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【音楽と本で、ブラジル先住民について考える】 Gabriel Bruce "Protetores feat. Ailton Krenak" + 「世界の終わりを先延ばしするためのアイディア 人新世という大惨事の中で」アイウトン・クレナッキ著 国安真奈訳

ブラジルのミナス・ジェライス州出身で、2020年のデビューフルアルバム『Afluir アフルイール』が注目された新世代ドラマー、ガブリエル・ブルースの新録音EP "Low / Live"を2022年4月27日にデジタル・プラットフォームにて配信リリースします。

配信リンクはこちらから↓


1. Protetores feat. Ailton Krenak
2. O Que Vi no Seu Olhar
3. Cortina de Fumaça
4. Lama
Gabriel Bruce (drums) Frederico Heliodoro (bass) Lucas de Moro (keyboads)
(Grão Discos / SISMO / MOCLOUD) April 27th 2022 digital

EPタイトルにLiveとありますがライブ盤という意味ではなく、『Afluir』からの3曲と、2021年に配信リリースしたシングル『O Que Vi no Seu Olhar』すべて歌モノをフレデリコ・エリオドロ(b)、ルーカス・ヂ・モロ(key)とスタジオの同じ部屋で一発録りでレコーディングしたインストゥルメンタル・ヴァージョンです。トリオというインタープレイできるスペースの多い編成で、オーバーダブなしのエキサイティングな演奏であり、ブルースの多彩なドラミング、フレデリコのベース・ソロ、ルーカスのサウンド・メイキングも聴きどころとなっています。

ブルース曰く「日本に行きたいから、小編成で行けるように録り直した」とのこと。今やデジタルサブスクの時代なので新譜はすぐに世界中で聞けますが、その心は日本のファンに向けたEPなので、ぜひとも日本で再生数が高くなってほしいところです。

4曲のうち1曲だけオーバーダブなし一発録りの例外があります。「Protetores」(英語でProtector = 保護者)で、ミナス・ジェライス州のブラジル先住民人権活動家アイウトン・クレナッキによる1987年の有名な演説が本人の許可を得てサンプリング収録されています。クレナッキについては、私もブルースに説明してもらうまで知りませんでした。ブルースがその演説の映像のyoutubeリンクを送ってくれました。この音声が曲に入っています。

「私のデモがこの議会の議員を攻撃しないことを望みます。しかし、経済力、強欲、先住民であることの意味に対する無知によって引き起こされたこの侵略に、皆さんが黙っていることはできない、気づかないままではいられないと私は信じています。そして今日、私たちは、私たちの信念、尊厳がまだあるという自信、弱いものを尊重する方法を知っている社会、絶え間ない中傷キャンペーンを行うためのお金を持っていない人々を尊重する方法を知っている社会を構築することがまだ可能であるという自信を、本質から打ち砕こうとする侵略の標的になっているのです。藁で覆われた家に住み、床にマットを敷いて寝るような、常にあらゆる富を無視して生きてきた民族を尊重する方法を知っているのですから、ブラジルの敵、国益の敵、あらゆる発展を妨げる民族と同一視されてはなりません。先住民は、800万平方キロメートルのブラジルに、1ヘクタールごとに血を流しながら水を与えてきたのです。あなた方はその証人なのです」

translation by MOCLOUD 2022

ブルースによると、近年ブラジル先住民に対する政府の対応は最悪の状況を迎えているとのことでした。ブラジル先住民についての知識もなかったので、この機会に勉強したいと思っていたところ、偶然にもクレナッキの著書が初めて日本語訳で発売されることを知りました。ブラジルでは「先住民の日」に当たる4月19日に発売日を敢えてぶつけたに違いないこの本「世界の終わりを先延ばしするためのアイディア 人新世という大惨事の中で」は、クレナッキの演説3本書き起こしの翻訳が半分、残りの半分は日本語版の「訳者あとがき」として国安真奈さんによるクレナッキの経歴とその活動の詳細な解説が掲載されています。そして私の知りたかった顔を黒く塗っている映像に至る経緯についても解説がありました。

