パネルを掲げる品川市長

【郡山中央工業団地】【日立撤退】で露呈した品川市長「危機意識の甘さ」

浸水被害を直視し河川改修を急げ


 郡山市の郡山中央工業団地で操業していた日立製作所郡山事業所は昨年12月20日、事業の大半を神奈川県に移転させることを発表した。同団地は昨年の台風19号で甚大な被害を受けたが、同社は従業員の安全確保や製品・サービスの安定供給を考えると、今後も同団地で操業を続けるのは難しいと判断した。同団地の復旧は進んでおらず、行政に対しては「対応が遅く、危機意識が希薄」と批判や不満が漏れている。そうした中で同社の移転は「このままでは撤退する企業が出かねない」という懸念が燻っていた矢先の出来事だった。

 1月6日、郡山市のホテルハマツで開かれた恒例の新春賀詞交歓会には、地元の政治・経済関係者ら約1500人が出席した。

 主催者を代表して滝田康雄・郡山商工会議所会頭が挨拶し、来賓の内堀雅雄知事が祝辞を述べた。続いて壇上に上がった品川萬里・郡山市長は、両手に何やら大きなパネルを持ちマイクの前に立った。

 「昨年10月の台風19号では郡山市も大きな被害に見舞われましたが、現在、復旧作業に取り組んでいるところです。私の姿はご覧の通り平服ですが、気持ちは常に防災服をまとっているつもりです」

 同市は台風19号で市内を流れる阿武隈川とその支流が氾濫、広範囲が浸水したが、とりわけ被害が大きかったのが、約250社が操業する郡山中央工業団地だった。

 同団地はJR郡山駅から東に約4㌔。磐越自動車道や国道49号などへのアクセスは良好だが、阿武隈川と支流の谷田川に挟まれ、標高も低い位置条件にあった。

 「もともと工業団地周辺は〝天井川〟になっているから、越水や堤防決壊が起きればあっという間に水が上がってしまうんだ」

 とは同団地近くに暮らす高齢男性の言葉だ。〝天井川〟とは、土砂の堆積で川底が周辺の土地より高くな

っている川を言う。一帯の地形を知る人なら、今回の被害は容易に想像できたことになる。

 1986(昭和61)年の8・5水害でも同団地は1㍍以上浸水し、約100社、計約320億円の被害が生じた。その経験を踏まえ、同団地内では金属製の防水ゲートを設置したり、敷地をかさ上げするなど独自対策を施す企業が少なくなかった。ところが今回の台風19号では、8・5水害を上回る2㍍近い浸水が同団地全体の半分近くに及び、被害を食い止めることができなかった。昨年末までに把握されている被害総額は約380億円に上っている。

無題

 さて挨拶の冒頭、パネルを裏返しにしていた品川市長は、それを頭上に掲げながら次のように言った。

パネルを掲げる品川市長

 「市内にはこれだけの工業団地があります。進出を検討されている企業があれば、ぜひよろしくお願いしたい。詳細は市のHPにも載っているのでご覧ください」

 会場前列にいた出席者は目視できただろうが、それ以外の出席者はパネルに何が描かれているのか判然としなかった。ただ、品川市長の言葉から、それが市内に分布する工業団地を示した地図であることがようやく理解できた。交歓会終了後、同市のHPを確認すると、パネルに描かれていたものと同じと思われる地図が載っていた。

 記者は20年近く同市の新春賀詞交歓会に出席しているが、市長がパネルを掲げてPRする姿は初めて見る光景だった。そんな異例の行動の背景には、昨年末に突然発表された日立製作所郡山事業所の同団地からの撤退が影響していることは間違いあるまい。

 《郡山市の郡山中央工業団地にある日立製作所郡山事業所は台風19号による被害を受け、通信情報ネットワーク機器生産機能の一部を残して事業の大半を移転し、一部を終了する。日立製作所(本社・東京都)が20日、明らかにした。(中略)

 同社によると、同事業所で行っている四つの事業のうち、中央工業団地に残るのは日立製作所とグループ会社の日立情報通信エンジニアリングなどが行う通信情報ネットワーク機器事業の一部のみとなる。業務用の通信機器などを製造する事業で、大部分を神奈川県秦野市にある生産委託会社の工場に移す。一部事業を行うため、郡山事業所の建物と土地は残るという。

 グループ会社の日立アイイーシステムが行う事業のうち、工場などに使う装置の電源部分の部品を作る電源事業は愛知県稲沢市の同社の工場に来年度中に移す。同社が事業者向けに行う板金・塗装などの工作事業については、来年3月に終了する。グループ会社の日立システムズが行うコールセンター業務は市内の別な場所への移転を検討している。

 日立製作所によると郡山事業所の従業員合わせて約300人のうち、残るのは一部になるとみられる(後略)》(福島民報昨年12月21日付)

