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甘くなかった大熊町イチゴ栽培事業

栽培工場建設も7000万円赤字

(2021年6月号より)

 復興と住民帰還を進める大熊町では、町100%出資のイチゴ栽培・加工・販売会社を設立し、イチゴを新たな特産品にすべく取り組んでいる。だが、設立2期目にして約6000万円の赤字となり、資本金を大幅に増資していたことが分かった。

 福島第一原発が立地していた大熊町は、原発事故で人口の9割超が住んでいた町中心部や居住地が帰還困難区域に指定され、さらに原発周辺に中間貯蔵施設が整備された。

 2019年4月に町内の居住制限区域、避難指示解除準備区域への避難指示が解除され、町は居住制限区域だった大川原地区を復興の拠点とするべく、建設費約27億円の新たな町役場を開庁した。災害公営住宅や商業施設、福祉施設も整備された。2023年4月には義務教育学校が開校する予定だ。町の簡易調査によると、大川原地区の空間線量(平均値)は0・12~0・35マイクロシーベルト毎時。ちなみに町内最高値は夫沢地区の14・87マイクロシーベルト毎時。

 帰還困難区域のうち、比較的放射線量が低いところに特定復興再生拠点区域を設定し、除染後に住民帰還を目指す試みも進められており、JR大野駅周辺では再開発が計画されている。

 そんな同町がいま取り組んでいるのがイチゴ栽培だ。2018年7月、町100%出資のイチゴ栽培・加工・販売会社「ネクサスファームおおくま」(島和広社長=大熊町副町長)を設立。福島再生加速化交付金を活用し、大川原地区に敷地面積2・9㌶に及ぶ事業費約20億円の栽培工場を建設した。発光ダイオード(LED)や養液を使い、コンピューター制御で栽培する最新鋭の工場だ。

「ネクサスファームおくま」の栽培工場

「ネクサスファームおおくま」の栽培工場

同工場で生産されたイチゴや加工商品

同工場で生産されたイチゴや加工商品

 安心・安全な食物の提供、雇用の確保を図ることで、町の復興、農業者の営農意欲向上、町民帰還を後押しする狙い。国内市場の需要状況、収益性、商品イメージなどから、生産者の多い「冬春イチゴ」と、生産者が少なく単価が高い「夏秋イチゴ」を組み合わせて、通年栽培・販売する戦略だった。

 ところが、このイチゴ栽培の業績が芳しくない。同町議会昨年12月定例会での同社の経営状況に関する一般質問に対し、吉田淳町長は答弁で「経営は厳しい状況」と認めた。

 民間信用調査機関によると、同社のイチゴが初めて出荷された2020年5月期(2期目)の売上高は1200万円、当期純損失は6742万3000円に上った。2019年5月期(1期目)は売上高なし、当期純損失633万7000円だったので、設立2年で7000万円超の損失が発生しているわけ。

 町は外部の専門家を含む検証委員会で、経営状況の調査を実施した。それによると、①主力品種の「すずあかね」が計画通り出荷できず、大量の廃棄が生じて売上高が伸びなかった、②夏秋イチゴは栽培の難易度が高く、収穫には技術と多くの人手が必要だった――ことが赤字の原因と分析された。栽培開始当初、JAから農薬が誤配送されたのをそのまま使ってしまい、苗がすべて廃棄処分となったトラブルなども響いた。

 昨年12月10日に開かれた12月定例会で吉田町長は増資する方針を示していたが、法人登記簿を確認すると、昨年12月17日、9000万円から2億8000万円に増資され、今年1月4日に登記されていた。

 「赤字の事実を取り繕うため、かなり前から増資を検討していたのでしょう」と語るのはある町民だ。

 「業容拡大でもないのにいきなり3倍に増資するなんて異例。経営資金が逼迫して大ごとになる前に増資したのでしょう。そもそも現場責任者である所長も含め、イチゴ栽培のノウハウを持ち合わせている人物はいないというから、甘い見通しでスタートしたということ。こうした事実を町民に周知し反省する姿勢が見られないのが残念だし、町執行部の責任を追及しようとしない町議らの態度にもガッカリします」

