語学は「好きこそ物の上手なれ」なのか
外国語学習。今のグローバル化の時代においては誰もが直面する問題です。最初にわれわれが直面する外国語は英語。苦労したという人も多かったのではないでしょうか。
私自身は中学生ごろから外国に興味を持ち、外国にあこがれのようなものを抱いていたので、語学学習はずっと続けられました。そのような私の興味を後押ししてくれるように親は私にリンガフォンを買って与えてくれたおかげで、英語は飛躍的に伸びました。
また高校になってからは語学の興味は英語から中国語へと移りましたが、私の語学に対する興味は高校以降も、尽きることはありませんでした。
私のように語学が「好き」という理由で中国語の勉強を始めた人もいるでしょうし、そうでなくても大原則として言うならば、その言語を公用語としている国の文化が「好き」かどうかというのは、外国語学習のモチベーション維持にはとても役に立ちます。
また、その国の国籍を持つ彼女、彼氏ができて、もっとコミュニケーションを取りたいから勉強を始めたという人もいるでしょう。この場合も大きなモチベーションとなります。
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しかし一方で必要に迫られて外国語を習得しなければならないならば、大きく事情が異なります。
具体的に言うならば、駐在員としてある国で働くことになり、仕事上その国の言語を使う必要が出てきたので勉強しなければならないとか、その国の人たちと仕事上で付き合わなければならないから勉強しなければならないとか、そのような状況が想定されますよね。
当然ながらそのような状況の場合は、「その言語を公用語とする国」の文化が好きであるとは限りません。とりわけ中国語やロシアなどいろいろ日本と問題になっている国ならばなおさら好きにはなれない事情があるでしょう。
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ただ一方で厳しいことを言うようですが、例えば中国人と仕事上で付き合いをしたり、商売したりするならば、日本語や英語よりも中国語でアプローチする方が圧倒的に有利になります。
「仕事として」「商売として」「ビジネスマンとして」、自分が中国に入ってしっかりと結果を出さなければならないならば、「気が乗らない」という甘えの感情を捨てて、商談できるまでの水準にまでしっかり中国語をマスターすべきです。
分かっているけど、これが難しい。中国の上海のような「中国語を使わなくても日本語だけで生活できてしまう」社会ならなおさらでしょう。
でもビジネスの世界でそれが通用するかは別問題です。
現に日本にビジネスに来る中国人(全員とはいいません)は日本語や英語をそれなりに使える人が多い。
対して中国に行ってビジネスをしている日本人は大半が中国語をしゃべれず、英語でビジネスするケースが多い(現地語でビジネスできる日本人の人材は重宝される)。英語さえもできない人がいたりもする。
実際に中国人が海外でビジネスをする場合はやはり、英語で仕事をすることが多いですし、現地の言語で現地の人たちにぐいぐいアプローチしている人も多い。そのあたりはとてもうまいと思いますし、日本人が差を付けられている部分ではないのかなとも感じています。
確かに中国が経済的に立ち遅れていた昔なら、これでも成り立っていたかもしれません。
でも中国に経済的に水をあけられている今、われわれが中国人にビジネスで勝ち抜いていくためには、まずファーストステップとして、「外国語に対する意識」を変革するしかないのです。
ならば、「あまり興味のない言語」をマスターするにはどうすればいいかという問題があるでしょう。
実際問題、語学を継続的に続け、これを習得するにはモチベーションという、自分自身の問題が大きくかかわってきます。
「自分自身をいかにうまくモチベーション管理して語学の習得という最終目標を達成するか」。これは突き詰めて言うならば、いかに「自分を自己啓発できるか」という問題だと私は考えます。
語学を習得することは実のところ単純ではありません。とりかかりはやさしいかもしれません。しかし「自分でどこまでをよしとすべきか」という線引きをするのは至難の業です。
かくいう私自身も実は、中国語以外にこれまで英語、フランス語、ドイツ語、韓国語、広東語、ビン南語(台湾語)とさまざまな言語を習得しようと試みましたが、最終的に「飯を食っていけるレベル」にまで高められたのは中国語のみでした。
語学が好きな私でさえも複数言語の習得には苦労したことからしても、やはり「好き」だけで語学を習得するというのは厳しいということを私も実感しています。
ただ、上海などの大都市では実は工夫すれば中国語のブラッシュアップをする機会はたくさん見つけることができます。やろうと思えばできるのです。だからあとは自分の甘えを捨てるだけ。だから私は、これは「自分との戦い」であるとツイートしました。
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そしてこれは、日本の中国研究の学術界やインテリジェンス界隈でも同じことが言えると私は思っています。
実のところ、日本人は「好きではない(興味がない)言語」をマスターするのがあまり得意ではありません。
米国と比べ、日本政府は中国やロシアなど旧共産圏に対する情報収集能力が劣っていると言われています。その理由として中国やロシア発の現地語の情報を読める人材が他の国と比べて不足しているから、と言われています。
ロシア語や中国語というのはどうしても英語などに比べて、「好き」と公言する(できる)人が少ない。ただ、インテリジェンスに携わる人たちというのは往々にして、中ロを「敵」と考えている人たちです。
しかしこのような人は往々にして、「英語なら好きだけど、中国語やロシア語は好きじゃない。でも英語でならとりあえず、中国ロシア関連の文献は読めてしまう。なら中国語やロシア語を勉強しなくてもいいや」と考えがちです。現にこういった甘えを私は幾度となく見てきました。
でもそれでは日本の中国研究の学術界の発展は望めませんし、中国の認知戦に対する国のインテリジェンス能力を高めることはできません。
既に中国に経済的に水をあけられているわれわれが世界で勝ち抜いていくならば、このような甘えをきっぱりと捨て、「まずは外国語習得から」という意識を持たなければならないのです。
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趣味で語学が好きで自分で勉強できるならそれに越したことはありません。
しかしそれ以外の人たちは「語学」をどうとらえるべきなのか。「嫌い」と言っていられない事情にどう向き合うべきなのか。そのようなことを考える岐路に立っていると私は思っています。
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