はじめての蒸留現場-天鷹酒造訪問記

「あちらが蒸留器です。」
案内された作業場の片隅に、少々古びた金属製の機械が見えました。

おお、これが…これが憧れの「せいろ式蒸留器」か!!!

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蒸留酒に目覚め、焼酎に開眼し、正調粕取焼酎にのめり込んだ身として、いつかは必ず蒸留現場に立ち会ってみたいと、強く願っていました。

そして、ついにその機会が訪れたのです。

■事のいきさつ

先日の記事「【緊急投稿】いま「正調粕取.net」が応援する3つの蔵元」に書いた通り、天鷹酒造(栃木県大田原市)は、私が最も応援している正調粕取蔵の一つです。
「新型コロナの自粛要請が解除されたら真っ先に訪問しよう」と心に決めていたのですが、6月を迎えて状況が好転してきたことを踏まえ、このたび日帰りツアーに出かけてきました。

申し込み内容は酒蔵見学の「スペシャルコース」で、当方から「日本酒に加えて粕取焼酎のことも知りたい。できれば蒸留器も見学したい。」とリクエスト。
天鷹酒造からの回答(電子メール)では粕取焼酎と蒸留器のことは触れられていなかったので、「蒸留器が見られれば良いなー」くらいの軽い気持ちで準備を進めました。

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そして当日の6月25日、同行する友人と那須塩原駅に集合し、レンタカーで現地に到着。
田んぼが広がる中に、古い構えの建物。いかに酒蔵に来たなという風情があります。

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受付で見学代(1100円)を支払い、案内して下さる社員ROさん(イニシャル)にご挨拶したところ、「実は今日、蒸留作業をしているので見学できますよ。」と。

え。。。マジか。。。!!!

例年だと蒸留は終了しているそうなのですが、今年は新型コロナ禍の影響で作業が伸びているとのこと。

何たる幸運。。。

■粕取焼酎の蒸留現場

という訳で、胸を躍らせながら敷地の奥へと進み、冒頭の「ご対面の儀」に至ったのです。

蒸留器は、円筒型のせいろ及び熱源(右側)と、蛇管が内蔵されている四角い冷却器(左側)で構成されており、蒸留液(焼酎)は緑のタンクに抽出されます。熱源は蒸気(間接加熱蒸留)で、壁の向こうにボイラーがあります。蒸留器はいつ製造されたか不明とのことですが、せいろの部分はかなり古いように見受けられます。

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想像していたより静かだったので、思わず「いま蒸留中ですか?」と確認してしまいました。
「ええ、してますよ」と答えた社員ROさんは、焼酎が流れ出るタンクへと私たちを誘い、いまこの瞬間に出来上がった透明な液体をコップに注ぎます。

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鼻を近づけると強烈なアルコールとフーゼル油の香りで荒々しさ全開。ウイスキーのニューポットにも通じるものがあります。
これが時を経てあの傑作「純酒粕取焼酎 天鷹五年古酒43度」になると思うと、感慨もひとしおです。

この後、蒸留現場の雰囲気を味わいながら、粕取焼酎の製造について色々とお話を伺いました。

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粕取焼酎の原料は酒粕と蕎麦殻です。酒粕は全てのスペック(純米大吟醸から普通酒まで)を混合しています。また、正調粕取焼酎と言えば米の籾殻を使うのが定番ですが、天鷹酒造では少しでも風味を良くするために蕎麦殻を使用しています。

蒸留作業の時期は、日本酒の仕込みが終わった後の6月。先日訪れた島根県では、酒粕を熟成させて秋に蒸留する藏が多かったのですが、天鷹酒造では熟成させず新鮮なうちに蒸留します。

蒸留作業は、せいろに酒粕を詰める作業から始まります。人力で蕎麦殻を混ぜ込み、せいろ一枚当たり酒粕50kg×5枚=酒粕250kgをセットします。ぎっしり詰め込んでしまうと蒸気の通りが悪くなるので、所々に切り込みを入れます(九州の杜の藏のように団子状にはしない)。

蒸留の回数は2回1回目はアルコールの取得が目的で、朝の初留でアルコール度数約80%、そこから少しづつ落ちて行き、夕方は約45%となります。2回目は焼酎の味の調整が目的で、1回目の蒸留液に灰を混ぜ、蒸篭の下の容器に詰めて蒸留します(この灰は日本酒の濾過材とは異なるそうです)。

一般的な蒸留酒の製造では、蒸留液の「初留」(最初の方に出る液)と「末垂れ」(最後の方に出る液)をカットし、品質が安定している「中垂れ」を製品とすることが多いのですが、天鷹酒造では初留から末垂れまで余すことなく製品にするそうです。
(初留に含まれるメチルアルコールのことが気になったのですが、後日論文を当たったところ、米由来の焼酎はメチルアルコールが検出されないとの記載を見つけました。)

2回の蒸留を経て出来上がった焼酎はタンクで熟成させ、瓶詰の前に濾過をかけます。製造量は年間約1000リットルで、全体の約2/3が「純酒粕取焼酎 天鷹五年古酒43度 」、残りの約1/3が「純酒粕取焼酎 天鷹25度」として出荷されます。

