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副詞「还」を考える

中国メディアの論評を翻訳する際に重要なことは何か。他にもたくさんあると思いますが、私なら、副詞の用法を正しく理解することと答えます。例えば、「AだからBした」「AにもかかわらずBした」「AしかしないのにBした」などなど、筆者が論理展開する際に前の文節を受けて提示される副詞の役割は、私たちが中国メディアの論説文を理解し、正しく翻訳する上で非常に大切と言えます。ですから、私たちは機会があるごとに、もう一度初心に立ち返ってこれらの副詞の用法を見直す必要があると私は考えています。

今回はその中でも、私自身も見極めが難しいと感じている「还(hai2)」という語句を見てみたいと思います。この意味を正しく理解していますか。

「还」にはいくつかの用法があり、翻訳するに当たってはその用法を正しく整理する必要があります。ここではニュース文でよく出てくるものを中心として、用法を幾つか見ていきましょう。

1.環境が変化したにも関わらず、動作や状況が続いていること。

この用法の「还」には 「それでも」「いまだに」という意味を当てることが多いのではないでしょうか。

この用法は、しばしば同じ「状況が変わらない」という意味の副詞である「仍然」「仍」と比較されることが多いのですが、いくらか違いがあります。

「还」の場合は、それ以前の文章や文節で示された状況、環境が筆者や読者にとって「知らなかった出来事」「思いがけない出来事」である場合に用いられます。

その一方で、それ以前の文章や文節で示された状況、環境が読者や筆者にとって「理解できている」「想定内」の出来事であるという場合に、「仍然」「仍」が使用されます。例文を出してみます。

我们曾经因为幼稚的失误而丢了几个球,但我仍然相信球队处在正确的轨道上。
われわれは過去に幼稚なミスをしたために何ゴールか失ったことがあった。しかし私はそれでもチームが正しい軌道にあると信じている。

この文の「仍然」という副詞を基にすれば、話者は「過去に幼稚なミスをしたために何ゴールか失った」事実について「分かっている」のだということになります。その上で、「『仍然』(それでも)正しい軌道にあると信じている」という論理展開なのだということを理解する必要があります。

この原則を頭に入れて、今度は別の例文を提示してみます。

如果所有的珊瑚礁都死了,地球还能维持原样吗?
もしすべてのサンゴ礁が死んでしまったとして、それでも地球は元のままを維持できるのだろうか。

この場合は「すべてのサンゴ礁が死んでしまう」ことが「想定外」のことであるという前提で、「还」が使われていることが分かります。その一方でこの文は「还」を「仍」に変えることも可能です。

如果所有的珊瑚礁都死了,地球能维持原样吗?

この場合は筆者が、「すべてのサンゴ礁が死んでしまう」ことが「十分あり得ることである」ことを理解しているとのニュアンスが含まれます。

この用法を裏付けることとして、「仍然」「仍」は「依然として」という訳語を当てることが可能なのに対し、「还」にはその訳語を当てることはできません。

このほかに派生形として、「A,还B吗?(Aなのに、それでもBするのか??)」といった反語的使い方もあります。この場合はニュース記事で出現することはまれですが、外交部報道官の問答ではしばしば出現する言い方なので覚えておくと便利でしょう。

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2.今あるものにさらに加えられること。

これは前の文節で述べられていることにさらに加わるという意味合いで、一般的に「さらに」という言葉が当てられます。「一本」「一枚」など数えられるものが「さらに」加わる場合もありますし、「熱い」や「重たい」などの数えることのできない「程度」「感覚」が「さらに」加わる場合もあります。

分かりやすいものとしては「除了~还(~の他に~だ)」や「不但~还(~ばかりか、~もだ)」といった教室で習ったことのある構文でしょうか。しかし、ニュース文においてはいつも「除了」や「不但」などの前置詞があるとは限りません。ここが難しいところでもあり、1の用法なのか2の用法なのかは文脈で判断しなければならず、2の用法であると判断できたならば「ばかりか」「の他に」といった言葉を補う必要があるのです。

3.時間的に早い時期にという意味

この場合は「まだ」という訳語があてられることが一般的です。また多くは前に文節が伴わない文章で、「还」の後ろに時間を示す言葉が付くので、見分けることは比較的簡単といえます。加えて、「満たされていない状態が」「まだ」続いているという意味合いから言うならば、1の用法にも近いと言えます。

他に「我还好」(まあまあいい)などの口語的な言い方もありますが、ニュース記事にはあまり出てこないので、割愛させてもらいました。

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このように「还」にはいろいろな用法があります。前置詞など基準にできるものが文中にあれば判断は容易なのですが、いきなり「还」が出てくることもニュース記事ではしばしばあります。そのようなときには前後の論理関係で、判断するしかありません。その判断材料で下支えになるのは、事前の知識、しっかりした日本語力、確かな論理展開能力でしょうか。このあたりは数をこなして、トレーニングを積んでいくしかありません。

ともあれ、機会があればこれからも「还」の用法を説明していきたいと思います。


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