たまごは最初からまるい
最近、身に覚えのない場所をケガしている。
なんか痛いなと思うとそこから血が出ていたり、なんかヒリヒリするなぁと思うと切り傷ができていたり、指痛いなぁと思うと爪が少し剥がれていたり。
災難まみれなのである。
そして怖いことに本当に心当たりがない。
いつ体が傷ついたのか全くもってわからない。形あるものはいずれ壊れゆく運命にあって、川に転がっている石石もぶつかってぶつかって丸くて滑らかな形になっている。
だからぼくもこうして知らず知らず傷ついてどんどん丸くなっていくんだろう、とまぁそんな訳はない。傷ついても丸くならない。元の形に修復されるか傷が深いと跡になる。
子供の頃に衝突した友達の歯型はぼくの顔に今も刻まれているし、なわとびのはやぶさを失敗して手のひらに刺してしまった爪の跡も残っている。膝は無数の傷だらけで最早何のケガかも覚えていない。
そんな風に人間はどんどん傷ついて、そしてその跡を残して生きていくいくけれど、決して丸くはならない。出っ張っていたり何かしらのカタチを有していたらそれはどこかにぶつかるのだ。
ただ、たまごは最初からまるい。そしてもろい。丸という形はもしかすると案外もろいのかもしれない。コロコロと転がるけれど丸はカチカチということはなくて、プニプニが多い。ボールもヒットされている瞬間はグニュンと形を変えている。
その形を維持しようという力が丸にはないのかもしれない。理科的なことはぼくにはわかりません。その辺はでんじろう先生とかに任せます。きっと面白い実験で教えてくれそうです。
コクーン、詰まる所の繭もかたくはあるけれどやがて破れるものだし、やっぱり丸ってもろそうだ。だから丸くなろうなんて思っちゃダメなんだきっと。傷ついて傷ついて丸くなっていくことはどんどん脆弱になっていくことなのかもしれない。
何事もするすると角を立てず流していくことはできるかもしれないけれど、正面からの言葉には実は1番弱いのかも。その丸はきっと繭であり、卵であり、一点突破で容易に壊れてしまいそうだ。
最近丸くなったねって言葉は実はいろんな言葉をただ流しているようになっただけかも?
とりあえずなんだけれど、ぼくの身体はとても痛いのでこれ以上ケガは増えて欲しくない。これは真面目な話。
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