蒸留粕は、契約農家で「五百万石」と「あさひの夢」の肥料として使用されるということで、まさに米・日本酒・粕取焼酎の循環が形成されています。農家の方は蒸留粕を肥料に使うと育ちが良いと仰っているそうです。

最後に短い動画をどうぞ。

■日本酒仕込み蔵の見学

焼酎だけではなく、日本酒の仕込み蔵もじっくり見せて頂きました。

天鷹酒造は「酒造りは、米作りから」という強いこだわりを持っています。その象徴と言えるのが、日本・米国・EUで有機認証を取得している「有機日本酒」であり、2018年にはその原料となる有機米を栽培するために「天鷹オーガニックファーム」を設立したそうです。

仕込み蔵の見学では、この有機米、有機日本酒へのこだわりを随所で見ることができました。

まずは精米。米にこだわらう天鷹酒造は全量自社精米であり、毎年の米の出来によってその具合を細かく調整しています。酒米は県内産の五百万石とあさひの夢、それから兵庫県産の山田錦を使用しているそうです。

大きな竪型精米機が3台並ぶ様は壮観です(写真に納まりきらない…)。

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精米で発生した糠のうち、外側の茶色い糠(下の写真の右側)は肥料として利用、内側の白い糠(左側)は米菓子の原料として売却されているとのこと。

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続いて、洗い場・蒸し場に向かいます。

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まずは洗米と蒸し。
基本は洗米機を使用しますが、純米大吟醸だけは手洗いだそうです。

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続いて、麹室、酛場、仕込蔵があるメインの建物へ。
2011年の東日本大震災でこの部分が倒壊したため、新しく建て直したそうです。清掃の際に薬剤を使わなくて済むよう、水洗いができる建材・素材を採用しています(有機食品・飲料は薬剤の使用が制限されます)。まるで病院か工場のような、清潔で衛生的な雰囲気です。

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麹室もステンレス製。清掃の際には、水洗いのうえ飲用可能なアルコールで消毒しているそうです。

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仕込み蔵の建て直しに当たっては、衛生面に加えて作業の効率化も重視し、人間は人間しかできないことに集中することで品質の向上・安定化を図るとともに、力仕事が少ない女性や高齢者でも働きやすい環境づくりを進めているそうです。
具体的な工夫としては、一階建てのフラットな建物、積極的な機械の導入、ITを活用したデータ管理などがあります。下の写真は、スマートフォンで麹の品温を確認しているところです。こうして外部からチェックできるため、蔵に泊まり込む必要がなくなったそうです。

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続いて、酒母室(写真無し)と仕込藏を見学。
三年前から生酛づくりに取り組んでおり、今年、天鷹酒造初めての生酛「天鷹心 生酛純米大吟醸」をリリースしました。天鷹の生酛は櫂棒で摺り潰すスタイルであり、杜氏の直町さん(何と南部杜氏協会の現会長!)の過去の経験に基づいて行ったそうです。

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そして、上槽室。
ヤブタ、佐瀬式、木槽が仲良く並んでいます。
木槽は既に現役を退いていますが、記念に保存してあるそうです。

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さらに濾過器を見学。友人が食いついて色々と質問していました。

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見学は以上です。
スペシャルコースは60分のはずが、ROさんには結局2時間少々お付き合い頂きました。本当にありがとうございました!

この後、直売所で買い物(+友人のみ試飲)を楽しんで、気分よく家路に就きました。

■大充実の見学を終えて

最後に簡単なまとめを。

天鷹酒造と言えば「米づくり」や「有機」という印象が強く、しかも昔ながらの粕取焼酎を造っているということで、個人的に「古風」なイメージを持っていました、
ところが、実際に現地を見学して詳しくお話を伺うと、「米、環境、人を大切にする」という基本理念は保ちつつ、新しい技術を取り入れたり、斬新な商品を開発して世に問うたり、さらには早くから輸出に取り組んだりと、実は「挑戦し続ける酒蔵」であることが良く分かりました。

今後はますます、天鷹酒造の正調粕取焼酎&日本酒を応援していきたいと思います。

一方で、まだまだ課題もあります。栃木県には、現在確認できているだけで正調粕取藏が3箇所(天鷹酒造、西堀酒造、渡邊佐平商店)残っているのですが、その背景・要因などについては、未だに情報を得ることができません。
先日の記事でも言及した通り、栃木県は近江商人をルーツとする酒蔵が多いのですが、それと現在も粕取焼酎の製造が盛んなことは関係があるのでしょうか。。。
また、天鷹酒造と渡邊佐平商店は籾殻ではなく蕎麦殻を使うことが共通していますが、もしかすると「栃木スタイル」のようなものがあるのでしょうか。。。

栃木正調粕取の実態について、引き続き調査を進めたいと思います。

ともかく、念願の蒸留にも立ち会え、日本酒のことも詳しく聞くことができて、大充実の酒蔵見学でした。

天鷹酒造の皆様に厚く御礼申し上げます。

<了>

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