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小説 ミッドナイト・ルーティーン・ラブ

 深夜2時。店内から見えるマンションは、灯りがぽつぽつとついていて、まだ、僕以外に起きている人がいるんだなと、当たり前の事をぼんやりと思ったりする。深夜のコンビニは不自然なくらいに明るく、ここで働いていると、僕だけ他とは違う時間にいる様な気分になる。店の自動ドアが開き、陽気な音楽が流れた。
「お疲れさまでーす」
「どうも、お疲れさまです」
 そう声を掛けた納品業者の人が被っていた帽子を下げ、荷物を置き、またすぐに出て行った。僕は頭を下げて、彼を目で見送った。勿論彼らもこの時間に起きていて、仕事をしているので、世界に僕一人だけが起きているわけでは無いのだが、納品を床に起き、判子が押された用紙を回収し別のコンビニにすぐさま向かう彼らは、少し人間味が無くて、どこか蜜を集める働き蜂の様に思える。
 僕は奥の時計を眺めた。あまり時間は経ってないけど、……そろそろあの人がくるだろうか。
 また陽気な音楽が流れる。
 ……来た。
「……いらっしゃいませ」
 その人は派手な金髪のボブカット。耳には、緑色に輝く鉱石が入ったイヤリング。そして手には、いつもの小包。
「これ、郵送お願い」
「……かしこまりました」
 僕は机から採寸を測るメジャーを取り出した。
 この女性は、いつもこの時間、必ず包みを持ってくる。荷物はとても軽く、書かれた宛先を見ると、あぁ、やっぱり。と感じる。
そして、いつも同じ宛先なのだ。東京都世田谷区。
「それと、56番ひとつですね」
 僕がそう言うと、彼女は少しだけ、微笑んだ。
「——覚えてるんだ。ありがと」
 僕は不意の彼女の笑みに、ドキリとする。
 ……笑った顔は、初めてみた。
 彼女の銘柄は、マールボロのメンソール。
 彼女は、荷物を預け終わると、外の灰皿に向かい、箱を開け、煙草に火を付ける。
 僕はガラス越しに、いつもそれを見ていた。彼女は煙草の煙を吐きながら夜空を見上げていた。その真っ直ぐな眼差しが、とても印象に残っていた。
 僕は考える。彼女は、一体何を送っているのだろう。 
 時間は過ぎ、太陽の光がコンビニに指した頃、交代の永谷さんがやってきた。
 永谷さんは、40代で、どこか、のんびりとした雰囲気の男性だ。
「椎名君、おつかれさん」
「お疲れさまです」
 僕は会釈をし、レジで缶コーヒーを買い、休憩室に向かった。夜勤を終えるといつもドロッとした疲れに襲われる。缶コーヒーの甘い一口によって、体がようやく仕事の終わりを実感した。
 荷物を置きにきた永谷さんはそんな僕を見て笑った。
「椎名君は若いねぇ」
「? 何でですか?」
 いきなりそんな事を言われたので、僕は戸惑う?
「だって週5回で夜勤だろ? 僕はもう年で夜遅くは眠くなるから」
「それは僕も同じですよ」
 今だって早くベッドに倒れ込みたいくらいだ。別に若かろうがなんだろうが、夜は正しい時間に寝たいものだ。
「あはは、まぁ、若いうちにムリはしとくものさ」 
 そう言って永谷さんは愉快そうに笑った。なんだか、呑気なものだなと、寝不足のせいか、僕は少しカンにさわった。
 この人はもう、良い年なのに、一切の悩みも無さそうに振る舞う。お金、家庭、生活。何か不満はないのだろうか。
 人生は不平等だなと、心の中で舌打ちをした。
 ——そうだ。僕は口を開く。
「永谷さん、いつも宅配便を持ってくる女の人知っていますか?」
 そう訊くと、永谷さんは首を振る。
「うん? いや、知らないなぁ」
「そうですか……」
 彼女を知っているのは僕だけなのだろうか? 
 彼女が来る毎日深夜二時は、まるで夢の出来事の様だ。現実味が沸かなくなる。
「おっと、そろそろ仕事に入らないと叱られてしまうな。椎名君お疲れ〜」
「……お疲れさまです」休憩室を出て行く永谷さんに、僕は頭を軽く下げ、缶コーヒーを飲み干した。

 そのあと一度昼過ぎまで眠り、シャワーを浴びた。下に落ちていく水滴を見ながら、僕は自分自身の事を考えた。専門学校を卒業してから入った会社を、たった一年辞めてしまった。理由はもっと夢のある事がしたい為だったが、今では単に堪えられなかったからではないかと思う。とりあえずバイトは続けているが、どうにも、ただただ、時間だけが流れているようで、僕はこの先どんな風に生きれるのか?
そんな不安が日々大きくなっていく。

