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夏色のひかり

大学3回生の夏を迎えている。

3回生になってから演習の授業が圧倒的に増えたので、みんなひいひい言いながらレポートや発表資料を作成していて、それを見て私もなんとかがんばらなきゃと思えるのだから、仲間の存在はとても大切だと思う。

そして「卒論どうする~?」というような話もちらほら耳にするようになってきた。どの先生の研究室に所属するか、どんなことをテーマに卒論を書くかといったことを、みんな少しずつ考え始めている。

私はこのままいけばたぶん、明治以降の文学を教えている先生のもとで卒論を書くのだろうと思っている。私の所属している研究室は日本の言語や文化を学ぶところなのだけど、文学と語学とにジャンルが分かれており、まずどちらの系統で卒論を書くか考える必要がある。

私はどう考えても文学人間なので(語学はちょっと難しい、向いてないようだ)、何かの文学作品で卒論を書くことになるだろう。

それが和歌や源氏物語の時代のものか、はたまた江戸期のものか、あるいはそれ以降の小説かで自然と担当の先生は決まってくる。私は今のところ明治以降の小説で卒論を書くだろう…とは思うのだけれど、私は21年間「文豪」と呼ばれる小説家たちの小説をあまりきちんと読んでいない。太宰治も夏目漱石も語れるほど知らない。

正真正銘の文学少女なら、中学や高校のころから彼らの小説に親しんでいるだろう。ところが私はその時期ファンタジー小説に夢中だったので(今もそうだけれども)、明治期の文豪の小説はたいして読んでいないのだ。

さほど興味のない小説を無理に読んで「太宰いいよね!でも夏目漱石の方が好きかな!」とか言える器用なタイプでもなかったし、そもそも彼らの小説を心から読みたいとか、すごいなあとか思ったことも、正直ほとんどなかった。大学生になるまでは。

高校生のとき、進路選択をする上で、もし文学を学ぶのなら読んどいたほうがいいのだろうな…と何度も思った。

けれど下手に読んで知ったかぶりするより、かえってまっさらなままでいた方がいいかもしれないと思い、結局そのまま大学生になった。

おかげで1から小説の読み方を学んで、やはり小説家はすごいのだ、小説に宿る全てのことばには作者の意図と意思が生きているのだ、ということを目の当たりにしているので、それはそれでよいと思う。好きなことを学ぶというのは気持ちがいい。

さて、卒論のこともあれこれ考えてみてはいるけれど、おそらく私は割と現代に近い時代にできた小説で卒論を書くのではないだろうか。

今のところ江國香織さんの小説で卒論を書きたいなあ、とぼんやり思っている。私は高校3年生のころから彼女の小説を読み漁っているのだ。

江國香織さんとの出会いは、高校の国語の授業で読んだ『晴れた空の下で』という短編小説だった。その後、当時の現代文の先生が定期テストの問題として『デューク』を出題し(江國さんの短編の中では1位を争うくらい好き)、私はテストのことなど忘れてそれを読み耽り、すっかり彼女のあやつることばの虜になった。

それから江國香織さんの小説をちまちま集めるようになった。彼女はショートショートと呼ばれる、とても短い小説の素晴らしい書き手だそうで、確かに私も最初は彼女の短編集ばかりを好んで読んでいた。

この1年でようやく長編の文庫本も読み始め、卒論の本命は『きらきらひかる』である。先行研究が少ないと卒論を書くのが大変らしいので、先生とよくよく相談しなくてはならないだろうけれども、でもできるだけそれで書きたいな、と思っている。好きだからだ。

文学を学んでいると言うと、「将来何になるの?」と聞かれる事がよくある。聞いた人からしてみれば不思議なのだろう。たしかに文学は医療や保育のようなものではなく、何かの専門的技術は得られないし、社会に出てすぐに何かの役に立つわけではない。それはそうだと思う。

では、役に立たないものは無駄なのだろうか。私が今学んでいることは無駄なことなのだろうか。私はそうは思わない。好きなことを学んでいて楽しいのだから、とても意義ある学びだと思っている。

好きなことを学ぶなんておそろしく贅沢で、おそらくこれから滅多にないであろうことだから、私はあと1年半それを謳歌する。そしてそこで出会った、一般的には役に立たないと思われているかもしれないことを学んでいる仲間と、小説や和歌、方言なんてものについてたくさん話をする。互いの文章を読んで舌を巻き合ったり、文句をつけあったりする。それでいいと思う。そして好きなことを学ぶのはよろこばしいことだと何度も知りたい。それこそ私たちが一生懸命受験勉強をして掴み取った学びだからだ。

これから2週間、おそろしい量の期末レポートと格闘しなくてはならない。

きっと疲れ果ててしまうだろうけど、でもそれさえ「まあ、好きなことだからいっか」と思える、そんなことに取り組めていること、もう少しだけ大切に守っていたい。

そして夏の終わりごろ、お店に売れ残っている花火を買って大学のお友だちと小さな夏を燃やしたいな、などとひそかに思っている。それが実現するか分からないけど、でもそんな風に思っている。



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