【小説】30年間、テレクラを生き甲斐にしてきた女の末路〜全裸編〜
<前回までのあらすじ>
喋るヤギは我々『ついて思う渡邊』にとんでもないキラーパスを投げてきた。お時間の許す方は、どうか元記事から目を通していただきたい。
私は耳を疑った。
蓮さんは今なんと言ったのか。
全裸、と確かにそう聞こえた。
「ぜ、全裸ってその、全裸?」
「そう、全裸だ。」
「全裸で…電話をするの?」
「本当は朝から全裸でいてほしいけど、それが難しければ電話のときだけで構わない。どうだろう。来週の金曜日、また同じ時間に。俺も全裸で電話するよ。」
彼の声は誠実そのものだった。まるでレストランの予約をするようなスマートさで、私に全裸を要求した。コスプレや下着の種類の指定はまだ分かる。どんぐりの下着は縄文時代を彷彿とさせるユーモアがあった。しかし全裸。露骨過ぎる。
コスチュームに隠れていた現実が、不意に姿を見せたような気がした。
しかし、と思う。約束したわけではない金曜日の23時を、彼は初めて「約束」のように言った。それは彼の本気の表れだと感じた。全裸で電話をする自分を想像して、私は溜息をついた。それがひどく快感を伴う行為に思えたからだ。倫理観なんて、もう何処かに忘れてきた。
電話を切った後、私は背徳的な興奮に包まれていた。
来週の金曜日を考えるだけで胸が高鳴った。どのコートを羽織って行こうか。それとも朝から全裸でいてみようか。それはどれほど強い快感を齎すことだろう。
金曜日。
私はベージュのトレンチコートを羽織って外出した。
裏地が肌に擦れてくすぐったかった。
電話ボックスは暗闇に明かりを灯していた。そっと中に入り、コートのボタンに手を触れた。
23時だ。
全裸になった私は震える手でフリーダイヤルの番号を押した。震えるのは恐怖のためではなかった。それは緊張と興奮だった。
プルルルル…
しばらく鳴ってから通話が始まった。
「もしもし…ハァ…ハァ…ねぇ、何色の…ハァ…パンツ被って」
ガチャン
私は電話を切った。今のは蓮さんじゃない。蓮さんは絶対にパンツを被らない。いつも「プ」で受話器をとる彼は、何処に行ってしまったのだろう。
翌週も、翌々週も、私は電話をかけた。
電話に出たのは知らない声だった。
もう二度と彼の声を聞けないような気がして、悲しみが込み上げてきた。
私は初めて顔も名前も知らない人の為に泣いた。
泣いて泣いて泣き続けて、気付くと両眼とも真っ赤だった。
ああ、これでは本当に「ウサギ」のようだ、と思った。
以来、私はテレクラにかけるときはいつも全裸になった。
いつか、あの声が「もしもし」と応えてくれる日を願いながら。
あの日の「約束」を果たせるように、私は全裸で在り続けた。
毎週金曜日の23時は、必ずテレクラの時間だった。
30年という年月は、しかし私には長過ぎた。
あの頃のような声は出なくなってきた。これでは彼が電話に出ても、自分と気付いてもらえないかもしれない。今となっては彼と話せないことよりも、電話に出た彼に自分が「ウサギ」だと気付いてもらえないことの方が怖かった。
この春、私はテレクラを卒業する。
炬燵に入ってぬくぬくとした生活を送っていた私を、炬燵の温かくなる所を壊してくれたのがテレクラだった。
小説のお供に音楽を添えて
ウサギの気持ち『春よ、来い』short ver.
ア・カペラ the first take
ー了ー
突然の小説にお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、緊張した空気の中に非日常のエッセンスを。キラーパスをくれためーさんに至上の感謝を込めて。
#ぽかさん出演ありがとうございました
#めーさん続編の仕上がりはいかがでしょうか
#全裸系小説 #つくってみた #眠れない夜に
#ついて思う渡邊
#フリには全力で応えたい
#書評が楽しみだなぁ
ご支援いただいたものは全て人の幸せに還元いたします。