Netflix『ブラッド・ブラザーズ:マルコムⅩとモハメド・アリ』。ふたりのカリスマの友情と決裂
Netflix 映画『ブラッド・ブラザーズ:マルコムXとモハメド・アリ』が2021年9月9日に配信開始されました。黒人解放運動家のマルコムXと、ボクシングの世界チャンピオンであるモハメド・アリの関係を描くドキュメンタリーです。
昨今のブラック・ライヴズ・マター運動を通じて、ふたたび若いブラックの人たちに支持されているふたりのカリスマについて、いつものように音楽評論家の藤田正さんにお話を聞きました。
――マルコムXといえば、藤田さんは1993年に渋谷パルコで日本初となるマルコムXの企画展「MALCOLM X EXHIBITION / Mr.Xsの軌跡」を監修されています。相当な信奉者とお見受けします。
藤田 1990年代はラップがようやく日本でも流行ってきたころ。マルコムXは1965年に暗殺された人物だけど、ラップを支持する若い人たちの注目を集めていて、その気運を受けて展覧会は開催されました。同じ年に、スパイク・リー監督、デンゼル・ワシントン主演の映画『マルコムX』が日本で公開されて、映画の原案であるアレックス・ヘイリー『マルコムX自伝』も25年ぶりに再刊されたんです。
――私も、映画『マルコムX』は劇場に観に行きました。当時は、アメリカ黒人の歴史について知識はまるでなく観ましたけど、デンゼル・ワシントンの迫力に、3時間以上もある作品もまったく飽きることがなかった。これ、サブスクリプション・サービスで観れるといいんですけどねぇ。
藤田 DVDを買いなさい!
――(ビビって)は、はい! それはともかく、一方のモハメド・アリも多くのラッパーに愛された存在のようですね。
藤田 マルコムとアリ、ふたりの思想、生き様がなんといってもかっこいいじゃない? 「俺たちはいつまでもやられてばかりじゃ、いないぜ!」と白人が支配するアメリカで声をあげ、行動をした人物だから。
黒人解放運動家として活躍したマルコムXは、人種差別がはびこる1960年代のアメリカで「白人は悪魔」だと言ってのけ、同胞に意識改革を呼びかけた。同時代の黒人指導者、キング牧師とは対照的に、必要とあらば暴力的行為も辞さないと言ってね。
アリは圧倒的な強さで世界の頂点に立ったボクサーで、その認知度はマルコムやキング牧師以上。世界的なスーパースターです。ヘヴィな体格でありながら、軽やかなフットワークで相手を翻弄し、鋭いジャブを打ち込む。「蝶のように舞い、蜂のように刺す」とはよく言ったものだよ。試合前の相手への言葉の挑発も含め、すべてがエンターテインメントだった。世間一般からしたら「ほら吹き」なのだろうけど、俺がナンバーワンだ!という言葉を現実に変えていく。黒人たちにしてみれば、爽快だよ。
――しっかし、アリはおしゃべりですね!
藤田 「詩人」とまで皮肉で呼ばれてたから、アリは最初のラッパーといえるかもしれない。ともかく、カシアス・クレイとして世に出た彼が名前を変えた、というニュースは、ガキの頃の僕でさえ驚いた出来事でした。
――モハメド・アリという名は彼のムスリム名。ふたりは、ともにイスラム教徒でした。
藤田 マルコムは1925年生まれで、アリは1942年生まれ。17歳もの年の差があり、性格もまるで異なるように見える。アリはマルコムの教えを受けることで、イライジャ・モハメドが率いた「ネイション・オブ・イスラム (Nation of Islam:NOI)」に入信することになった。NOIは徹底した黒人至上主義を唱える、イスラム教を土台とした異色の集団です。ブラック・ムスリムとも呼ばれます。
マチのチンピラだったマルコムは刑務所のなかでイスラムの教えに出合い、その思想に感化されていく。アリは、1960年のローマオリンピックに出場し、ボクシングのライトヘビー級金メダリストとなったものの、地元のケンタッキー州ルイヴィルに戻れば、英雄として扱われるどころかそれまでと変わらず差別的にあしらわれた。心底アメリカという国に失望していた。「奴隷の子」として生き続けることをよしとせず、魂の解放を求めてイスラム教を選んだんだ。
――1996年のアトランタオリンピックで聖火リレーの最終ランナーとして登場、震える手で聖火台に点火した瞬間を世界中が感動して見つめましたけど、そこまでの道のりにはただならぬドラマがあったんですよね。
