洋放出反対を主張している。もはや福島県だけの話ではなくなっているということだろう。

 陸上での長期保管などを求めていた環境NGOなど3団体も、報告書取りまとめ案がほぼ固まった後の1月22日、国会内で集会を開いた。参加者からは、公聴会で最も支持する意見が多かったタンクでの長期保管が報告書に反映されていないことについて、「議論が不十分」、「東電の説明をそのまま記載し、陸上保管の意見を切り捨てている」という声が出たという(朝日新聞1月23日付)。

容易でない海洋放出

 今後は政府がさまざまな意見を聞きながら、処分方法を決定することになる見込みで、現実的には海洋放出となる可能性が高そうだが、それとて実現するのは容易でない。

 まず膨大な時間がかかる。18頁からの小出裕章元京都大原子炉実験所助教インタビューでも触れられているが、タンク内の処理水に含まれるトリチウムの総量は約860兆ベクレル(昨年10月末現在)に上る。法定告示濃度の1㍑当たり6万ベクレル以下に希釈し、原発事故前に定められていた管理目標値年間22兆ベクレルを守って海洋放出したとしても、約40年の時間がかかる。

 前述した通り、タンクの8割には法定告示濃度を超える放射性物質を含んだ処理水が入っており、いざ海洋放出する際にはALPSで精密に除染しなければならないが、そうすると、ALPSに使われている吸着材やスラリー(核種が高濃度に圧縮されたドロドロの廃液)などの廃棄物が大量に発生する。そうするとこちらの保管施設を確保する必要も出てくる(本誌昨年3月号参照)。

 韓国はIAEA(国際原子力機関)において、日本の汚染水問題への対応を問題提起していたが、注目度が上がっているだけに、外交問題への影響も気がかりだ。各国の在京大使館関係者向けに行われた小委員会報告書に関する説明会では、ひとまず批判や抗議の声は上がらなかったという。だが、元在スイス大使の村田光平さんは次のように懸念を示す。

 「長く大使を務めていたので、スイス、インドなど世界各国に友人がいるが、いずれもこの問題について高い関心を持っています。新型コロナウイルス感染症の対応に失敗し、世界で評価を落とした日本が、処理水の海洋放出に踏み切ればさらに批判が集まるでしょうし、〝地球環境加害国〟と見られかねません。海洋放出は行うべきではなく、技術や安全を過信した末に起きた原発事故への反省が全くない行為です」

 地下・鉱山開発の会社の社長を務め、世界中で工事を請け負ってきた江口工さん(工学博士)は「海洋放出をしなかったとしても問題は山積みです」と指摘する。

 「まず地下水は地下の1カ所に留まっているわけではなく、地表の下で縦横無尽に動き回っています。東電は海側に遮水壁を設け、建屋周りに陸側遮水壁(凍土壁)を設け、地下水バイパスやサブドレンで水をくみ上げて汚染水の発生を抑制しようとしていますが、下方は特に覆われていないので少しずつ拡散されている可能性が考えられます。もともと地下水が豊富で地盤が緩い場所なのに、1基当たり20万㌧とも言われる原子炉が4基あるのに加え、あれだけのタンクが置かれれば、地盤がかなり不安定になっているはずです。仮に大地震が起きればタンクが将棋倒しになり、法定告示濃度まで下がりきっていない処理水が一気に漏れ出るリスクがあります」

地盤強い敷地外で保管すべき

 海洋放出をするのも困難であり、タンクを置いておくのも危険で、八方ふさがりとも言える状況の中で江口さんは解決策として、次のように提言する。

 「地盤に複数の穴を空けてセメントを注入する『カーテングラウト工法』により、原発建屋に向かう地下水をガードする遮水壁を作ればいいのです。併せてタンクの地下も同工法で強化することで、地震のリスクを減らせると思います。一方で、処理水の保管場所に関しては、浜通りの内陸側に強度が強い花崗岩の地盤が広がっており、坑道を備えた鉱山などもあるので活用できると思います。そうして、当面は処理水を貯蔵し放射線量の減衰を待ちながら、トリチウム除去技術の開発を待つのが現実的な手段だと思います」

 報告書では海洋放出しか方法はないという言いぶりだったが、海洋放出にこだわらなくても、解決策はあるということだ。あとは国や東電にどれだけ幅広く意見を聞いて実行する気があるか、という話になる。

 本誌1月号に掲載した中間貯蔵施設や汚染水問題関連の記事の中で、ステークホルダー・インボルブメントについて触れた。

 海外では公共事業などを行う際、政策や事業によって影響を受ける「ステークホルダー」について、情報環境の整備、双方向の対話、ステークホルダーが直接決定プロセスに参画する「ステークホルダー・エンゲージメント」といった取り組みが行われる。こうした政策・事業の進め方は「ステークホルダー・インボルブメント」と呼ばれる。

 汚染水問題においても、住民の意見を丁寧に聞きながら進めていくことが求められよう。

 また、本誌2月号でも触れた通り、国・東電が「どれだけ地元が反対しても海洋放出しかない」というのであれば、地元自治体(県や関係市町村)に対し相応の金額(数兆円程度)を供託させ、何か問題が起こったら、その供託金で地元主導により対応できることを条件とすべきだ。実際に深刻な風評被害やトラブルが起きたとき、泣きを見るのは福島県民であり、知らぬ存ぜぬで終わらせない対応をいまから考えておく必要がある。

 そこで期待したいのは、複数の市町村をまとめることができる県、すなわち内堀知事の存在だ。いまのところ、当たり障りのないコメントに終始している印象だが、茨城県知事のようにここで一歩踏み込んで、国・東電と対峙してほしい。

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