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[短編小説] 生成AIのおかげで老衰により亡くなった魔王

 その日の魔王城では、盛大なパーティーが開催されていた。
 魔王が老衰により亡くなったのである。
 人心掌握……いや、魔心掌握に長けていたので、彼の支配していた領地からは多くの魔物が参集した。
 「亡くなるのに盛大にパーティーを開催するなんて……」と思われるかもしれないが、人間でも亡くなった者を盛大なパレードで送る地域は存在する。死者が寂しくないようにするための配慮とか、死は必ずしも悲しいことではないという理由で。
 ここ魔王城でも似たような理由でパーティーが催されていたが、この場合は特に大きな理由があった。
 魔王は天寿を全うし、老衰で亡くなったのである。
 勇者に討たれることの多い魔王という立場では、本当に珍しいことだった。
「これも魔王様が我々を支配して下さったおかげだ」
 そのように感慨深げに述懐する者たちも多かった。魔王は不必要に人間を害することも無かったので、ちらほらと人間からの供物も見受けられた。
「それにしても新魔王様、ぜひ先代のように長生きしてください」
 そのように若い新魔王に語りかける幹部も多かった。
「はい。私も平和に世界を支配し、先代のように皆が楽しく暮らせる支配を実現したいと思います」
 新魔王は、にこやかに笑いながら、魔王らしからぬ返事していた。

 もちろんそれを快く思わない武闘派も存在していた。人間社会でも会社という場所では競合他社を目の敵のようにする人間たちが存在するが、魔物も知的生物である限り、似たようなグループは存在するのだろう。
「人間は付き合う存在ではなく、問答無用で殺すべき存在だ」
 ある若気にはやる武闘派の魔物は言った。
 それが新魔王にも聞こえた。彼は振り返って、声の主のところへと歩いて来た。一瞬の緊張が、あたりを支配した。
 しかしその緊張も、一瞬で消え去った。新魔王がほほ笑んだのである。
「あなたの気持ちも、分からないでもないです。我々は多くの同胞を人間に殺されてきた過去を持ちます」
 不思議な話し方に、周囲の者たちは自然と大人しくなり、魔王が何を言うかに聞き入った。
「ところで私は先代から、『まず人間と付き合い、人間を理解せよ』と教えられて育ちました。人間の孤児と共に暮らし、勉学にも励みました」
「人間と? 魔王後継者の一人だったとはいえ、軽率でしたな!」
 そう若い武闘派の魔物は叫んだ。
「いえ、それは大切なことです。ちょうど良いので、ここにいる皆さんにも先代が天寿を全うした秘密を教えましょう」
「秘密?」
「それほど大したことではないかもしれませんが……、実は先代は生成AIというものを利用したのです」
「生成AI?」
「そうです……」
 そうして新魔王は、説明を始めた。

「生成AIとは人間の開発した新型コンピュータです。人間の蓄積した書物などをデータとして取り込み、人間のように知恵を得て応答することができます。わたしたち魔物の誰よりも賢いかもしれません」
「要は知恵者に相談したという訳ですか」
 経験を積んだ老いた魔物が質問した。新魔王は、そちらへ向かって頷いた。
「その通りです。もしかしたら、人間の犯した最大のミスかもしれません」
「最大のミス……知恵の実であるリンゴを食べる以上の失態ですか」
「ええ。なにせ、どれだけ賢くても、しょせんはカラクリ機械です。人間のように魔物に対する警戒心を持っていません……。先代は『勇者に討ちとられて死ぬような不名誉はご免こうむりたい。良い知恵があったら教えてほしい』と生成AIへ尋ねました」
「なるほど、人間のことを最も良く知っている上に知能的にも優れた存在が、我々のために知恵を貸してくれたという訳ですか」
「そういうことです」
「で、生成AIとやらは、どんな知恵を授けてくれたのですか?」
 その質問を受けた新魔王は、我が意を得たりとばかりに、ニッコリと微笑んだ。
「それが……『勇者の剣を作るべし』という回答だったのです」
「勇者の剣? あの伝説となっている『真の勇者のみが台座から引き抜くことができる聖剣』ですか」
「その通りです」
 周囲はざわめいた。どこかで『信じられない』といった声も聞こえた。
「なんで魔物が『勇者の剣』を作ったんだ?」
 あきれたように武闘派の若者がボヤいた。
「ええ、不思議でしょう。私も最初は理解できませんでした。しかし説明を聞いて、ようやく理解できました」
「ぜひ説明をお聞かせ願えませんかな。実に興味深い」
 老いた魔物が言った。
「単純なことです。実は勇者というのは、生まれた時から勇者ではないのです。昔の神々は生まれた時から神でしたが、人間はそうではありません。生まれた時から勇者として魔物を倒すためだけに特化した存在だったら、それは人間というよりは化け物でしょう」
「たしかに」
「そして我々も人間も物理学とやらに従う存在なので『勇者となる運命』はあるかもしれませんが、そういった運命でも急に勇者となる訳ではありません。さまざまな艱難辛苦や経験を積んで、真の勇者に成長していくのです」
「それは……それはまあ、そうですな」
「で、勇者の剣です。考えてみて下さい。勇者の剣を欲するのは、勇者になろうと頑張っている成長途中の者たちです。まだ真の勇者といえる存在ではありません。そんな者たちが、勇者の剣を台座から抜けると思いますか?」
 老いた魔物は首を横に振った。
 皆がいちように同じ反応を示した。
「そりゃまあ、絶対に抜けませんな」
「で、勇者の剣をエサにして、真の勇者候補たちを討ち取ってしまえば良い訳です。志があるとはいえ、素質はあるかもしれませんが、成長途中の者たちです。魔王軍の将軍以上だったら簡単に討ち取れます。だから勇者の剣は、言ってみれば『勇者ホイホイ』として機能したのです」
 パーティー会場にはざわめきが広がった。『たしかに』という声も多かった。『先代様、けっこう手段を選ばなかったのね』という声も聞こえた。
「まあ、これは一例です」
「一例?」
「はい」
 新魔王は、パーティー会場の参加者全員に聞こえるようにと、声を大きくした。
「つまり我々は人間のことを良く知れば……つまり生成AIの力を借りることによって、平和に人間を支配できるという訳です。もちろん絶対的な力は重要だから、魔王軍を解散させるつもりはありません。しかし我々に不満を持つ人間が減れば、我々を殺そうとする人間も減少する訳です。人間社会を見れば分かるように専制国家の方が民主主義よりも長寿なので魔王制を廃止する予定はありませんが、人間と接するというのは大切なことなのです。この魔王国制度も、人間と接して得ることができた成果です」
「なるほど……」
「そして生成AIです。場合によっては我々に甚大な被害をもたらすかもしれませんが、その時には魔王軍の力で破壊してしまえば良いでしょう。敵を臀……、いや、敵を知り味方を知ることが、戦に勝つ秘訣です」
「なにやらそれも人間の考え方に近そうですな」
「そうですね。これからは私たち魔物にも、柔軟性が必要な時代が来るのかもしれません」
「やれやれ、と老いた者としては言いたいところですな」
「そうですね。ともかく今日は細かいことは考えず、盛大に行きましょう」
 あちこちで『賛成』という声が聞こえた。
 そうして魔王城の夜は、平和に過ぎていった。

(了)

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 小野谷静(オノセー)

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