 同団地内の企業に勤める人物はこう話す。

 「台風19号直後、日立は生産を止めるわけにはいかないと、従業員300人のうち150人を神奈川県の生産委託会社の工場に〝一時転勤〟させた。150人は『2、3カ月すれば郡山に戻れる』と思って勤務していたが、昨年末、同団地からの撤退が発表された。150人の中にはそのまま神奈川にとどまる人もいるだろうが、郡山に家族と家があり、単身赴任した人はそうはいかない。おそらく退職して、新しい職を探すことになるんだと思う」

〝縦割り〟の弊害に辟易

 台風19号から2カ月余り、同団地から撤退する企業はなく、安堵する声が聞かれていた半面、もし1社でも撤退すれば後に続く企業が次々と現れるのではないか、という懸念は拭えずにいたのが実情だった。操業する企業の本社は、ほとんどが中央にある。現場は撤退したくないと思っても、本社がそうと決めたら従うほかない。

 そもそも経営者の立場に立って考えると、日立の判断(撤退)は極めて妥当と言える。台風19号クラスの災害は、一昔前なら数十年に一度発生するレベルだった。前回発生したのは33年前の前述8・5水害だ。

 しかし、深刻化する温暖化により通常の雨の降り方や台風の強さは近年大きく変わっている。もはや台風19号クラスの災害は、数十年に一度ではなく数年に一度、もしかすると1年後に襲来しても全く不思議ではない。そこまで大きな災害でなくても、同団地周辺ではゲリラ豪雨が発生するとたびたび道路が冠水し、通行不能に陥る。

 そうした中で、再び浸水すると分かっている場所に、多額の修繕費を投じて工場を再建する経営者がいるだろうか。下手をすると、ようやく操業が再開した矢先に再び水害に遭うリスクは否定できない。

 工場の被災だけで済むなら、まだマシかもしれない。もしそこで働く従業員がケガをしたり、不幸にも死に至るようなことがあれば、それこそ取り返しがつかなくなる。

 「日立のほかに2、3社が撤退を検討しているらしい。工場長が本社に『ここを直してほしい』と要請すると『もう少し待て』『まだ結論が出ない』と言われ、なかなか工事が始まらないんだそうです。それが『撤退する工場に本社が修繕費を出すはずがない』と妙なウワサにつながっているようだ」(前出・同団地内の企業に勤める人物)

 ただ、別の従業員からは

 「撤退がウワサされている2、3社は市内の別の工業団地でも操業していて、そっちに機材や従業員をシフトさせることを検討しているようだ。つまり、郡山中央工業団地からは撤退するが、郡山から完全撤退するわけではない」

 という話も聞かれ、日立を発端とする〝連鎖撤退〟は現時点では避けられそうな雰囲気。

 実は新聞報道等によると、日立は台風19号の直後から市に対し、今後の河川対策などを早急に示すよう求めていたという。しかし、阿武隈川の管理は国、谷田川の管理は県という〝縦割り行政〟の弊害から具体策が示されることはなかった。すなわち同社は、行政の対応の遅さに辟易し「こんな危険な場所にとどまる理由はない」と同団地を見限った、という見方もできるのだ。

 そんな経過を辿って年明け、品川市長が前述のパネルを用いて市内の工業団地をPRしたため、出席者からは「撤退する企業がこれ以上出ては困るという危機意識のあらわれ」という声が聞かれた半面、「日立の撤退や同団地の今後の安全対策に言及せず、単に市内の工業団地をPRするのは違和感がある」と冷ややかに見る人も少なくなかった。

 「品川市長をはじめ、市幹部が甘く見ていたのは間違いない」

 と呆れ顔を浮かべるのは、ある郡山市議だ。

 「各企業はそれぞれの努力で浸水対策を講じています。対する市もハード・ソフトの両面から対策を行っているが、企業に寄り添う姿勢はかなり薄かったと思います。市は同団地内に被災企業の相談等に応じるサテライトオフィスを設置したが、驚くことに設置日は1月9日です。台風19号の発生から3カ月近く経ってから、ようやく現地事務所を設置したのです。それまでは、市役所内の産業政策課内に相談窓口を置いていました。要するに、用があるなら市役所まで直接来い、と」

 こういう姿勢では「もう市役所には頼らない」と態度を硬化させ、撤退を検討する企業が現れても不思議ではない。

 「市ではサテライトオフィスを設置して以降、職員が同団地内の約250社を毎日巡回して情報収集に当たり『困ったことがあれば相談してほしい』と声掛けをしています。『撤退しそうな企業があれば、すぐに教えてほしい』と〝連鎖撤退〟にも敏感になっています」(同)

