片目のフクロウ 袖山誠一
僕はおじいちゃんと寝るのが好きだ。だっていつもお話が聞けるしさ。「ねえ、今日はどんな話なのかなー」なんて甘えてしまう。
「う〜ん、今日は寝ようか」なんて意地悪は「やだよやだよ」泣いちゃうよー。
「そうだな、それじゃーこの家に棲みついていたフクロウの話にしよう」
僕もそのフクロウは知ってるんだ。少しの沈黙が流れる。すると突然おじいちゃんの声「ホー、ホー、ホロホロ、ホー」とフクロウの鳴き声、しかも低くて図太いそりゃーフクロウそっくりだ。こわいったりゃありゃしない、思わずおじいちゃんの胸にしがみつき。ミノムシみたいに身をまんまるくしちゃう…。
「ワシの家の森に、だいぶ前からこのフクロウが棲みついていたんだよ。もう十年ちかくになるかな。お前が見たのはだいぶ後になってからだが、最初はわりと小さくて、痩せていたな。でも昔から険しいその目つきは変わらず。凛としていて。わしもばあさまも好きじゃった」
もちろんおばあちゃんもそばでいっしょに寝て聞いて居る。
「最初ワシらが、あのフクロウを見た時すぐどこかに飛んで行きそうなのでわざと見なかった。知らんぷりをして、フクロウと逆な方向を見ていたよ。さもお前なんか見ちゃいないよ、てな仕草をしてさ。フクロウの方もおんなじようにワシらのことは知らんぷりだ『僕だってじいちゃんやばあちゃんのことなんか、知っちゃいない』と言ってるみたいに」
「でもいつの間にか家族同然になっちゃってたな〜。なあばあさま」
おばあちゃんは寝床にはいっているがおじいいちゃんの話が好きなんだ。僕とおんなじに聞き入ってる。もう真夜中なので物音ひとつしない。でも時折前の道路を走る自動車のヘッドライトが雨戸の隙間から差し込み部屋中をマブシく照らすがすぐ闇の中に戻る。すると続きの話が始まる。
「しばらくしてからフクロウの狩も上手くなった。どうも家族もできた様に見え、森はにぎやかになった。ワシの家の近くの山ににはもっと大きな森があった。日吉神社の大きな森だ、そこにはハヤブサやタカが住んでいたのだ。
いつものように狩をしているある日、獲物の大きなネズミが出てきてもたもたしている。フクロウにはちょっと手強い獲物だ、がもってこいのご馳走なのでちょっと首を傾げたが思い切って獲物目がけて飛びかかる。しかしその時はすでに日吉神社から狙いをつけていたタカが空中80メーターぐらい上で旋回をくり返えし獲物のネズミめがけ急降下全速力で迫っていた。よたよたと邪魔なフクロウが突然森の中から現れたが、こいつも餌食にしようと一緒に獲物として狙っている。
タカの鋭い嘴と両足でネズミを一撃それこそ鷲掴みし地面にむけて叩きつけた。一撃で絶命。同時にフクロウを大きな両翼で覆い、フクロウの片翼を食いチギろうと襲いかかる、堪らず一目散に逃げ森に隠れようと必死のフクロウ。森の茂みはフクロウにとって絶好の逃げ場所だから、それに格好の闘い場所だ。でも何としても獲物を逃すまいとするタカは、執拗に攻撃の手をゆるめない。時折ガサガサと激しい羽音と、壮絶な鳴き声が森の中から響いてくる。枝が時々激しく揺れる、がそれ以外はわからない。それから息の詰まる時間が流れ、突然タカが飛去った。獲物のネズミを咥え、大空を飛び去っていったのだ。
ワシは一日置いてから恐る恐る現場を見に森に入った。壮絶な戦いの後が目に入る。血まみれの産毛が飛び散り、翼の羽もかなりの数が散乱している。でもフクロウの死骸は見当たらない。何とか生き延びてくれと祈る気持ちだ。探しているうちに訳のわからない身震いが襲い、不気味なので早々に退散した。その日からあのフクロウもいない静寂を取り戻した森は淋しい。
その後あの事件も記憶に薄れた秋空の眩しい朝。かすみにかかったようにフクロウが同じ枝に止まっているのだ。嘘だろうとは思いながらもばあさまに『お〜い、お〜い、ばあさん早くきてみー』と呼んだ。走ってきたばあさまも『ほんとなのね、ほんとなんだよね よかったよかった』もう言うことなんかなんか何もない。
でも左の目の上には斜めに鋭くえぐれた傷跡が残っている。それにちょっと太ったのか威厳もあって大きな戦を経てきた風格が備わっている。それからしばらくして。その姿は見えなくなった。寿命だったにかもしれない」
「そう思ったある日、それからちょと小さめのフクロウが、ワシの森から日吉神社の森に飛び立っていったのだ。後について来いと言ってるように飛ぶ、追っかけていくとその森のとてもいい居場所の小枝に止まってる。そしてワシを待ってたのさ」
「あれっお前はあの倅のフクロウなのか、そっくりじゃないか。お前は右の目をやられたのか。そうか分かった、タカが襲ってきた時戦っている音が三羽の様な気がしたが、お前もオヤジのフクロウと一緒に戦ったのか。その頃はまだひなに近かったろうにな。そしてそのフクロウは右目が完全に無くなっていたし。右の翼も力が弱そうに見える。だがその険しい目つきはオヤジそっくりだ。いや親父より逞しそうで、ワシは嬉しくって手拭で拭いても拭いても涙が止まらない」
「ジーッとワシを人懐こく見つめ、親父と同じ仕草で枝を掴む脚をばたつかせてみせる。…頑張るんだぞ、親父に負けるなよ、ちょっと首を傾げるところはそっくりじゃないか。子供のフクロウがちょっと顔を出した。家の森は空き家になったし当分は日吉神社の森を見守ろう。ばあさまといっしょにナ」