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映画『アメイジング・グレイス』でソウルの女王を初めて知った人のための、アリーサ・フランクリン入門

1972年1月13日~14日、ロサンゼルスのニュー・テンプル・ミッショナリー・バプティスト教会で行われた伝説のライブをドキュメントした映画『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』が好調です。彼女のルーツであるゴスペル(教会音楽)を存分に堪能できるのがこの映画の醍醐味ですが、ソウルシンガーとして偉大なるアリーサがのこしたパフォーマンスをYouTubeからセレクトしてご紹介します。

――クイーン・オブ・ソウル(ソウルの女王)、アレサ・フランクリン(1942年~2018年)は、アメリカ屈指のシンガーです。サム・クックやジェイムズ・ブラウンらと同じようにゴスペルをバックボーンとし、ソウル・ミュージックを築き上げました。

藤田正さん(音楽評論家/以下、藤田) こんにちは~。ピーター・バラカンさんが彼女の読み方を正しく変えてくれといつも言われているので、これから私も「アリーサ」と表記しますね。その「アリーサ・フランクリン」を語る前に、まず「ソウル」という音楽ジャンルのことを少し。

だって、自分たちの音楽を「魂の音楽」と名づけたの、興味深いと思わない? アメリカ黒人の世俗音楽は、鬱で自堕落なイメージをともなう「ブルーズ(blues)」だったり、語源は諸説あるけど卑俗なイメージを消すことのできない「ジャズ(jazz)」だったり、あるいはワキガとか魚の腐臭を表わす「ファンキー(funky)」「ファンク(funk)」とかが商売用の区分けとして存在するよね。「ブルーズ」は、どういう人たちが名づけたのかは知らないけど、「ブルーな雰囲気」って、確かに言えてはいます。そんなブルーズとジャズを先輩としながらも、チマタの恋愛事や夜遊びを主題とする世俗の音楽に新たに「魂」と名づけたのはすごいことですよ。つまり自己の社会、自分の文化に対する積極的な意味づけが「ソウル」なんです。

――そして「ソウル」の土台にあるのが、教会であり、ゴスペル・ミュージック。

藤田 黒人教会は地域社会の中で強烈な政治文化の拠点だから、好き嫌いに関わらずちびっ子の頃から「その感覚」は全身に沁みわたる。差別されまくってきた黒人が「私は人間だ!(=ブラック・ライヴズ・マターの前身ですね)」って自覚した時の精神的な土台はまさに黒人教会だったし、その場、信者の集まりでの歌い方、歌詞、熱狂的なダンスなどは、俗なる音楽に自然と応用された。ソウル・ミュージックは、この黒人教会の文化と、下品とされたブルーズ~ジャズのエッセンスが融合して生まれた「黒人の魂を総合する」ポップ・ミュージックだった、と言えると思います。

――はぁぁ、そ~ですか。

藤田 (-_-;)  ジェイムズ・ブラウンを聞けば一目瞭然、ってことだよ。音楽の形式はブルーズ。歌詞はラブ・アフェア。でも歌い方やその盛り上げ方はゴスペル音楽のハウトゥを究極に煮詰めたもの。もちろんレイ・チャールズも。こういったソウル世代の先駆的存在に続いて登場したのがアリーサ・フランクリンでした。

――サム・クックにしても、ゴスペルの大スターからキャリアをスタートしていますもんね。

藤田 大きな話をすれば、総合的黒人音楽としてのソウルと、ジャズとブルーズが、20世紀後半以降の世界のポピュラー音楽の規範を造ったとすら言えるんじゃないかな。先輩のサム・クックも、後輩のアリーサ・フランクリンも、この視点で捉えてください。

アリーサ・フランクリンはテネシー州メンフィスに生まれ、ミシガン州デトロイトで育ちます。父は「100万ドルの声」を持つといわれたバプテスト派の牧師、C・L・フランクリン師です。母のバーバラ・シガーズ・フランクリンはゴスペル歌手。夫妻はアリーサが幼いころに別れていて、長姉たちと一緒に彼女(次姉)はお父さんの下で育ちます。

C・L・フランクリンは黒人社会の中でも筆頭の名士の一人であり、マーティン・ルーサー・キング牧師とも親しく、キングたちの活動も支援していた。アリーサはブラック・コミュニティの有名人に囲まれ育ったお嬢さんだったわけです。デイヴィッド・リッツ著『アレサ・フランクリン リスペクト』(シンコーミュージック・エンタテイメント)には、聖職者のみならず、サム・クックほかたくさんの文化人が父親を慕って集まってきた様子が書かれていて、本当にびっくりしますよ。

――アリーサは、12歳で初めて出産、14歳で2人目を産みシングル・マザーになります。

藤田 日本の常識からすれば早熟ってことなんだろうね。しかも超大物聖職者の娘さん。スキャンダラスです。ただぼくらとは文化が異なるということを認識しながら、彼女の行動を評価しないとね。まぁぼくとすれば、サム・クックと少女時代のアリーサとはどういう関係だったのよ……この点こそが今も気になってる。『アレサ・フランクリン リスペクト』には、教会の人たちのセックス・ライフのダイナミクスにも触れられていて、けっこう生々しいよ(笑)。

