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Webディレクターになってから改めて楽しめた作品2選

こんにちは、Webディレクターのチョコです。

国語学の身でWebの世界に飛び込んで早くも3年目。追いかけても追いかけても、触れたことがない新しい知識が次々と出てきて、トレンドもどんどん刷新していく業界なので、日々勉強です。

そしてたまに息を抜くために、実務や自己勉強で得た知識を持って、昔好きだったSF作品をもう一度楽しむことを始めました。

今回は、おすすめしたい2作を選出しました。ただ2つとも少しでもネタバレされたら楽しさが欠けてしまう作品なので、内容紹介のかわりに、創作背景とその周辺にまつわる話を共有したいと思います。


『serial experiments lain』(1998)

内気で感情表現が薄い女子中学生・岩倉玲音は同世代の子どもたちと同じく、コンピュータネットワーク端末「NAVI」(現実世界においてはパソコンのような存在)を使って情報を獲得したり、友達との通信をしたりしています。最初は児童用のNAVIを使っていた玲音は、父親に最新型に取り替えてもらった以来、急速にNAVIの知識を吸収し、自分の手でNAVIを改装できるまで、今までの玲音とは同一人物とは思えないほどの技術を自力で手に入れました。一方、ネットワークが発展している中、利便だけではなく、偽情報、個人情報の流出、匿名の誹謗中傷等の副作用も生み出し、現実世界を侵食しています。そして玲音は、そのようなネットワーク上で起きた事件に巻き込まれていきます。

この作品は1998年当時、紙媒体、ゲーム、アニメーションが同時に展開していたマルチメディア企画で、媒体によってストーリーが大きく異なるため、上記のあらすじはあくまでアニメーション版に基づく内容となります。今回紹介したいのは、作品の中で登場した実在するプログラミング言語「Lisp」についての話です。

アニメ版を振り返ったときに、過去には気づいてなかった玲音のNAVIに映ったコードが気になりました。考察によるとLispで書かれたライフゲームらしい。更に調べてみると、Lispは1958年から開発され、1960年に登場したかなり古いプログラミング言語で、丸括弧を多用する括弧書き文法とポーランド記法が大きな特徴です。

玲音のNAVI画面に映っていた、Lispで書かれたライフゲームのコード
(引用元:https://lain.wiki/wiki/File:Life.jpg)


技術的な部分はまだうまく理解できておらず、ここで続けて述べても自分の無知をただ晒すだけなのですが、Lispのもう一つの少し変わった特徴を共有させていただきたい。それは、Lispにはもはやファンの領域を超え、熱狂的な信者が多く存在することです。

プログラミング領域において素人な私にはコメントを出す資格も立場もありません。だからこそ平和な気持ちでいろんなコミュニティやブログでLispにまつわる話を読み、素人なりの楽しみ方を得ました。特に「Eternal Flame」という、Lispの良さを唱える歌までリリースされたことが一番面白く感じました。歌の最後には、このような歌詞がありました。

And God wrote in Lisp code
Every creature great and small.
(中略)
I know God had six days to work,
So he wrote it all in Lisp.
Yes, God had a deadline.
So he wrote it all in Lisp.

https://www.gnu.org/fun/jokes/eternal-flame.html

「神様はこの世の大小すべてをLispで創り出した。

私は知っている。神様にはわずか6日の工数を与えられた。
だから彼はこの世のすべてをLispで書いた。

そうだ。神様にも締め切りがあるのだ。
だから彼はこの世のすべてをLispで創り出したのだ。」

僭越ながら自己解釈をもとに英語の歌詞を訳してみたのですが、その熱狂が伝わったでしょうか。世界を創るという大きな仕事に6日しかないため、それをうまく遂げるために神は数多くの言語からLispを選んだという、どこかで全社会人が共鳴し泣けてきそうな悲しさを含んだストーリーでした。

『serial experiments lain』はなぜ、数多くの言語からLispを採用したのか不明ですが、前述のようにある意味で宗教性さえ感じさせるLispは、作品全体の雰囲気とはわりと合うかもしれません。家庭でのパソコンの普及率とインターネットの利用率は今と比べない1998年に、この作品は既に予言のように発達したネットが現実世界に及ぼした悪影響を大きく取り上げており、作品自体も実験的な性質を持っているため、奇妙で不気味な表現が多く、仄暗さが基調になっています。

