ソビエト・ロシアのアニメ
日本におけるソビエト・ロシアアニメの代名詞的存在は、「カワイイ」の最高峰・チェブラーシカと、手塚治虫や宮崎駿にも影響を与えたユーリー・ノルシュテインであろう。しかしもちろん、ソビエト・ロシアアニメの世界は非常に多様で特殊で、そして未だ、ロシア国外では未知な部分の多い、隠れた宝庫だ。
強力な全体主義国家でありながら、ソビエトにおけるアニメーションにはプロパガンダ色は薄く、意外にものびのびした広がりを見せている。
シリーズアニメが少なく、その代わりに作家性が存分に発揮された短編アニメーションが数多く生み出されてきた。また、クレイアニメ、人形アニメ、切り絵アニメも豊富で、独自の魅力を放つのが特徴だ。
一方、数少ないソビエトのシリーズアニメは、ソビエト崩壊後も繰り返し放映され、またはソフト化され、何世代ものロシア人に愛され続けている。ソビエト崩壊に伴うアニメスタジオの民営化で、ロシアアニメは一転窮地に至り、作品の発表は滞った。その一方、外国アニメが大量に輸入される中でも、古典と呼ばれるようになったロシアアニメは忘れ去られることはなく、なおも新しい作品が渇望されて止まなかった事に、ロシアの人々が慣れ親しんだアニメ作品をいかに愛していたかが窺える。そして近年はようやく、新生ロシアのアニメーションが息を吹き返し、内外からの大きな期待に応えようとしている。
人形アニメとクレイアニメは、ソビエト・ロシアアニメーションの得意分野。名作の誉れ高い「ミトン」(1967年)は、「チェブラーシカ」も手掛けたロマン・カチャーノフの監督作品。
こちらは、ガーリ・バルディンの「ブレーク!」(1985年)。奔放な発想で描くボクシングの試合、ちょっと毒気のある大人向けクレイアニメだ。
ロシア初のアニメーション作品
長く、ロシア最初のアニメはヴラジスラフ・スタレーヴィチによる「うるわしのリュカニダ」(1912年)とされてきた。虫の人形をコマ撮りした人形アニメである。しかし近年になって、新たな発見があった。
マリンスキー劇場(サンクト・ペテルブルグ)のバレエ振付師・アレクサンドル・シリャーエフ(1867-1941)の遺品から、彼が1906年に製作した人形アニメのフィルムが発見されたのだ。
シリャーエフの人形アニメ、バレエの一場面
張子の人形を使って再現されたバレエは、本来教材として製作されたらしいが、それは紛れも無く、ロシア最初のアニメーションである。バレエの他にも、ピエロやアクロバットのユーモラスで躍動的な作品も発見され、その完成度は研究者をも驚かせた。
ボールとピエロの人形を使った一場面。ボールの動きに注力している。
「ロシア初」を冠されたアニメがいずれも人形アニメであったのは、象徴的かもしれない。
アレクサンドル・シリャーエフ
ソビエトの人気シリーズアニメ
ソビエトではシリーズアニメの製作は決して盛んではなかったものの、その数少ない作品群は世代を超えて視聴され、多くのロシア人が「私はこのアニメで育った」と語る。
なお、シリーズとはいうものの全て1話完結型で、1話の製作に1年ほどを費やした。その分1つ1つの完成度は高く、丁寧に描かれた背景なども注目に値する。また、特定の監督がシリーズを製作するため、ストーリーや作画も安定している。
ディズニーの印象が強い「クマのプーさん」だが、ソビエトでは同じA.A.ミルンの原作による作品を、フョードル・ヒトルーク監督が手掛けている。タイトルは「ヴィンニー・プーフ」。1969年~72年までに3本が製作され、国民的人気を博した。
レフ・アタマーノフによる「ワンという名のネコ」は、1976年~82年まで5本製作。ワンは、犬の鳴き声のワン。そんな変わった名前を持つ子猫と、友達の子犬の物語。
シリーズアニメで最も成功したのは、ヴェチャスラフ・コチョーノチキン監督の「ヌー・パガジー」(今にみていろ、の意)だろう。オオカミがウサギを追い回しては災難に遭う、いわばロシア版「トムとジェリー」だ。
1969年に第1話が発表され、73年に一旦終了するものの、視聴者から継続の要望が殺到。86年までほぼ年に1本ペースで製作された。その後製作ペースは落ちるが、2006年の第20話まで続いた。
この作品には、製作当時のファッションや流行曲が多く登場するのが特徴。西側の楽曲も使用されるなど、自由でポップな一面も。
近年のアニメ
近年のヒット作は、2009年から放映が始まった3Dアニメ「マーシャとクマさん」シリーズ。
ハイパーお転婆娘のマーシャと、マーシャに翻弄されながらも世話をやく優しいクマの王道ドタバタ喜劇。既に76作(19年1月現在)が放映され、海外展開も行っており、2012年にはスピンオフ作品も出るなど、その人気だけでなく、商業的成功という点でも特筆に価する。
本作は2018年12月18日に、公式のYoutubeチャンネルで第17話が33億回再生を記録し、最も視聴されたアニメ映像としてギネス認定された。
「スメシャーリキ」シリーズも、近年の大成功作。丸くデフォルメされた動物達の、日常のちょっとした困難や挑戦を明るく描き、教育的な要素も盛り込んだ。こちらも海外展開に成功しており、グッズ販売も順調。3Dアニメにもなり、前出の「マーシャとクマさん」同様、ロシアのアニメーターが3Dアニメーションの製作に意欲的なのが分かる。
ロシアアニメを取り巻く状況
しかし、依然としてロシアのアニメ界は容易ならぬ状況と言えよう。前述のシリーズアニメのヒットなど明るい話題もあるものの、作家性の強い短編作品を取り巻く環境は厳しいのも現実。
また、2011年に国営テレビ6社が放送したアニメのうち、外国製アニメが87%。残り13%が国産ながら、6%はソビエトアニメ、ソ連崩壊後のロシア製アニメは僅かに7%。外国製アニメの放映料の安さ、国内のアニメスタジオの少なさなど、複数の要因が重なっている。
(この記事は2014年に書かれたものを加筆修正したもので、一部情報が古いままです、ご了承ください)
参考文献:「ロシア・アニメ」井上徹(ユーラシアブックレット№74)東洋書店
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