――パパも、女性に大モテだったそうですしね。

藤田 クララ・ウォードやマヘリア・ジャクソンといった歴史的な大ゴスペル・シンガーに囲まれて、アリーサは当然のようにゴスペルの世界へ入っていった。アリーサを今改めて聞くと、クララの「節(ふし)づくり」ととてもよく似ています。ちなみにクララ・ウォードはパパとお付き合いがありました。クララ・ウォードにフランクリン師が家の中でかなりの暴力をふるっていたというのは、周囲にはよく知られたことでした。おそらく、こういう父親に代表される男のDVが、アリーサのトラウマになったことは、その後の彼女の私生活を見ればわかります。

――クララは映画『アメイジング・グレイス/アレサ・フランクリン』にも、会場へ招かれていますね。

藤田 意味深ですよ~。映画は1972年1月に撮影されています。クララ・ウォードが亡くなるのはそのほぼ1年後。名声とは裏腹に不幸な人生を送ったクララ・ウォード。映画撮影時の彼女はアルコール依存症だったということを考えて、映画をご覧になってください。48歳で(男にボロボロにされて)亡くなった才人です。

――アリーサ・フランクリンは、1961年に大手のコロンビアからデビュー。でも、初めは売れなかったそうですね。

藤田 一気にスターになるはずが、予想が外れちゃった。で、その前のことなんだけど、彼女が14歳の時のライブ録音が残っています。これが、す~んばらし~~! もちろんゴスペル時代です。大変な才能を持った女の子だってことは誰にでもわかります。それで、聖から俗への「転向」に積極的だった父親の考えもあり、最大手のコロンビアと契約した。「ご近所」には新興会社、モータウンもあったんだけど、お父さんにすれば、格が違うぜ、という感じだったんじゃないかな。

――1966年にアトランティックと契約してから、アリーサ・フランクリンは女王へと階段を駆け上っていった。

藤田 そうです。ただし、コロンビア時代が失敗だったわけじゃない。今も、アメリカのジャズ局でこの時代のアリーサがよくかかっているけど、歌は素晴らしいし、レイ・ブライアントらの伴奏もしっかりとしていて、さすがのプロダクションではあります。でも次代の作品と比較してみた場合、「この歌手はこういうスタイルで」という旧来の方程式の上で制作しているから「トゲ」がないんだよ。じゃあこの「トゲ」って何だろうって考えると、アリーサのヴォーカルにおいては「私自身を語る」「私の言葉を聞いて」という積極性が、アトランティックでのプロダクションには明確に表れている、ということ。時代は公民権運動まっさかりの1960年代に、ぴったりの歌&プロダクションを、アトランティックは提供し、アリーサはそれを難なくこなしていった。

――深南部のアラバマ州でレコーディングした「貴方だけを愛して」(原題:I Never Loved a Man (the Way I Love You))をきっかけにして、スターダムの階段をのぼっていきます。

藤田 うぉおお! この原題の言い回しがかっこいいよね~。歌は粘っこく、強く、ダイナミックに。エレクトリック時代に入って、バンド・サウンドは、上下動はげしく、ギラギラとシャープに。そして8ビートのセンスを外さない。ニューヨークのアトランティックが、わざわざ深南部へ出向いて、こういうセンスを備えた白人のスタジオ・ミュージシャンを選び、黒人歌手の最高峰になるはずのアリーサのバックを付けさせた……そしてそれが歴史を変えたわけです。ソウル・ミュージックは、アメリカ社会よりもずっと先に人種間の融和を果たしたとよく言われるけど、フェイム・スタジオとアリーサを代表とするアトランティックの関係って、まるで神話のようです。

「貴方だけを愛して」(I Never Loved a Man (the Way I Love You))

――藤田さんから見て、彼女の歌唱の凄みってどんなところに感じますか?

藤田 例えば「リスペクト」(Respect)ほか名唱の数々は、一見、男女間のありがちなトラブルや、思いを寄せる人への告白をうたっているようでいて、アリーサの声からはもっと広がりのあるメッセージが聞こえてくるよね。彼女は物語の語り手でもあるんです。「リスペ~~クト!」と、朗々と歌い上げるその向こうに、女性解放、私たちは黒人だ!というもう一つのメッセージが間違いなく存在する。

「小さな願い」(I Say A Little Prayer)にしても、これはバート・バカラックとハル・デヴィッドの作詞・作曲の小品で、アリーサは1968年『アレサ・ナウ』で取り上げカバーしています。好きな人への想いを重ねるようにうたいながら、聞かせどころとなると一気に声量をあげ、盛り上げて、いわば別の世界へと誘う。こういう手法は、まさに「神を語る」ことに長けた名人でしかできない解釈だと思います。

「リスペクト」(Respect)

「小さな願い」(I Say A Little Prayer)

――アリーサといえば、『ブルース・ブラザーズ』(The Blues Brothers)も忘れてはなりません。藤田さん、この映画お好きですよね? 調べたら2021年7月現在、アマゾン・プライム・ビデオで観れます!!