藤田 それをこのドキュメントではマルコムとアリ双方の娘さんや、アリの弟さんなど関係者へのインタビューで解き明かしていきます。過去にはマルコム、アリ、それぞれのストーリーを語る映画が中心でしたが、今年発表されたAmazon の『あの夜、マイアミで(原題:One Night in Miami)』同様に時代の人々のつながりを描く物語が増えてきてる。黒人映画の新しい流れでしょうね。
アフリカへの回帰とボブ・マーリー「リデンプション・ソング」
――さて、映画ではマルコムXが父親を通じて影響を受けた人物として、マーカス・ガーヴェイが紹介されてます。先日のnoteで紹介した映画『サマー・オブ・ソウル』のフェスティバル会場となったハーレムの公園はその後、彼の名前が付けられています。とてもエライ人だとはわかるのですが、どんなことをしたのか少し詳しく知りたいのですが。※映画の字幕ではガーヴィー
藤田 マーカス・ガーヴェイ(1887-1940)は、ジャマイカのセント・アン教区に生まれ、20世紀初頭に活躍しました。世界の黒人の団結とパン・アフリカニズムを主張した人物です。
――セント・アン教区ということは、ボブ・マーリーも同じですね。
藤田 そう! ガーヴェイはジャマイカの国民的英雄であるだけでなく、アメリカでも活動し大きな影響を及ぼしました。
映画で触れられる「ガーヴェイ運動」は、簡単にいうとアフリカへ帰ろう!という「アフリカ回帰運動」のこと。アメリカ、ジャマイカほかカリブ海の国々……アフリカから連れて来られた人々に故郷へ帰ろうと呼びかけた。実際、彼はブラック・スター・ラインという船会社までつくって黒人たちをアフリカへ戻そうとした。また、白人侵略者をアフリカから追放するための抗議活動も起こしています。イライジャ・ムハマドはこのガーヴェイの考えをもとにネイション・オブ・イスラムをつくりました。
けれど、ガーヴェイ自身は金銭問題(不正会計疑惑)で失敗し、投獄。「人をあおっておきながら、結局は金儲け」と嘘つき呼ばわりされて、最終的にはジャマイカへ強制送還されてしまうんです。
――それでも英雄視されているのは、なぜでしょう?
藤田 な~に言ってんの、森さん! 彼を逮捕したり、強制送還したり、モハメド・アリを「ほら吹き」と罵ったのだって、みんなとは言わないまでも、構造的には白人の喧伝でしょうよ。黒人、特に彼が訴えかけた最下層の人々にとっては、「ガーヴェイ、よくぞ言ってくれた!」と拍手喝采だったんですよ。
――なるほど。映画の後半、マルコムとアリがアフリカの地を踏んだところで、ガーヴェイの1937年の演説を引用したボブ・マーリーの「リデンプション・ソング(Redemption Song)」が流れますね。
藤田 「リデンプション」は解放、あるいは救済という意味。この曲はボブ・マーリーの癌が見つかる直前にリリースされたラストアルバム『アップライジング』の最後に収録されています。アコースティック・ギター1本でマーリーが語りかけるように歌う傑作。引用部分は次のところです。
Emancipate yourselves from mental slavery
None but ourselves can free our minds
解放するんだ、自分自身を精神の奴隷から
自分の心を自由にできるのは自分自身しかいない。
ガーヴェイはボブ・マーリーらが信じたラスタファリアニズムにも影響を与えてる。「我々、黒人を救ってくださる神の子が現れる」、つまりエチオピアの皇帝、ハイレ・セラシエ Ⅰ 世の出現を予言した人物として、ラスタファリアンには信じられているからね。
ボブ・マーリー&ザ・ウェイラーズ 「リデンプション・ソング」(生誕75周年記念バージョン)
――2020年のボブ・マーリー生誕75周年を記念して製作された「リデンプション・ソング」のミュージック・ビデオ(上)では、歌に込められた想いが美しくアニメーション化されていますね。奴隷制度とジャマイカの歴史、救世主、ハイレ・セラシエ Ⅰ 世とその予言者、マーカス・ガーヴェイ、マルコムXもきっちり描かれています。
藤田 ぼくは『ボブ・マーリー よみがえるレゲエ・レジェンド』(Pヴァイン)のなかで、彼の出発点には、マルコムXの言葉があったと指摘しました。「我々はすべて黒人であり、奴隷の子である。メイフラワー号に乗ってきたのではなく、奴隷船に乗せられてここにやってきたのだ」と。
マルコムX、モハメド・アリ、ボブ・マーリーとそれぞれ表現の方法は異なれど、その思いはひとつ。虐げられた者たちの魂の救済のために闘った勇者の物語がこの映画なのです。
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