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ゾンビ -サン=ドマング島の怪

史料を読んでいると、「論文には使えないけれども面白い話」にめぐりあうことがあります。
最近、出会った面白い話を、一つ紹介しましょう。

18世紀末のフランスに、ヴォブラン(Vaublanc)という男がいました。
彼は貴族で、当時フランスの植民地であったサン=ドマング島(現在のハイチ)に、広大なプランテーションを持ち、そこで黒人奴隷を酷使していました。彼は、黒人は白人よりも劣っているという偏見を持っていました。

そんな彼の回想録のなかに、次のような箇所があるのです。


・ゾンビ

ある早朝のこと、私(ヴォブラン)はひとりの黒人奴隷が馬に乗って走っているのを見た。
ものすごい勢いでギャロップさせていたため、馬は汗でびっしょりで、口から泡を吹いていた。
黒人は私を見るや否や、馬から降り、馬を捨てて、自分の小屋へと走っていった。

私はすぐに彼に追いついた。
私を前にして、彼は言った。

「夜な夜な、ゾンビが自分を起こしにやってくるのです。
そして、馬に乗って、このあたりを走れ、と命令するのです。
抵抗しても無駄なのです。
ゾンビは強いです。」


私は、彼に言った。

「私は君の秘密を知っているよ。
君はここから遠く離れたところに恋人がいるよね。
彼女に会いに行くために、君は私の馬を幾頭も、乗りつぶして殺したよね。」


しかし彼は私にゾンビの話を繰り返した。
彼が、彼自身が言っていることを信じていないのは、彼の話し方から、明らかであった。
けれども彼は私にゾンビの話を信じこませようとした。


・真実はどこに?

さて、読者の皆さんはどのように思われますか。

なにせヴォブランは人種差別主義者です。
黒人は白人に比べて劣っているなんていう大嘘を心から信じきっている大馬鹿野郎です。
そんな彼の言葉を安易に信じてよいものでしょうか。

この黒人奴隷は本当に嘘をついていたのでしょうか。
彼のゾンビの話には、如何なる根拠もないのでしょうか。

真実はどこにあるのでしょう。
『Xファイル』のモルダーだったら、スカリーだったら、どのような捜査をしてくれることでしょう。


ささやかな気分転換のための妄想のネタに、この話がお役に立てば幸いです。


参考文献
Le Comte de Vaublanc, Souvenirs, Tome I, Paris, F. Ponce Lebas et Cie., éditeurs, 1838, pp.209-210.

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