サイバーホラーとも言われる作品ですが、本作の作風、もしくはLispに興味のある方がいらっしゃいましたら、ぜひおすすめしたいと思います。

(今回の振り返りでLispについての知識を深めたほか、どうすればスマートなコーディングができるようになれるのかという難題と日々戦っている私にとって、玲音の中学生からハッカーへの凄まじい成長スピードこそ、今一番手に入れたいものだと気づきました。)

伊藤計劃けいかく『<harmony/>』(2008)

病気をほぼなくし、健康を極めて重視する高度医療福祉社会。人々の体には「WatchMe」というナノマシンが仕込まれ、それを通して「生府」(従来の政府の役目に替わる「医療合意共同体」)に健康状況をモニターされています。そのようないわゆるユートピアでは、ある日世界中の6000人以上の人が同時に自ら命を落とそうとする事件が発生しました。真相を追うために、WHOの上級査察官を務めている主人公は調査を進め、その先に彼女を待っているのは15年前に亡くなったはずの友人の姿。

本作の最も大きな特徴とも言える部分は、その文体なのでしょう。まずは冒頭の一部を抜粋します。

<?Emotion-in-Text Markup Language:version=1.2:encoding=EMO-590378?>
<!DOCTYPE etml PUBLIC :-//WENC//DTD ETML 1.2 transitonal//EN>
<etml:lang=ja>
<body>

01
いまから語るのは、
<declaration:calculation>
<pls:敗残者の物語>
<pls:脱走者の物語>
<eql:つまりわたし>
</declaration>

伊藤計劃『ハーモニー』 ハヤカワ文庫JA

そして、

<list:item>
<i:お父さんがいるから>
<i:お母さんがいるから>
<i:友だちがいるから>
</list>

伊藤計劃『ハーモニー』 ハヤカワ文庫JA

のような表現もありました。

ご覧のように、冒頭の「!DOCTYPE」ドキュメント宣言や、<body>、<list:item>等の記述は、html/xmlらしき言語を思わせる表現がこの作品に散見されます。しかしリスト項目要素なのに、<li>タグではなく、敢えて「list item」という全称の中身に「item」の略と見受けられる<i:>で要素を箇条書きするところを見ると、どうもこの「etml」というマークアップ言語は一見してhtml/xmlとは似ているが、独自のルールを持っているようです。ただしそれについて明確な定義が釈明されていないため、作者は本当はhtmlに関する知識があまりないのでは?という意見も見かけたことがありました。

ここで、一つ重要な背景について述べさせていただきたい。がんのため34歳で他界なさった本作の作者・伊藤計劃けいかく氏は、実はWeb制作会社所属のWebディレクターでした。そのため、たとえ最低限だとしても氏にはhtmlに関する知見をきちんと持っているはずです。むしろWebの知識を持っているからこそ、htmlをベースに自分の思うようにetmlを作り出せたと言ってもいいでしょう。そうなると、読者のetmlに対する解釈の違いによって、この作品の読み方もかなり変わると思います。

例えば、Webに関する知識がまだ乏しい高校時代の私は原題の『<harmony/>』を見ても、何かしらのコードのような、オシャレな表現なんだな…と思って特に気になりませんでしたが、Webディレクターになった今、この<○○/>という表現をXMLの自己終了タグと見做して考えると、伊藤氏の本来の意図でなくても、この作品に対する解読がより広がった気がしており、読み解くためにいろいろな感想記事を調べる時間もとても楽しく感じました。

氏はかつてこう言いました。

(前略)そしてわたしは作家として、いまここに記しているようにわたし自身のフィクションを語る。この物語があなたの記憶に残るかどうかはわからない。しかし、わたしはその可能性に賭けていまこの文章を書いている。

これがわたし。
これがわたしというフィクション。
わたしはあなたの体に宿りたい。
あなたの口によって更に他者に語り継がれたい。

早川書房「伊藤計劃記録」    
https://itoh-archive.hatenablog.com/entry/2015/11/13/170413

日本語さえわからなかった頃に伊藤氏の物語で初めて「Webディレクター」という職種を知り、それを記憶に残し、そして今この場を借りて僅かだが語らせていただきました私は、氏の「計劃けいかく(計画)」においての役目を果たしたのでしょうか。                                                               

今回は、オタク全開な記事を書かせていただきました。どうしてもネタバレを回避させたいため、作品そのものにあまり触れることができず、かなり読みづらいものになってしまったと思いますが、本記事をご覧になった皆さまがこの素晴らしい2作品に興味を持つきっかけとなると嬉しいです。

最後までご覧いただきありがとうございました。
以上、まさか本当にWebディレクターになったチョコでした。

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