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ロードサイドフォトとアレック・ソスの写真展

ロードサイドを撮った写真が好きだ。

幼い頃は親が運転する車に乗るのが好きだった。
小学校に上がると助手席に乗るようになった。親が運転する様子を近くで見るためでもあったし、道を覚えるためでもあった。
そして何よりフロントシートから見るロードサイドの風景が好きだった。

車で移動すると、それまで遠いと感じていた道のりを意外と近いと感じたり、大きいと感じていた建物の横をあっという間に過ぎてしまい実は小さいんじゃないかと感じたり、空間の認識が普段と違うものになる。
徒歩や自転車での移動が基本だった子どもの頃に比べると、その認識のギャップは随分と小さくなったけれど、車に乗っていると今でもそんな感覚になることがある。

車中から見るロードサイドの風景は、子どもの頃に見ていた風景と重なってどこが感傷的に写るときがある。
僕に似たのか息子も助手席乗るのが好きなようだ。外の景色から興味の対象を拾っているように見える。「ねえパパ、『クリニック』って何?」とか。同じ景色を見ている二人。景色の見え方は異なる。



アレック・ソス(Alec Soth)にとって車で移動することは特別なことだった。彼は「運ばれている」感じを重視していた。空想の中、精神を漂流させる。自らが撮った写真に導かれて次の写真を撮る。そのために移動手段は車でなければならなかった。飛行機では(降りた周囲を)グルグルするだけだ。

8×10のカメラを担いで写真を撮るソスの姿はなかなか衝撃的で、写真に対する常人ならざる執念のようなものを感じる。ソスの写真は一見アメリカのどこにでもある風景写真だけど、そこに撮影技術以上のスピリチュアルな何かを感じることができる。

ロードサイドの写真といえばスティーブン・ショア(Stephen Shore)の写真も好きだ。
しかし、この二人が撮ったロードサイドの写真は似て非なるものだ。ショアの写真は神が彼のために偶然さえ味方させたと思える完璧な構図で、天才が撮る写真の見本のようだ。一方でソスの写真は変人が悩み抜いた先に見出した空想の具体化であり、見る者の感情を揺さぶる力を持っている。
ある日、妻に2人の写真を見せたら「どっちも道の写真だね」と言われた。僕もその感想は間違っていないと思う。

そんなアレック・ソスの写真展が神奈川県立近代美術館で開催されている。念願叶ってようやく足を運ぶことができた。


最初の数枚を見ただけで圧倒された。大判フィルムカメラで撮った写真の解像度がこれ程までとは思わなかった。数歩離れたところから徐々に写真に近付いて行く。すると粒子が目立つどころか被写体がより精細に浮かび上がってくる。迫力が違う。2枚目の展示である「Charles」を見て完全に固まってしまった。飛行機の模型を持った男性がそこにいる。現実の僕は写真と対峙しているのに、意識は8×10のカメラをチャールズ・リンドバーグに向けているのだ。
その後もソスの写真集(コンセプト)「Sleeping by the Mississippi」「NIAGARA」「Broken Manual」「Songbook」そして「A Pound of Pictures」の順で展示が続く。まるで「全部乗せ」のような構成の作品群を堪能した。こんなに充実した写真展は今までなかった。

展示の最後はソスのドキュメンタリー映画「Somewhere to Disappear」が上映されていた。1時間弱のフィルムに感性が揺さぶられた。
この上映の後、再び「Broken Manual」の展示を見ると写真の見方が変わった。写真→映画→写真という見せ方もインスタレーション的で良かった。
映画の中で「何を伝えたいんだ?」という問いに対して「伝えたいことなんかない。ただ、いつも説明しようとしている」とソスが答えるやり取りがあって、妙に腑に落ちた感じがした。写真にメッセージ性なんかない。自分が求めるものがこの写真に写っている。上手く言葉にできないけれど、人に見せて何かを思ってほしいという類の写真とは正反対で、自分の中にあるコンセプトはこういったイメージなんだということを説明的に描写する写真というものがある。ある意味で記録写真に近いかもしれない。
僕がシャッターをなかなか切れない原因は、こういったタイプの写真を撮りたいのにコンセプトやイメージが固まっていないからかもしれないと考えさせられた。



展示を見終わった僕はミュージアムショップに寄って「Sleeping by the Mississippi」を買った。サイン入りは売り切れてしまっていたけれど、欲しかった写真集が思いもよらないところで手に入った。サイン入りの「NIAGARA」がまだあったけれど、2冊持ち帰るのは流石に骨が折れるので諦めた。







写欲が高まった僕は逗子駅前の風景をGRⅢで撮り始めた。
コンセプトなんか決まっていない。ただ無性にシャッターを切りたくなった。









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