【原発】【福島】菅野飯舘村長「帰還政策」の欺瞞

生業再生後回しでハコモノ整備


 原発事故の影響で住民の多くが避難している飯舘村において、着々と帰還・復興政策を推進している菅野典雄村長。国の補助金を使い、ハコモノ整備や教育・子育て環境充実を優先的に進めているが、村の基幹産業だった農業の再開は道半ばで、農地にはフレコンバッグが積まれている。果たしてこの復興の進め方は正しかったのか。


 6月3日、飯舘村の菅野典雄村長が村内の飯舘中学校を訪れ、全校生徒35人に予算の現状について説明を行った。財政状況を村民に分かりやすく伝える活動の一環で、毎年実施している。

 6月4日付の朝日新聞によると、復興事業で予算額が大幅に増えたことに対し、生徒から「こんなにたくさんのお金を使って村は大丈夫ですか」との質問が出た。それに対し、村長は「私も心配です」と即答し、「すばらしい学校環境を作ったが、今後、維持費が膨大にかかってくることが私の頭から抜けません。電気をこまめに消すなどしてほしい」と協力を求めたという。

 執行部のトップである村長が「私も心配です」とうそぶき、電気代節約の話でごまかす姿にあきれる。

 実際のところ、近年、同村の財政規模は異様に膨れ上がっている。

 村広報誌に毎年掲載されている一般会計の決算状況によると、2009(平成21)年度歳出は約44億円だったが、2017(平成29)年度歳出は約177億円で、約4倍に膨れ上がっている。2017年度の歳入は約202億円で、そのうち国庫支出金が約72億円、地方交付税が約52億円、県支出金が約16億円。もともと自主財源比率が3割程度の自治体だが、国・県の補助事業増加に伴い、その傾向が強まっている。

 さまざまな事業の中でも特に目立つのは、公共施設整備と教育・子育て環境の充実だ。

 本誌6月号「菅野飯舘村長の復興・帰還政策に異議アリ!!」という記事で触れた通り、村ではこの間、道の駅や交流センター、葬祭場など数多くの施設を建設してきた(今月号巻頭グラビア参照)。その事業費合計は軽く100億円を超える。いずれも国の復興関連交付金が投じられており、村の持ち出し分はわずかだ。現在も道の駅裏に多目的交流広場が整備され、パークゴルフ場計画なども進められている。

 菅野村長としては「復興事業に関する補助金が潤沢に使えるのは復興・創生期間の間だけなので、いまのうちに補助金を活用して復興を推進する」という認識のようだが、当然ながら、施設が存在し続ける限り、維持管理費は発生する。中学生が懸念を抱くのは当然なのだ。

 教育・子育て環境の充実に関しても、飯舘中学校の敷地内に村内の3小学校を統合した新小学校と認定こども園を約40億円かけて整備。

 そのうえ、子どもたちのために、教材費や新入学に伴う学用品費、給食費、有名デザイナー・コシノヒロコさんデザインの制服購入費、部活動費、遠足・修学旅行の参加費などをすべて無料化した。開校時資料によると、村で負担する1人当たり年間費用は、乳児・幼児10~15万円、小学生約10~16万円、中学生約20~25万円(年齢・学年によって異なる)。開校時の子どもたちの数に当てはめると、年間負担総額は約1700万円。

 さらに避難先に無料でスクールバスを運行し、それでも足りない場合は民間タクシー会社に送迎を委託して、村外からでも通えるようにした。複数の村民によると、子どもがいる世帯には村教育委員会から「村の学校に通わないか」と案内が来たという。要するに、子どもたちの村外流出を防ぐため、あらゆる手段を使って、村の学校に通わせようとしたわけ。

 こうした村の姿勢は中学生の目にも異様に映るようで、冒頭に紹介した質問以外にも「スクールバスの運行費が約1億1000万円というのは高すぎるのではないか」という質問が飛び出したようだ。

 スクールバスの運行費は実際、近隣市町村と比べて高い。例えば伊達市では市内5コース、1日2便(登下校)運行し、年間約3200万円かかっている。6コース、1日2便を走らせている国見町でも費用は毎年二千数百万円程度だ。

 なぜ飯舘村だけ高いのか。村学校教育係によると、その理由は、ルートの多さと走行距離の長さにあるという。

 同村人口5585人のうち、大半を占めるのは県内避難者4008人(同約72%)で、中でも福島市には2643人(同約47%)が住んでいる(6月1日現在)。そのため、スクールバスも福島市を中心に8ルートにわたり運行している。

 スクールバスは児童・生徒や家族への負担を考慮して移動時間30分程度に設定されているが、福島市から飯舘村までは約1時間かかる。しかも、こども園、小学校、中学校でそれぞれ帰宅時間が異なるため、集団下校させるわけにもいかず、帰りも複数の便を出さなければならない。そのため、多くの費用がかかる、と。

