見出し画像

【熟年離婚】〈男の言い分65〉

6匹の犬を飼う女房に、犬とオレと、どっち取るんだ!と言ったら、「犬!」と即答された。


M氏。会社役員。62歳。3歳下の妻と昨年10月離婚。


 今、私は、長いこと空き家にしていて取り壊す寸前だった実家で、一人暮らしをしています。9年前に父親が亡くなった後、今90歳の母は施設に入ったまま―という家。―家財道具や両親の衣類や台所のあれこれがみんなそのままで、取り壊す前の片付けを考えると面倒でね、ぐずぐず先延ばしにしてたんです。―それが今、自分の“終の棲家”になるとはね。いや、落ち込んでるんじゃないんですよ、その逆。晴れ晴れと、平和な毎日です。「犬」らがいませんからね

 私は27歳の時に、結婚しました。妻は会社の同僚で、結婚退職してからは、事務職のパートをして頑張っていました。1年後に長男、その2年後に次男が生まれて―まずは世間並みの、にぎやかで明るい家庭でした。息子二人は“大リーガー”目ざして少年野球に熱中。妻は、練習日の弁当づくりや、試合の応援、ユニホームのつくろいなんかをいそいそやっていました。息子達の「体づくり」と言って、料理も熱心に研究していました。健康と体づくりの工夫いっぱいの、毎日の食卓は私も楽しみでしたよ。チームの母親達の“ママ友”も出来て楽しそうでした。

 そうそう、妻は元・同僚ですから、私の仕事―営業職です―もよく理解してくれて、帰りが遅いとか、休日も仕事なんて―とか、文句を言うことがなかった。これは同じ部署の同僚達に羨ましがられましたよ。

 頑張って、小さいながら家も建てました。息子達も―自分の才能がわかったらしく、中学生になって野球はやめましたが―すくすく育って―とここまではわが家も“順風満帆”といったところでした。ここまではね。

妻の異変


 ピカピカの青空に暗雲が現れ始めたのは、長男が東京の大学に入って、家を出てからです。妻の口数も笑顔も減って、もう母親を見下ろすほど大きくなった次男に服を着せかける、靴をはかせようとする―と世話を焼いて嫌がられるようになったんです。

 そして次男も県外の大学に行ってしまって―妻は、パートもやめて一日中、家に引きこもるようになりました。私がその訳を聞くと「何でもない」と涙ぐむ。これは―と思って心療内科に連れて行ったら、軽い“鬱”だと―。ほら、よくいう“空の巣症候群”ですよ。ひな鳥二羽が巣立っちゃって、母鳥の生き甲斐がなくなっちゃったっていう―。

 会社の同僚に相談したら「犬を飼ってみたら」と。彼の妻も同じような症状だったが、犬を飼ったら元気になったと。私はすぐ妻をペットショップに連れて行って、妻が気に入った犬を買いました。なんとかテリアという、ふさふさの白い毛の、小さな犬です。―妻の喜びようは大変なものでした。名前を付けて、首輪をはめて、なんと、チョッキまで着せて―妻のあんなに明るい笑顔は結婚して初めて見ましたよ。「犬」で正解だったなぁ、とうれしかったですが、家の中を犬がチョロチョロするのはまいりました。私は、犬は外で飼うものと思っていますからね。まぁ、妻のためなら、と我慢です。

 それからというもの、妻“大変身”で犬に話しかける、だっこする、いそいそ散歩に出かける。犬もなついてペロペロ妻の顔を舐めたりじゃれたり―散歩途中の「イヌ友」も出来て―妻の幸せそうな、明るい顔を見ると私も、暗い空に陽が射したような気分でした。

犬、犬、犬

 ある日、帰宅すると、同じような犬がもう1匹いる。聞くと、イヌ友に飼えない事情があって引き取ったと―「2匹の方が、犬だって、お互い寂しくなくていいでしょ」と。私は家の中を2匹にチョロチョロされるのはたまらない。

 が、妻のために我慢。―それで1年が過ぎた頃、家に帰ってびっくりですよ。ブルドッグの小さいのがいきなり飛び出してきて、私に吠えかかる。妻が言うには「友達が施設に入ることになったので、引き取った」と。「こんなの返して来い!」と私が怒鳴ったら、妻は泣く。“パグ”とかいうチビブルは吠えまくる―地獄ですよ。「イヌ友」の間で、妻は救世主のようで、なんだかんだと飼えなくなった理由を付けて犬を持ってくるようで、いつのまにか6匹になってしまいました。外国の大きな屋敷ならともかく、普通の日本家屋ですよ。もう、うるさい、臭い、やってられませんよ。


犬、犬、犬

 息子達は結婚して子供もできましたが、家族で家に来ても、そそくさ帰ってしまう。その気持ちがわかります。次男の嫁が「お義母さんが施設に入ったり、死んだりしたら、この犬達の世話、私らがするんですか? 勘弁してください」と言って、嫁姑の大バトルにもなりました。長男の嫁は「お義母さんにもしものことがあったら、この犬達もあの世までお伴してもらいましょうね」と言って、妻を悔し泣きさせました。私も、脇にいる息子達も、笑いをこらえるのがやっとでしたよ。

 ある時、同僚と飲んでいたら「犬臭いよ」と言われて愕然としました。犬の中で暮らしていれば、衣服や体にどんなに気を配っていても、臭いはつくものなんですね。妻だって、どんなにおしゃれしてどこに行っても犬臭いんだろうな、と気の毒やら、オソロシイやら……。

 私は家に居たくない。朝飯も静かで臭いのしない所―喫茶店で済ませて、夕飯は、居酒屋で晩酌もかねてゆっくり―が日課になりました。妻は、犬達と幸せにやってるし、自分は自分で心地よい時間を過ごしたいし―ま、お互いこれがいいか―と思って、そんな暮らしが1年余り続きました。ところが―ある日、妻が思いつめたような眼で言うには、私が“浮気”してる、と。家で食事しない、夜も毎日遅くてほろ酔いで帰って来る。「だれか、いい人出来たのね」と、演歌みたいなことを言って責めるんです。もう、いちいち理由を言うのもめんどくさくなっちゃって、「犬とオレと、どっちが大事なんだ!」と言ったら、「犬!」と即答。―誰が「はい、そうですか」なんて、犬達との暮らしを続けますか。―お互い、好きに生きることにして離婚です。

 妻には、今住んでいる家と貯えの半分をやることにして、おまけに、頼もしい「嫁」二人を後見に付けました。妻の人生もまだまだこれから。嫁の話だと「猫カフェがはやってるから、犬カフェやろうかな」なんて言ってるとか。大好きな犬達と幸せに暮らしてほしいものです。

 私は、今度は静かすぎる家で、ゆっくり趣味の読書をして過ごします。親父が遺した、山のような日記を読むのも楽しみですよ。春になったら、庭で野菜も作ってみようかな。

 今頃になって離婚を考えている男達にアドバイス。実家はどんなにボロでも解体しないこと。自分の、大事な終の棲家ですよ。(橋本 比呂)


月刊『政経東北』のホームページです↓

よろしければサポートお願いします!!