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初めての中国訪問1985年夏(私の中国との出会いと交流 その四)

1985年の夏、北京に出かけた。初めての中国訪問だった。北京空港から市内に移動する車中から見える光景を一言で語ると建設ラッシュ。建設中のうすい灰色の高層住宅の林をかき分けて移動していると広大な北京の街が見えてきた。

友誼賓館というホテルで開催される国際会議で講演発表する旅だった。日本に留学していた知人のC先生が上海から北京に出張し行動を共にすることになっていた。北京に到着したことを連絡したい。通信手段がない中、C先生のご親戚の家の北京の住所のメモが手元にあった。

友誼賓館のロビーであたりを見渡していると電信のブースがあった。そうだ電信だ。これで電報が届くと直感し、中国語はわからないがそのブースにある電信票に電文を書いた。「我在万年青」

万年青というホテルに滞在していた。そして簡単な電文を書いたのである。目の前でその電文を電鍵でモールス信号に叩き出して送信している女性の姿が見えた。3時間後C先生がやってきた。「電報が届いた」

漢字が機能した。そして私の10日間の北京滞在が始まった。

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