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外交部定例記者会見の翻訳のすすめ

皆さんは中国政府の外務省がホームページを持っていることをご存じですか。

中国語で中国外務省は「外交部」と言うのですが、この外交部のホームページは中日のニュース翻訳者のみならず、中日の翻訳を目指す全ての人たちにとって、翻訳のトレーニングができる文章の宝庫といっても過言ではないと私は考えています。

そこで今回はその中でも、外交部報道官の記者会見にテーマを絞って解説したいと思います。そこでまずは定例記者会見の基礎知識を。

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中国外交部は毎週月曜日から金曜日まで、報道官を通じて定例記者会見を開催しています。この定例記者会見は、内外の国際情勢について中国政府の考えを毎日外部に向けて表明する場としては唯一ということで、日本のメディアや外国メディアから重要視されています。

記者会見は基本閉鎖的な環境で、報道官と内外記者との対面で行われているのですが(コロナ発生当初は「書面による質問に回答する」という形が取られていた時もありました)、会見内容は毎日外交部のホームページに「実録」としてアップされており、われわれ一般人でも自由に閲覧できるようになっています。「実録」というぐらいなので、記者と報道官のやり取りが、問答形式で掲載されているわけです。

ただこの定例記者会見、「毎日開催されている」と言いましたが、年中365日開催されているわけではありません。1年のうち、元日前後数日、春節(旧正月)の1週間余り、清明節の数日、メーデーの1週間余り、端午節の数日、中秋節の数日、国慶節の1週間、そして毎年7月から8月にかけて行われる北戴河会議の期間中は定例記者会見がお休みとなります。北戴河会議の期間中の休みは毎年長さが異なっており、1カ月余り休みの年もあれば、休みがわずか1週間ぐらいの年もあったりしており、この休みの長短から政権内部のパワーバランスを探ったりする専門家もいるぐらいです。

定例記者会見の実際の開催時間は日ごとに異なるようで、午前の時もあれば午後の時もあります。このため、その会見内容が文字としてアップされる時間はその日の午後7時から次の日の未明、ひどい時には翌日夕方と、まちまちですが、大体その日の深夜にはホームページ上で閲覧できる状態になっていることが多いでしょうか。

また当然といえば当然なのですが、会見の内容に当局の検閲が入る関係上、会見で実際にやりとりされた文言がそのまま実録に掲載されるとは限りません。ホームページにアップされる時間がまちまちなのはこれも理由の一つなのではと推測されます。

また当局にとって都合の悪い質問が来た場合、実録では質問と回答自体すべて削除されるケースもたくさんあります。さらには、当初実録に掲載されている内容が、数時間後に変わっていたり、新しい問答が挿入されていることさえあります。

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・・・とここまで中国外交部定例記者会見の概要を説明してきましたが、この定例記者会見の実録については、別の視点で活用方法があると思っています。

実のところ、中国メディアの要人の会議の記事などは、言うことがほぼ定型化しています。中国では民主集中制を採用していることもあり、習近平総書記が政治局会議で政策について語ったフレーズや、李克強国務院総理が全人代会議の活動報告で語ったフレーズを、政治局員を含めたすべての党員がトレース(学習・貫徹とも言う)することが制度化されています。このため、すべての会議で必ず、習近平総書記や李克強総理が既に語ったフレーズが出てくるのです。

この他にも、外国の要人との会見記事、事件・事故の記事、経済記事、汚職犯罪記事、衛星打ち上げの記事なども中国メディアの報道記事の体裁として、定型フレーズが決まっています。

これらのことは、裏返して言うならば、定型パターンをマスターしさえすれば過去の訳文をトレースするだけで、ほぼ訳文ができてしまうということにもなってしまいます(そのことが、ニュース翻訳が甘く見られるがちなところでもあるのですが)。

しかし外交部報道官の問答は、指導者のフレーズを繰り返すお決まりの回答もありますが、外国人記者との言い合いの場面では、外交部報道官の変幻自在なフレーズが飛び出すことが多く、時として報道官がヒートアップして延々しゃべるといったケースも多発しています。現任の報道官で言うならば、華春瑩報道官、趙立堅報道官はある程度アドリブが許されているようで、よくヒートアップしていますね。

一方でニュースの翻訳者の目線でいうならば、このようなやり取りを意味だけでなく「熱量」もしっかりくみ取って日本語に訳出するのは至難の業であり、ある意味「翻訳者の腕の見せ所」ともいえるでしょう。

だからこそ中日のニュース翻訳者を目指す人にとっては、外交部定例記者会見の実録は格好のトレーニング材料になると私は思っています。しかも毎日実録はアップされていますから、毎日トレーニングできます。

幸いにして、外交部のホームページには英語版も用意されており、英語版の実録も、大体はほぼ同日の同時刻にアップされています。日本語の訳文の答え合わせをするのにはうってつけと言えるでしょう。

だからこそ、中→日の翻訳者を目指す人こそ、これらの実録を自分で翻訳してみることを強くお勧めします。全部は大変でしょうから1ページでもいいと思います。毎日継続して続ければ、半年後にはかなりの翻訳力が付くでしょう。




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