リレー小説:ゆれる感情線①#電車にゆられて
まえがき
以前文学フリマでお世話になった秋さんが、
面白そうな企画を立ててくださいました。
終着駅のない環状線。そこに乗り降りする
人々。忙しない彼らに聞き耳を立てても
良いですし、とある異変を無視して
のんびり窓の外を眺めながら
ふと何か話し出すでも良いです。
私が思いつきで飛び乗る可能性もあります。
そのはじまりは、たとえばこんな感じで。
リレー小説:ゆれる感情線①
環状線に乗って、僕らは2人で旅をした。
終着駅は、まだない。これから1時間ほどの時間を、どこへ行くでもなくただ電車に揺られる。それだけの旅だ。
僕も一緒について来た間野も、この電車は時々使う。有名な観光スポットをふらつく時とか、旅行に行く時の長距離バスの発着駅だとか。毎日頼るわけではないけれど、どこかへ遊びに行くなら欠かせない。そう考えると、この電車は僕らの日常の縁をぐるりと回っているように思えた。
車内は平日の午前だからか身動きが取れなくなるほど混んでいた。プラットフォームから窓の奥を見た時はまだ空いていたのに、ドアが開いた途端、わっと人が雪崩れ込む。初めは電車の内から、続いて電車の中へ。目をつけたシートから、続々と埋まっていく。列の先頭が車内に足を踏み入れる前から、椅子取りゲームは始まっていたのだ。
結局2人分の席はないまま、僕らの旅は吊り革にも掴まれない立ちんぼで始まった。
しばらくすると、突然車内を異変が襲う。
どこか近くで音が鳴りはじめたのだ。
トランペットや笛に彩られた、遊園地やパーティに似合いそうな陽気な音楽。
空気がピリッとしたのを感じた。
楽しげな音とは裏腹に、人の群れは誰もが困惑しているか怒っている。思わず踊り出してしまう人は、1人もいない。
間野と顔を見合わせる。僕と同じく、眉を顰めていた。
やがて電車が停車し、人が吐き出されていく。音楽はまだ止まない。
空いたお陰で誰も座っていないシートがひとつ見える。座らないのなら自分か間野が座ってしまおう、と2人はそちらへ移動した。
しかし、僕らはシートに座る事は出来なかった。
誰も座っていない。けれども誰も座れない。
両側に座る客は、素知らぬ顔をしている。困惑と怒りとをないまぜにして。
そこには、陽気な音楽を大音量で流す、両手で抱える程大きな古いラジオが鎮座していた。
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