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【日記】シュラインズゲーム

久しぶりに心身の調子を崩し、不眠の症状が出始めた。
こうなると、普通の時間に寝付くことはできず、頭が限界になるまで起き続けないとまともに眠ることができない。

布団で横になっていても嫌なことばかり思い出し、かといって作業をやろうとしても頭が働かないから余計に嫌になる。
本を読むなりしようとしても楽しいと思えないし、仮に楽しい何かを見つけたとしても自分の現状との対比や、時間の浪費への罪悪感でやっぱり嫌になる。

このまま鬱血していても仕方がないので、まだ陽も昇らない早朝だったが、無理やりにでも散歩に出ることにした。

早朝でも、空気は蒸し暑く汗が止まらない。
が、冬に似た状況になると寒さでもっと悲惨な気持ちになるので、むしろありがたく思いながら、近所の神社へと向かう。

汗を拭いながら坂を上って振り返ると、開けた空の彼方に太陽が覗いていた。坂の上にあるため、付近のビル群があまり目に入らない。付近一帯の中では、たぶん一番広く空が拝める地面だ。

本殿へのお参りを済ませて境内のベンチに座り、ビルに縁どられた東雲をぼんやりと眺める。

ここから見える景色がとても良い。
本殿と彼方にそびえる高層ビルが同時に視界に入るのも面白いが、とにかく空が広いのが助かる。
夜明け頃は人も少ないから、考え事に丁度いい。

三十分ほどベンチから空を眺めていたら、塞ぎ込んでいた気持ちも多少は楽になり、少なくとも衝動的に車道のトラックに突っ込みたくなるような状態からは抜け出せた。

そんな時、ふと参拝に来ていたウォーキングおじさんの姿が目に入り、しばらく前に読んだ本の内容を思い出す。

たしか、キャラクター描写の訓練法の一つに、町ゆく人々を「その人が世界にただ一人のユニークな存在」と思えるまで観察し、物語を見出すというものがあるとか。

境内には数分に一人の割合で参拝客が訪れ、本殿にお参りし、賽銭を投げ入れ、何事かをお願いし、去っていく。

その一連の流れを観察し、見ず知らずの参拝客たちに千本ノック的にキャラクター性を見出していく試みはどうだろう。
入国審査ゲームの『Papers,Please』みたいで面白いのではないか?

そう思って眺めてみる。

例えば、一人のおじさんが境内に入ってきた。
ウォーキング途中に寄ったらしい。

マスクは外して手に持っている。
坂を上って息が上がり、境内は人気もないので外したのだろう。
運動用のラフな半袖半ズボン姿だが、腕の日焼けに比べ、脚が際立つレベルに青っ白い。日中にも趣味で運動するタイプではなさそうだ。
彼は何度も何度も入念にストレッチを繰り返しながら参道を歩く。
どうも足腰の働きが気になっているようだ。
雰囲気がデスクワーク派だし、腰痛とかに悩まされているのだとすれば、椅子を変える方が先なんじゃないだろうか。いや職場の椅子だと難しいか?
腕の日焼けからして、在宅ワークというわけでもなさそうだし……
しかし、特に運動を楽しんでる様子でもないのにこうして月曜の早朝から外に出ているのだから、マメな人なのだろう。
彼みたいな人が例えばキックボクシングとかムエタイとかを始めたら、それだけで漫画になるんじゃないだろうか(もうありそう)。
と、余計なお世話みたいなことばかり考えていると、彼はお参りを済ませ、元来た道をまたストレッチしながら帰っていく。

推理の正否はともかくとして、参拝だけでも色々と想像の余地がある。
二十人ぐらい参拝客が眺めてみたが、カミサマの前だというのもあって、振る舞いにも幅があって面白い。

境内に入る時のお辞儀の有無
腕時計の有無、種類
服装。マスクの有無
本殿だけお参りするのか、それとも他のカミサマにもお参りしていくのか
スマホ・イヤホンの有無
拍手の音圧
歩き方
お辞儀の角度
祈り時間の長さ
…………
……

その時、ふと参拝客と目が合い、ゾッとする。
徹夜明けの淀んだ精神状態でベンチに座り込み、ジロジロと人を睨むように観察していた自分の姿が人の目にどう映るか、つい考えてしまった。

気付けば陽が完全にビルの向こうから顔を出している。
そろそろ潮時と思い、不審者は立ち去った。

流石に短い時間で「世界に一人」レベルにまで至ることはできなかったが、それでも得るものはあった。
最悪の気分で出発したにしては気持ちは軽くなったし、なかなか悪くない散歩だったんじゃないだろうか。

不眠が全く解消していないのが気がかりだが……

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