老紳士

ある日、僕は奇妙な夢を見た。夢の中で、僕は見知らぬ街を歩いていた。その街はどこか懐かしいようで、しかし一度も訪れたことのない場所だった。街の人々は皆、僕に親しげに話しかけてくるが、僕は誰一人として知らなかった。

夢の中で僕は、ある古びた喫茶店に入った。店内には、まるで時間が止まったかのような静寂が漂っていた。カウンターには、白髪の老紳士が一人、静かにコーヒーを淹れていた。僕はその老紳士に声をかけた。

「ここはどこですか?」

老紳士は微笑みながら答えた。「ここは、あなたの心の中の街です。」

僕は驚き、さらに質問を続けた。「なぜ、こんな場所があるんですか?」

老紳士は静かに言った。「あなたが忘れ去った記憶が、この街を作り上げているのです。」

その言葉に、僕はさらに困惑した。忘れ去った記憶?そんなものが本当に存在するのか?僕は老紳士に尋ねた。「具体的に、どんな記憶ですか?」

老紳士は少し考えてから答えた。「それは、あなたが幼い頃に封じ込めた記憶です。あなたが見たくない、触れたくないと思った記憶。」

その瞬間、僕の頭の中に一つの映像が浮かんだ。幼い頃、僕はある事故に巻き込まれた。その事故で親友が命を落としたのだ。その記憶を封じ込めるために、僕は無意識にこの街を作り上げていたのだ。

目が覚めた僕は、しばらくベッドの上でぼんやりと天井を見つめていた。夢の中で見た街と老紳士の言葉が、現実のもののように感じられた。

その日、僕は久しぶりに故郷を訪れることにした。故郷の街は、夢の中で見た街と驚くほど似ていた。僕は親友の墓を訪れ、手を合わせた。

その夜、再び夢を見た。今度は、老紳士が僕に微笑みかけていた。「あなたは真実に向き合った。これで、この街も消えるでしょう。」

目が覚めた僕は、心の中に一つの重荷が取り除かれたように感じた。しかし、その瞬間、僕は気づいた。夢の中で見た老紳士の顔が、どこかで見覚えがあることに。

それは、亡くなった親友の顔だった。

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