 なお、運転手は委託業務として採用し、村所有のバスを運転している。基本は中型バスやマイクロバスだが、人数が少ないルートではワゴンタクシーを走らせている。

 中学生からの率直な質問に対し、菅野村長は「運転手8人の給料や、燃料やスノータイヤも必要で経費がかかる。もったいないと思うかもしれないけど、村の未来のみなさんのためだから、もったいないと言ってはいられない」と返答した。

 しかし、そもそも放射能汚染の不安が残る村の学校に、村外に住む子どもたちを1億円かけて通わせること自体が常軌を逸している。

スピードが遅い農業再生

 こうしてハコモノ整備や教育・子育て環境充実は中学生から突っ込みが入るほどの予算が投じられ、猛スピードで進められる一方で、産業復興、特に村の基幹産業である農業の再生は進んでいるように見えない。

 村内にはいまも除染廃棄物が入ったフレコンバッグの仮置き場が設置されており、農地には雑草が生い茂っている。

 農地除染は2016(平成28)年12月までに完了した。環境省福島事務所の担当者によると、除草、表土除去・反転耕、客土、地力回復(ゼオライトなど土壌改良資材を使用)といった手法で、約2400㌶の除染を実施した。帰還者による本格的な営農再開が待たれるが、土壌の養分が含まれた表土を剥いで山砂を客土した農地において、かつてと同じ品質の農作物をつくるのは容易ではない。表土除去した際に出てきた石などが山砂の中に混じっており、その除去を余儀なくされた……という報告も聞かれ、本当の意味での地力回復までは数年かかるとみられるだけに、各自試行錯誤しながら営農再開に挑んでいる状況だ。

 村では営農再開のスタイルを①農地を荒らさず保全していく「農地を守る」、②自分で食べる分だけ農作物を作る「生きがい農業」、③本格的に出荷する「なりわい農業」、④この機会に新たな品目や技術にチャレンジする「新たな農業」――に分類し、それぞれのスタイルに合わせた支援メニューを提示している。

 村農政第一係の杉岡誠係長は「『生きがい農業』は2017(平成29)、2018(平成30)の2年間で293軒、『なりわい農業』は2年間で73軒が再開しています。『新たな農業』は10軒、『農地を守る』は860軒ほどが利用しており、震災・原発事故前に農業をやっていた約1200軒の農家のほとんどが営農再開に向けて動き出していると言えます。水田営農は昨年23㌶から今年47㌶に増えました」と胸を張る。

 もっとも、村全体の水田面積は約1300㌶なので、実際は約4%程度しか再開していないことになる。

 元村議で、前田地区で農業を営む佐藤忠義さんは「ハコモノ整備や教育と同じぐらいの熱量で営農再開を支援していれば再開状況も違っていたはずだ」と指摘する。

 「震災・原発事故後、農業復興の見通しが立たず、営農再開を断念したり村外への移住を決めた人も多かった。だからこそ、村には避難指示解除後、農家に積極的に声掛けして営農再開を呼び掛けてほしかったが、役場や説明会に足を運んだ人だけアドバイスするというスタンスを崩しませんでした。その一方で公共施設整備や学校再開はものすごいスピードで進められていき、子育て世代には『村の学校に通いませんか』と個別に連絡が行ったと言われています。村の基幹産業である農業の再生が、優先順位の下に位置付けられていると強く感じました」

 こうした意見に対し、前出・杉本係長は「避難指示解除から2年間で農業復興はかなり進んでいる。他の被災自治体と比べても早いペースだ」と反論するが、かつての農村の風景が戻っていないのは事実だ。

残り続ける汚染の懸念

 根本的に放射能汚染の不安を完全に払拭できていない、という問題もある。

 除染終了後の2017(平成29)年6月、村除染検証委員会は「実証栽培の収穫物はすべて基準値以下の放射性物質しか測定されなかった。営農再開に支障はない」とする報告書をまとめ、村に提出した。

 ただ、原発事故直後から村内の測定を続けてきた伊藤延由さんはこう異論を唱える。

 「原発事故前の空間線量率は0・05マイクロシーベルト程度、土壌の汚染度は1㌔当たり10~20ベクレルだったと言われている。では、除染後の農地の状況はどうかと言うと、ずさんな除染で線量が下がり切っていないところがあるし、土手やあぜ道、水路などは手つかずです。除染範囲は『生活圏及び林縁部から20㍍圏内』というルールなので、山林もほとんど除染が行われていません。最新の研究により、放射性物質は山林内で循環していることが分かったので、かつてのように落ち葉が入った腐葉土を使って地力回復を図ったり、山菜・キノコを収穫して食卓に並べることもできなくなりました」

