苔の美しさを僕なりに語ってみよう 色のない湿度を苔の彩で感じて 〜前編〜
好きなものは好きだが今の自分が改めて苔のどこが好きなのか考えてみるのも味わい深いと思い筆を指に宿らせてみる
苔を観察していると自然の包容力を感じる。彼らは根を地には降ろさず”湿度”で生きていく
その”湿度”はどこでもあるのだがその”湿度”の種類によって美しさが変わっていく
様々な植物、動物、人間と共生しているが彼らは相手を生き様を乱すことはなく可憐さを添える
ありのままを受け入れて蒼く生きること醜く生きること滅びていくこともそれまた自然と言われているような
そんな無欲な共生の美しさに憧れているのかもしれない
明日には苔の好きなところが変わっているかもしれない。そんな煩悩の塊で矛盾を抱える僕を受け入れてくれるだろうか
感情に揺れ靡く人格の前に彼らは佇む
兵庫の城崎温泉の側の苔。溢れそうな森とこれからの若い桜の共生。ここで苔が好きになり始めた
京都の愛宕山で折れた木の上に植生する苔。植生する場所によって形を変え丸みを帯びる
山の”湿度”を浴びて様々な顔を見せてくれる
愛宕山だけでも3枚載せてしまい先が思いやられる
京都御所のとある木。木漏れ日さえ纏う苔
銀閣寺近くの哲学の道で出会った。鉄と苔の寂び
三重の赤目四十八滝のとある滝。離れてみる苔もいい
白川郷の合掌造りの上の苔
悪いことも良いことも流れるって大事だなとここで感じていた気がする
何かを祀っていた碑の側だったと思う
音のない風を水の流れで感じて
色のない湿度を苔の彩で感じて
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