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8つの海の記憶

2018.08 三浦海岸

真夏、会社をサボって「Otodama Sea Studio」という野外ライブに行った。好きなアイドルが出るという理由で行ったけど、半分は海に行きたかったからで、海に行きたい理由は逃避だった。平日に、会社と真逆の方向へ京急線は進んだ。そして私を迎えた水平線の非日常は、当時も今も思い出しても夢のように感じる。一歩一歩、足の裏が焼けていると感じるほどに熱い日中の砂の感触と、夜に開催されたライブ中のひんやりとした砂の感触、2つのちがいをよく覚えている。1秒ごとに汗をかいて、生きていると思った。

2018.09 茅ヶ崎

退職した会社の上司に誘われてバーベキューに行った。上司は茅ヶ崎に住み、夏になると誰もが突っ込むほど日に焼けていて、同行中の電車ではYouTubeでサーフィンの動画を見ている人だった。もうきっと会うことはないけれど、「尊敬している人は誰か」と聞かれたらその上司の名前を挙げ続けるし、茅ヶ崎駅で鳴る希望の轍を聞くたびに、営業の移動中に波の動画を見ていた上司のことを思い出す。希望の轍に紐づけられた記憶は、上司のことと、小田原への仕事の途中に「もうこんな遠くまで来たのか」と思ったことと、ベトナムへ向かう飛行機の座席のこと。遠くに行くときのテーマソングになっている。

2018.11 秋田港・下浜海水浴場

平日の朝5時に起きて秋田に行った。また会社をサボった。東北に行くのは初めてで、一世一代の決断をするための逃避行だった。セリオンタワーという高い塔からは大きな製紙工場が見えた。ここにはそばとうどんを買える自販機があって、それが目的で来た。どこか遠くへ連れて行って欲しい気持ちをNHKのドキュメンタリーで見た自販機への興味に無理矢理紐づけて、一緒に来た人とうどんをシェアして食べた。自販機は年代物で、お湯が切れたら1時間は動かないらしい。つゆが切れたお客さんには係員が直接ペットボトルからつゆを足していたのが印象的だった。

「遊びじゃねえんだぞ」と言わんばかりの波の荒さが、湘南の海とは明らかに違う。日本海・秋田の海は波の音が荒々しくて緑色。雨が降っていたけど、数十分の滞在中だけ奇跡的に雨が止んだ。砂浜は白くて、それよりももっと白い貝殻が沢山落ちていた。11月の海水浴場なんてどこまで行っても誰もいない。野球のボールを拾って投げた。海の家は崩壊直前だった。遠くでは風車が回っていた。足をふく白と青のタオルが柔らかかった。

2019.02 三崎口・三浦海岸

海の見える公園を散策して、岩場に降りたら世界遺産の空気感だった。ゴツゴツした岩場は海に面していて安全柵もなにもなく、岩場で釣りをしている人もいた。波で削れた岩の窪みにヒールが入って歩くのが難しかった。海には漁船が沢山見えた。この公園に来るまでのバスでも漁船が沢山止まる港を通過して来た。三崎の街にはスナックが沢山あって、大漁で帰ってきた漁師の酒盛りを想像したけど、自分の頭にある材料での想像は、きっと真実とは程遠い出来だ。死ぬまで知らないことばかり。

その後に行った三浦海岸は、8月に行った時とは打って変わって静かな冬の海だった。 8月にここで会った時は知り合いだった人が、親しくなって私の隣にいた。

2019.03 鹿島

鹿島は、その名前の通り鹿のいる島。愛媛県本土の横にくっついている、船で5分ほどで行ける小さな島。瀬戸内海を初めて見た。こんなに透き通った海を見たのは高校生の頃、修学旅行で行った沖縄以来だった。愛媛県はとても穏やかな空気で、私の恋人がいつも呑気に口を開けている理由はこの気候で育ったからだと思った。
帰りには特急しおかぜで夕暮れの瀬戸大橋を渡った。海のない街の生まれだから、橋が海を渡って島と島を繋いでいるという事実に興奮する。こんなにも穏やかな街を歩いて、一夜明けたら東京で仕事をするなんて、考えられないなと思った。松山は素敵な街だ。

2019.05 由比ヶ浜〜材木座海岸

ゴールデンウィーク、桜貝が拾いたくて鎌倉駅まで来たら、人が多すぎて絶望してしまった。江ノ電での景色も乗客が多く全く見えなかった。でも、まだ5月だから由比ヶ浜で降りる人は少なかった。住宅街を抜けて広がる海岸には水着で遊ぶ子供や寝転んで日焼けをしている人が沢山いて驚いた。一足もふた足も早く、ここには夏が来るようだった。桜貝の見つけ方にはコツがある。まず、半透明の貝なので注意して見ること。砂浜に、薄く、コンタクトレンズみたいに被さっている貝を見つけたら拾って、波で洗い流して色を確認する。そうするとピンク色が確認できる。鎌倉の住宅は「お屋敷」という感じの、塀がしっかりした邸宅が多かった。ちょっと敷居の高い感じがそれまでの海とは違っていた。ブランド海。それらしいオシャレで美味しいサンドイッチを食べた。

#海 #日記 #エッセイ #記憶

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