 結局、そんな事を考える内に時間は過ぎていき、バイトの時間がやってきた。僕はため息を吐き、制服に着替え、軽自動車に乗り込んだ。

 深夜二時。僕は彼女を待っていた。
 なぜだか、彼女が僕の葛藤を、晴らしてくれるのではないかと、思わずにはいられなかった。
自動ドアが開き、軽快な音楽が流れる。
 ……きた。金髪の彼女はいつもの様に来店し、僕の事を覚えていたのか、こちらを見て、薄く、微笑んだ。

「これ、郵送お願いね。それと……」
「……マルボロのメンソールですね」
「——ありがと」
「恐れ入りますが……」
 彼女の顔が上がり、彼女と目が合った。訊くことを、抑える事ができなかった。
「何を、送っているんですか?」
 彼女は、虚をつかれた表情を見せ、そして目を細めた。
「外でたばこでも吸う?」
 僕はゆっくりと頷く。この時間、客はほとんど来ることは無いし、店員が店の外でゴミやパレットを運び出す事もある。監視カメラも無いので、僕がさぼる事は、この女性しか知り得ない事だ。
「……きみ、不良だね」
 彼女は気が合うと言いたげに、笑った。
 客に荷物の中身を聞くのは、コンビニ店員としては、マナー違反になるだろう。それでも僕は。僕の元にたどり着き旅立っていく荷物と、金髪の彼女に強く惹かれていたのだ。


 店の外は二月半ばの冷気を帯びていた。
 電子煙草を吸いこむ。彼女も横で、煙をふぅっと吹いた。僕は店で買った缶コーヒーを彼女に渡した。
「お店のもんでしょ、これ」
「買ったんです。店員は割引で安く買えるんですよ」
「ふーん。なんかちょっと、ずるいね」
「……そうでしょうか」 
彼女はいたずらっぽく笑い、「荷物の中身が知りたいんでしょ」
「……はい」
「私の銘柄を覚えてくれてたの嬉しかったから、話すよ。あれはね」
「呪い、または恋文なんよ」
「恋文……ですか?」
 あまりに想像とかけ離れた代物に、僕は何と答えればいいか、分からなくなった。金髪の彼女はいきなりこんな事言われても、わけわかんないでしょと、笑い、続ける。

「うちね、結婚を約束した人がいたんよ。だけどその人、突然、うちの前から姿をくらました。全部、嘘だったんよ」
「最近、SNSで彼を見つけてね。……あはは、最近はスマホのGPSとか便利すぎて怖いね。うちを捨てた恨み言、……それでも好きな事を書いた手紙をあいつに送り続けてた。……やばいでしょ」
「い、いや、……やばいですね」
 否定しようと思ったが、出来なかった。
「いいんよ。自分でも、ストーカーだって分かってるし」
 そう言う彼女の表情は、どこか穏やかだった。
「で、でも、どうして宅配郵送なんですか?」
 手紙なら、店の外に設置してある郵便ポストにだってあったはずだ。彼女は煙草の火を消し、灰皿に入れた。
「そうね、君みたいな誰かに、打ち明けたかったんだと思う。きみに打ち明けてスッキリしたし、郵送は今日限りにする」
 そろそろ警察に通報されるかも……いや、もうされてるかもねと、彼女は答えた。
「じゃあね。話聞いてくれてありがとね」
「ーーまた、煙草を買いに来てください」
 僕は言った。声は自然と大きくなった。彼女とは、もう二度と会えないのかもしれない、そう思ったからだ。
 僕は、彼女の事が好きになってしまったのだろうか? 疑問は、心臓の中ですぐに確信に変わった。
「……ストーカーのうちをナンパするなんて、きみはすっごく変わりもんね」
 彼女と目が合う、彼女の瞳は、濡れていた。その涙は、消えた元彼。罪を告白した彼女。話の傍観者の僕。一体誰に向けられていたのだろうか。


 数週間後、あれから彼女は一度も来ていない。その事を永谷さんに話すと、「警察に捕まったんじゃない?」と他人事に言った。僕は、何故ストーカーの彼女の事が好きなったのか説明は到底出来ない。ただ、話を聞いた時、膨大なの愛と呪いの言葉を受け取る、東京世田谷区在住の男が、ひどく、羨ましいと感じたのだ。 

 深夜二時。僕は商品を棚入れしながら、考える。
 僕の様なフリーターでも、彼女の様なストーカーでも。
 これからも日々を過ごしていける。なんとなく、そう思った。
 突然、軽快な音が店内鳴り響いた。「いらっしゃいませ」声を挙げながらレジに戻った僕は驚く。すぐに煙草をラックから取り出し、言葉を掛けた。
「髪、黒色に染めたんですね。」
 手にした銘柄は、マールボロのメンソールだった。

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