 別の町民もこのように語る。

 「栽培工場では近隣住民向けに1ケース数百円から1000円でイチゴを販売している。一時帰宅のついでに買ってみたら、これが全然甘くない。全国の甘いブランドイチゴが流通しているのにこの味では、販売量を伸ばすのは難しいと思います」

 記者も栽培工場で生産された「やよいひめ」を1ケース購入したが期待したほどの甘さはなく、一緒に味見した同僚スタッフは無言になってしまった。イチゴの主な出荷先は、被災地復興のために協力を申し出た「杜のいちご」(宮城県七ヶ宿町)の取り引き企業で、ケーキなどの加工用として出荷されるという。品種や季節によっても異なるだろうし、ジャムやドライフルーツなどの加工商品は美味だったが、これで「大熊町のイチゴ」というブランドを高めていけるのか。

課題は労働力確保

 同社社長でもある島副町長に赤字の理由や増資の狙いについて、コメントを求めたところ、次のような回答が文書で寄せられた。

 「当初計画より1~3作ほどは赤字を見込んでいたことに加え、発注と異なる農薬が誤って納品され使用したことで、作付けをやり直したこともあり、赤字幅が拡大しました。当初、中小企業としてのメリットを生かすため、1億円以下で資本金を設定しましたが、初年度の財務状況が計画値よりもずれ込んだため、同種同規模の会社の資本金を調査、比較し、事業規模に見合った資本金になるように増資いたしました」

 要するに、ノウハウ不足によるトラブルも含め、いろいろと見通しが甘かったということだ。

 経営に対する懸念の声については、このように述べる。

 「厳しいご意見も承知しておりますし、応援の声もいただいております。大規模栽培をするうえで、運営や栽培方法に至るまで、小規模農業とは異なった視点と発想を持つことが求められます。新しい農業の形を模索しながら、町民が失敗も成功も体験し、大熊町に20年30年先につながっていく新しい産業を創ろう、それを町民の手で実現しよう、とチャレンジする思いを温かく見守っていただけるとありがたいです」

 「経営状況については、地方自治法243条の3第2項に基づいて大熊町議会に報告しており、今後とも同様に対応してまいります。また、復興状況の周知の一つとしてネクサスファームおおくまの商品PRなどの取り組みを強化し、町としても応援していきたいと考えています」

 工場長を務める徳田辰吾取締役にも現地で話を聞いたところ、「ノウハウという意味で安定的に栽培できる見通しは立ち、需要も見込めている。ただ労働力不足が解消されていない。特にパート従業員は想定数の3分の1にも達しておらず、生産量を伸ばせない」と明かした。

 本誌3月号「震災・原発事故復興10年を検証 藤原遥福島大学准教授に聞く」という記事で、国の交付金で企業を誘致しても働き手が確保できなければ復興につながらない問題を紹介したが、まさにそうした事態が起きているわけ。

 併せて「イチゴに甘みが足りないのでは」と指摘したところ、「少人数で良質な農産物を生産するより、いかに取引先の要望に応じた品質・価格帯で、安定生産できるかを重視している」と答えた。「甘くないのは想定通り」と言わんばかりの口ぶりだが、たとえ加工用で出荷するとしても品質向上は重要ではないか。

 昨年12月定例会では、吉田町長も島副町長同様、「(イチゴ栽培は)産業復興の灯であり、町の基幹産業に育てていかなければならない。栽培技術が確立し、経営が安定するまでの間、町の支援が必要」と答弁していたが、働き手となる帰還者や移住者が急激に増えるとは思えないし、いつまでも温かく見守るわけにもいくまい。復興行政の行く末という意味でも、その結果を注視したい。



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