 「子どもたちが田植え体験をすると言うので周辺を測定したところ、空間線量率0・14~0・53マイクロシーベルト、土壌の汚染度472~3591ベクレルでした。農地自体の線量は比較的低かったですが、周辺は線量が高く、少なくとも感受性が強い子どもたちが長時間いるべき環境ではないと感じました。移行係数が低いコメから放射性物質が出ることはないのかもしれませんが、毎日長時間農作業をする農家は無用な被曝を強いられることになります。そういう意味では、せめて放射線量が下がるまで、避難指示解除を待つべきだったし、再除染を求めていく必要があります」

 こうした指摘に対し、環境省福島事務所の担当者は「同じ手法を繰り返しても放射線量の大幅な低減効果は期待できません」と述べ、村としても国に再除染を求めていく考えはないようだ。

 要するに、村民帰還を呼び掛けるわりに、基幹産業の農業再生に関してはハコモノ整備や教育・子育て環境充実ほどの熱量がなく、再除染などを国に強く要望して、安全性を確保する姿勢もみられないわけ。

 菅野村長は原発事故直後から「2年で村に帰る」と言い続け、早急な避難指示解除を求めてきた人物なので、国に物申すという発想がないのかもしれない。また、国の補助金をフルで活用してきた手前、国の方針に立てつくようなことはできないという事情もあると思われる。

 帰還困難区域の長泥地区で行われている特定復興再生拠点区域整備事業において、除染土壌の再生資材を農地造成に使うことに強く反対できなかったのも、おそらくそうした背景があったのではないか。

 仮に帰還を促したいとしても、無料で利用できる買い物・病院通院バスを運行したり、積極的に企業誘致を進めるなど、さまざまな支援策を打ち出すことが可能だったはずだ。にもかかわらず、ハコモノ整備と教育・子育て環境の充実に偏重している姿を見ると、結局菅野村長は復興ムードを演出して帰還者を増やし、「自分の理想の村づくり」をどうやって継続していくか、ということしか考えていないのだろう。

村長が村一番の高給取り

 6月号記事でも触れた通り、菅野村長の月給は64万円、期末手当は計3・3カ月分で210万円、合わせて年収は980万円だ。さらに1期ごとに退職金が支給される。これは条例で計算式が決められており、退職時の月給が満額(80万5000円)だと約1850万円、減額措置が行われている2016(平成28)年現在の月給(64万円)だと、約1470万円になる。

 村総務課によると、「村長も他の村民同様、原発賠償を受け取っていた」と言うから、間違いなく村一番の高給取りだ。村を残すことにしか目がいかず、村民の思いにいま一つ鈍感なのは、こうしたことも影響しているように感じる。

 ちなみに2006(平成18)年3月の地元紙記事では、村長の月給56万円、期末手当185万円、退職金1298万円となっていた。村に問い合わせたところ、「当時は現在より高い割合で月給の減額措置を講じており、減額後の金額が記事に掲載されたのだと思われます。当時の担当者がいないので詳細は把握できませんが、村の財政状況を鑑みて減額したものと思います」(村総務課担当者)との回答だった。

 仮に退職金が1298万円だとしても、民間だとそれなりの企業に定年まで勤め上げて初めてもらえる金額である。現在6期目の菅野村長は少なくともそれを5回分もらっていることになる。かつて政争の激しい自治体では選挙に何かと金がかかることもあっただろうが、いまはそういう時代でもない。村が存亡の危機に立たされているのだから自ら厚遇を見直すべきだ。

 6月号記事では、村外に避難した人の日常会話で、村の話題が出ることはなくなりつつあり、「公共施設を相次いで造った結果、税金が上がるなどして住民の負担が増えるようでは困る」と静かに注視している人が多いことにも触れた。批判の声が強まらないのをいいことに菅野村長は突っ走っている状況で、その姿は何とも危なっかしく映る。

 危なっかしいと言えば、原発事故後、菅野村長は福島市で2度交通事故を起こしている。1度目は2014年4月に同市黒岩の市道で、赤信号で停止していた市内の女性の車に追突。その後、後遺症が残ったとして、女性から治療費や慰謝料を求めて提訴されたが、その後に関しては報じられておらず、和解が成立したものと思われる。

 2度目は昨年1月、同市松山町の国道4号交差点で右折しようとして、直進してきたオートバイと衝突。当時19歳の少年2人に重傷を負わせ、自動車運転処罰法違反(過失傷害)の罪で略式起訴されて、今年1月、福島簡裁から罰金50万円の略式命令が出された。

 5年の間に2度の人身事故を起こすというのは決定的に注意不足の面があるのだろうが、多額の税金と補助金で行われる村政運営は交通事故以上に舵取りを誤ることは許されない。そのことを菅野村長はあらためて考え、現在の帰還・復興偏重政策を見直す必要がある。中学生に学校の電気代の節約をお願いする前に、まずは村内外に居住する村民の声に真摯に耳を傾けてみてはどうか。


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