 台風19号直後からこうした活動に取り組んでいれば、企業から頼りにされ信頼を勝ち得たに違いないが、遅きに失した感は否めない。

 この市議に言わせると、市は日立撤退の〝表面的な影響〟しか見ていないから、対応に甘さが出ているのではないかという。

 「日立撤退に伴い失われる雇用は300人です。『300人』という数は一見すれば大きいが、この人たちは希望すれば県外の別の工場に勤務可能だし、異動を拒んで退職を余儀なくされても会社(日立)が再就職先を斡旋してくれます。つまり、300人が無職になるわけではない。一方、日立の下請けはどうか。例えばある運送会社は日立からの仕事が売上の8割を占めていたが、今回の撤退でその分がゼロになった。トラックも水没したため、その運送会社は事業再開自体を断念しました。警備業や清掃業、産廃処理といった会社も、日立の売上分をカバーする術はないそうです。しかし、そうした下請けの面倒まで日立が見ることは当然ありません。さらに、このままでは法人事業税も減るし、被災者には減免措置があるので、税収は確実に減ります。そういった被害の波及を市が最初から予測していれば、対応に甘さが出ることはなかったと思います」(同)

 郡山市議の話からは危機感が伝わるが、それ以上に危機感を覚えさせるのが小川則雄・同団地会会長(郡山自動車学校社長)の訴えだ。

 小川会長によると、現時点で判明している「被害総額約380億円」は一部に過ぎないという。

 「大企業の被害額はほとんど確定していません。1台2、3億円する設備が複数水没し、解体して洗浄等をすれば復旧できる個所や、部品をそっくり交換しなければならない個所など精査に時間がかかり、被害額が確定しないのです」(小川会長)

 これらが判明してくると、被害総額は500億円から1000億円に上っても不思議ではないという。

 「しかも高額設備は量産しておらず、すべて特注なので、すぐに代替品を用意できるわけではない。発注しても、納品までに数カ月かかります。その間は製造ラインが止まり、仕事にならない。そうなると取引先は別の工場に製造を依頼し、設備が元通りになって操業を再開しても、その仕事を再受注できるとは限らないのです」(同)

 小川会長の話から、被災企業は①浸水による被害、②製造ラインが止まっている間の売上減、③他社に仕事が移ったことによる売上減――というトリプルパンチに見舞われていることが分かる。

 「揚げ句、売上減に対する補償は何もないから〝体力〟のある一部企業はともかく、多くの企業は相当厳しい状況にあると思います」(同)

 だからこそ行政は、企業からの相談に乗り、困り事に応じた窓口に繋ぐなど迅速な対応に努めなければならないのに、現地事務所を開設したのが年明けというから開いた口が塞がらない。これでは、危機意識が希薄と言われても仕方がないし、品川市長のパネルを使った訴えも単なるパフォーマンスにしか映らない。

 「われわれ企業は今まさに苦しい状況にあるが、市も数年後には今回の被害がボディーブローのように効いてくるはず。そのことを十分理解したうえで、今できる対策を本気になってやってほしい」(同)

 本誌は、市が何もやっていないと言うつもりはない。実際、同団地内では2014(平成26)年度から始まった「郡山市ゲリラ豪雨対策9年プラン」に基づき、雨水幹線工事が行われている最中だった。同団地を含む大河原地区には2022(令和4)年度までに約26億円の工事費が投じられる予定だ。

 もっとも、これはあくまでゲリラ豪雨対策が目的で、台風19号のような水害対策は念頭に置いていない。同プランの目標はハード面の整備で58㍉/hの降雨量に対応する一方、迅速な情報提供や市民の自主防災といったソフト面を組み合わせることで74㍉/hの降雨量まで対応する減災を目指すものだ。

使い勝手の悪い補助金

 市が「やるべきことをやる」のは当然だが、根本的には阿武隈川や谷田川の堤防整備、大規模な遊水池の建設、川底の浚渫、狭窄部分を掘削することで水流をスムーズにするなど河川対策への注力が必須だろう。〝縦割り行政〟の弊害で物事が進まないなどと言っていたら、日立に続く〝連鎖撤退〟が起きないとも限らない。

 もう一つ苦言を呈したいのは、冒頭に触れた新春賀詞交歓会で、品川市長の後に挨拶した地元選出・根本匠衆院議員の次の発言についてだ。

 「私は自民党中小企業調査会長として、台風19号被害に特化したグループ補助金を新たにつくりました。皆さんには同補助金を活用し、早期復旧を目指していただきたい」

 しかし、グループ補助金に関しては「こっちは早く使いたいのに手続きが進まない」と、経営者からは不満の声が多く聞かれる。

 使い勝手の悪さもいただけない。小川会長によると、グループ補助金は「工場を水害前の状態に戻す」ための修繕には適用されるが、防水壁の設置や敷地のかさ上げなどの水害対策には適用されないという。被災した企業は水害対策を講じたいと考えているのに、用意された補助金は「水害前の状態に戻すことが前提」とは、お役所的発想にも程がある。

 品川市長も然り、根本衆院議員も然り、対応が後手に回っているのは〝現場の声〟を真摯に受け止めていない証拠で、おふたりとも、同団地の真の被害状況を把握されていないのではないか。


※同市産業政策課は「市の対応が遅いという声があることは承知しているが、予算が不確定な状況で『これをやる』『あれをやる』とは言えない。市としては、企業の不安が少しでも払拭されるよう国・県に必要な要望を行っていきたい」とコメントしている。

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