藤田 ジョン・ベルーシ&ダン・エイクロイドのブルース・ブラザーズ! ブラック・ミュージックって「死にかっこいい」(うちなーぐち)と、大ヒット映画で見せつけてくれたイカした二人です。映画にはジェームズ・ブラウンが牧師役で、レイ・チャールズが楽器店のオーナー役といった、思わず笑ってしまう設定が随所にある。世俗・ファンクの頂点に立つJBが牧師だよ(笑)。楽器を万引きしようとする兄弟の悪さを、盲目のはずのレイが見逃さないなんて、いいよね~。

――劇中、アリーサはダイナーの女店主を演じていますが、ブルース・ブラザーズのバンド仲間である夫(マット・マーフィ=ギタリスト)に、「たらたら遊んでばかりいないで、よく考えなさいよ!」と自身の代表曲「シンク」(Think)をうたい、説教を始める。こわいビッグ・ママ登場!のシーン。

藤田  歌の後半で「おお~! フリーダム! フリーダム!」ってアリーサが歌うけど、これって、もちろん広い意味での差別反対!のメッセージでしょ。こういうところがゴスペル育ちの異能、アリーサ・フランクリンの凄いところです。

Think : The Blues Brothers より

『ブルース・ブラザース』(1980年)監督:ジョン・ランディス
コメディアンのジョン・ベルーシとダン・エイクロイド(『ゴーストバスターズ』シリーズでもおなじみ)が主演のミュージカル・コメディ。 続編『ブルース・ブラザース2000』(1998年)では、貫禄を増したアレサが「リスペクト」を披露する。

――バラク・オバマ第44代アメリカ合衆国大統領就任式にも登場しました。

藤田 2009年1月20日、ワシントンで歌われたのは愛国歌「マイ・カントリー・ティズ・オブ・ジー(My Country, 'Tis of Thee)」。別名「アメリカ」とも呼ばれる曲で、史上初の黒人大統領に対し、その覚悟を迫った。女王ならではの熱唱でした。

――晩年の歌唱で聴き逃せないのは、そのオバマ大統領が涙した「ケネディ・センター名誉賞」でのステージがあります。

藤田 2015年12月6日、アメリカ文化に貢献してきた芸術家に贈られる「ケネディ・センター名誉賞」を受賞したキャロル・キングに捧げた舞台のことだね。当時73歳のアリーサはゴージャスな毛皮を着てサプライズで登場し、ピアノを弾きながら感動的な1曲を披露した。キャロルはめちゃくちゃ感激し、興奮する傍らでオバマ大統領が涙ぐんだ。その歌とは、キャロルがアリーサに提供した「ナチュラル・ウーマン」(〔You Make Me Feel Like〕A Natural Woman)です。

――藤田さんは、この曲を女性解放の記念碑的1作として、『歌と映像で読み解くブラック・ライヴズ・マター』で取り上げました。あのくだり、編集していて私も感極まりました。

藤田 アリーサは順風満帆の芸能人生を送ったと思われているけど、実は違うんだよね。このnoteでも何度も取り上げてきたけど、アメリカで「黒人であり、女である」ことは厳しい男の支配に置かれる可能性があることを意味している。アリーサも夫でありマネージャーだったDV男にズタズタにされていた。そんな男を乗り越えるところから「ナチュラル・ウーマン」は生まれたんです。曲はラヴソングそのものであるけれど、歌詞をよく読めば、女性の魂の解放と自立を促す歌であることがわかります。詳しいことは、本をぜひ読んでいただけたら!

「ナチュラル・ウーマン」

――なんど聴いても素晴らしい熱唱ですね。アリーサの逝去に際して、オバマ元大統領はツイッターに次のように投稿しています。

「アリーサは『アメリカらしさ』を定義付けしてくれました。彼女の歌声を通じて、我々の歴史のすべて一あらゆる点を含め一、我々のパワーと痛み、闇と光、救いの追求、そして我々がようやく手に入れたリスペクトを感じ取ることができるのです。ソウルの女王に永遠の安らぎを」 Aretha helped define the American experience. In her voice, we could feel our history, all of it and in every shade—our power and our pain, our darkness and our light, our quest for redemption and our hard-won respect. May the Queen of Soul rest in eternal peace.

2021年8月にはアメリカで、アリーサ・フランクリンの伝記映画『RESPECT』が公開される予定(日本公開は未定:主演はジェニファー・ハドソン)。日本では『アレサ〜ザ・グレイテスト・パフォーマンス(デラックス)』と題した4枚組のスペシャルCDの発売もあり、彼女の歌声が改めて多くの人に広まっていくといいですね。「Ohhhh! Freeedoom!!」とみんなで声を上げましょう!

『RESPECT』オフィシャル・トレイラー


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