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砂糖ひとつまみぶんの切なさ

恋人と、前に好きだったひとの話をした。夜中にお酒を飲みながら、今まで電話で話していたことを、ひとつひとつ確かめるように目の前で話した。

彼と話すのは本当に楽しく、ほろ酔いながらふたりで話している私たちはまるで大人みたいで、なんだかおかしな気分だった。

話していると、彼はときどき言わなくてもよいことを私に言ったりする。しかも、それは私を傷つけようとしているわけではなくて、本当に純粋な目でこちらを見つめて、とても素直なことばを口にするのだ。

たとえば、彼が今まで付き合ってきた女の子の中で誰が一番可愛かったかなんて、目の前にいる今の恋人に言ったりするだろうか。私は言いっこない、言うはずがないのだ。たとえ心の中では思っていたとしても、口に出すか出さないかでは雲泥の差がある。

だから私はそういうことがある度に彼に言う。それは私だから聞き流せるのであって、普通は言われるとすごくかなしくなるから、私以外の女の子には言わない方がいいよと。

私は彼が私を傷つけようとしているのではないことを知っている。だからそれはもう彼の持ったもの、性質なのだ。そして私はそれでも恋人を愛する自信がある。覚悟もある。たぶん、これから先の未来で私の心が弱ったときに、前に受け取ったことばのかけらを見つけて泣いてしまうような夜もあるのだろうけど。

私は、彼が私を好きになってくれたのは顔が可愛いからとかいう理由ではなくて、私の内側にあるものを見てくれたからだと信じている。私は私で彼をたくさん傷つけてしまったことがあるから、あれこれ言うつもりもない。

もしかしたら、私たちは何もかも全てを分かり合うことはできないのかもしれない。人それぞれの価値観は違うものだし、否定するのも違うから、話せば話すほど、どうして恋人でいられているのか不思議でたまらなくなる。

でも、分かりあうことができないのだとしても、私は彼を理解しようとする私でありたい。分かろうとしたい。相手を全部理解しなくては愛せないのだろうか。そんなことはないよ、きっと。

ときどき、ふとかなしみの波に溺れそうになる。私は泳ぐのが苦手だ。かなしみの海を泳ぐのは特に。だからときどき少し切ない。ほんの少しだけ、砂糖ひとつまみぶんくらい。けれど彼のことは好きだ、とても。

そんなことを考えて、胸がぎゅっとなるような夜だった。愛する人の腕に抱かれて眠るのは涙が出るほど幸福だということ、けれど彼をとても遠くに感じてしまう瞬間があるということ。

この少し切ない夜を愛おしく思う日が訪れるまで、私たちが互いを思いやり、理解しようとし続けていますように。



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