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誤治に御用心 【漢方医放浪記】

 誤った治療法のことを誤治ごちといいます。

 その老齢の婦人は下腿のリンパ浮腫との診断で鬱血性皮膚炎に続発する蜂窩織炎を繰り返し、これを根本から治療しようと他院で漢方治療が開始されました。

 そこでは皮膚科医と漢方医が連携をとって診療にあたっていたそうですが、彼女は家族と共に、助けを懇願するように私の外来を訪れました。

 切迫した表情の彼女は、その不調が只事ではないことを示していました。元々幾度か通院歴のある方で、原因不明の咳を契機に診療していましたが、この原因を嚥下機能低下と診断し、半夏厚朴湯が著効した人でした。

「下痢がひどくて、死にそうです。」

 痩せた身体を折るようにして、彼女は掠れた声で訴えます。曰く、むくみと軟便を治す薬だと説明されて処方された漢方薬を始めてから、下痢がひどくなって水様便を日に十数回も繰り返し、消耗が著しいと。

 五苓散ごれいさん

 それは確かに浮腫や下痢に適応のある薬です。

 診ますと、脈は沈緊弱で結滞。どうみても五苓散の証ではありません。彼女が陽明病位でないことは明白でした。これは誤治です。

 太陰病位が誤治によって厥陰病に至ったのでしょう。裏寒著しく、これは裏急の範疇です。ただちに五苓散を中止して、正しい治療をしなければ命に関わります。

 真武湯しんぶとうの出番です。

 入院するか微妙なラインでしたから、これ以上の悪化や翌日までに改善しなけば緊急入院だと念を押して、彼女の希望に沿って外来治療としました。

 果たして彼女は速やかに改善し、1週間後の再診日には殆どスッキリ治っておりました。処方した薬は真武湯の一剤のみ。本来の漢方治療は急性期にこそ輝きます。ただし誤治は重篤な副作用を招き、時に人を死に至らしめることを忘れてはいけません。



 五苓散と真武湯はおもてうらのような関係です。

 いや、表と裏というと語弊がありますね。どちらも裏証りしょうの薬ですから。陽と陰の関係であって、陽明病と太陰病ないし厥陰病の関係です。五苓散は冷やし、真武湯は温めます。余剰の水を巡らすのが五苓散、不足の水を巡らすのが真武湯と言い換えても良いでしょう。

 症状や西洋病名が同じでも、適する治療が同じとは限らない。これは漢方医学の真髄です。

 どこまでも「証」を見極めて、これに従って治療を組み立てねばなりません。そのためには問診だけでは不十分で、正確な診察技術が必要です。

 流派は色々ありますが、邪道に堕ちるのはいけません。そう、北斗神拳はジャギ様やアミバが継承できないように。私の師匠はラオウのような人だけれど、私はトキを目指します。

 


 拙文に最後までお付き合い頂き、誠にありがとうございました。願わくは、王道の漢方医学が世に浸透していきますように。




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