彼は、先住民族に対し、居住する土地への始原的権利を保障すること、先住民がその文化的、伝統的営みを続けて行くのを保障することは、先住民族が恒常的かつ継続的な脅威にさらされるのではなく、ブラジル社会と調和的な関係を持ち、将来への展望を抱けるようになるために、最も重要なことであると語る。そして、その後、居住地を巡る紛争で殺害された同胞、損なわれた連帯感、提出された草案に対する敬意を欠く扱いへの遺憾の意と、先住民族が受ける絶え間ない攻撃に対する怒りを、先住民の文化的行為で表明したい、この遺憾と怒りを表す行為が議場の秩序を乱さないとよいが、と続けながら、ポケットに忍ばせていたジェニパッポ(Genipaamericana:チブサノキ)の染料を手にとり、ゆっくりと顔を黒く塗り始めるのだ。
 議場は騒々しく、最初は誰も著者の話を聞いていなかったという。しかし彼は、一度も声を張り上げず、顔を黒く塗る静かな行為だけで、議員たちとマスコミの注意を惹いた。演説はニュースになり、憲法制定議会の枠を超え、広くブラジル社会に衝撃を与えた。そして先住民側が作成した草案のほとんどを採択した「先住民について」という章を、一九八八年の民主憲法に加えることに大きく貢献することになった。

アイウトン・クレナッキ. 世界の終わりを先延ばしするためのアイディア 人新世という大惨事の中で (Japanese Edition) (p.58). Kindle 版.

クレナッキの演説はどれも平易に語られて、翻訳者の力量もあり読みやすいです。先住民の生活環境への考え方など興味深く、自然を「対話する対象=人」と捉える考え方は新鮮でした。そこかしこに見識、教養が見え隠れして、とても成人してからアルファベットを覚えた人とは思えません。よほど本を読んだのだろうなぁ。彼が演説という発表形態を好むことから著書は書き起こしがほとんどということでした。当時は先住民の識字率が高くなかったようでしたので、カセットテープにコピーされたクレナッキの演説をみんなで聞いて盛んに議論が行なわれたそうです。同じ先住民の人たちに最も届く手段が声だったのですね。

人新世という言葉も初めて知りました。

人新世(じんしんせい、ひとしんせい、英: Anthropocene)とは、人類が地球の地質や生態系に与えた影響に注目して提案されている、地質時代における現代を含む区分である。オゾンホールの研究でノーベル化学賞を受賞したパウル・クルッツェンらが2000年にAnthropocene(ギリシャ語に由来し、「人間の新たな時代」の意)を提唱し、国際地質科学連合で2009年に人新世作業部会が設置された。和訳名は人新世のほかに新人世(しんじんせい)や人類新世がある。人新世の特徴は、地球温暖化などの気候変動、大量絶滅による生物多様性の喪失、人工物質の増大、化石燃料の燃焼や核実験による堆積物の変化などがあり、人類の活動が原因とされる。

Wikipedia

私たちが便利に暮らしている社会の在り方や生活スタイルを、自然と調和している民族に押し付けるのは不当ということを再確認させてもらいました。世界はひとつの視点では語ることができないという本質で考えれば、この本で語られているブラジル先住民や環境保護だけの話ではなく、世界のあらゆる地域での争いや問題に置き換えることができるのではないでしょうか。クレナッキやブラジル先住民のことについての本書を読んだり、ブルースの曲を聞いたり、近い将来に企画したい彼らの来日公演を観て楽しんだりしているうちに、ブラジルの問題がこれまでよりもう少し皆さんの身近に感じられるようになったり、多様性への理解が深まったりすることを願います。

「Protetores」のライブ映像です。クレナッキのサンプリングも冒頭に入っていて、ライブやるならこんな感じになると想像です。この映像ではオリジナルレコーディングに参加しているマテリア・プリマ(vo)、フレデリコ・エリオドロ(b)、ルーカス・ヂ・モロ(key)、フレッヂ・セルヴァ(electronics)を見ることができます。

この地の先住民よ
神話や伝説を超えた人
森の守り人
世界が忘れていること
思い出すために

癒しの種をまく人
そして、厳しい生活を和らげる

弓矢を想像してください
顔染め、頭飾り
血と肉でできている
そして、単なる民間伝承ではない
カーニバルのコスチューム
彼らも、私たちと同じ

光り輝く存在
彼らは所有している
私たちが国家と呼ぶこの地を
あなたに捧げたい
感謝の気持ち
あなたを守る水先案内人

"Protetores" Gabriel Bruce translation by MOCLOUD 2022

ぜひ聴いてみてください!!


読んで頂いてありがとうございます!