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ナゴルノ=カラバフ難民 娘が大好きな通訳の場合 難民100人取材

娘が大好きな通訳は語る”ナゴルノ=カラバフ難民は二つのタイプに別れる”と。初めて彼女に会ったときに語ってくれた言葉だ。難民=悲劇の民としか認識していなかった筆者には衝撃の意見だった。しかも、その意見が難民自身から出るなどとは思ってもみなかった。しかし、そんな現実を筆者は取材を進めるうちに目の当たりにしていく事になる。

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写真左女性 ナゴルノ=カラバフ難民であり、今回取材の通訳をしてくれた女性(24) 戦争前はナゴルノ=カラバフで学校の教師をしていた。 写真右少年はナゴルノ=カラバフ時代の彼女の生徒。少年は先生だった通訳が大好きなようで久々に再開し嬉しそうに話していた。

彼女は2020年9月27日に44日間戦争が始まるまで、ナゴルノ=カラバフのシラクの村に住んでいて、近くの学校で教師として働いていた。ナゴルノ=カラバフでの教師の仕事は9−17時の仕事で残業も無く、給料も良かった。ナゴルノ=カラバフの未承認国家であるアルツァフ共和国での賃金はアルメニアのゴリスよりも遥かに高い。この事実がある種、ナゴルノ=カラバフ難民100人取材のキーになってくる。彼女は教育の大切さを知っていて、子供が好きなのもあり教師の仕事自体も好きだった。なので、ナゴルノ=カラバフ難民100人取材中、2021年11月中旬から彼女は再び教師としてのキャリアを再開した。上に記載した写真の彼女の元生徒の兼親戚の少年(後にこの少年の家族にも取材する)も彼女にかなり懐いていた。元生徒の少年のなつき具合から察するに生徒にも好かれるいい先生だったのだろう。

彼女は教育の大切さを知っているからこそ、アルメニアのゴリス市に来てからも無償で英語やアルメニア語の家庭教師として難民の子供達に英語やアルメニア語を教えていた。

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通訳が無償で家庭教師として大学受験用の英語を教えていたナゴルノ=カラバフ難民の”苦難を乗り越えた若い女性”

以前noteに記事を書いた写真の”苦難を乗り越えた若い女性”にも通訳は家庭教師として無償で英語を教えていた。

"苦難を乗り越えた若い女性の場合”

https://note.com/seantheworld/n/n44f076da1583

44日間戦争で大学受験直前にナゴルノ=カラバフのハイカジャン村を追われ、すべてを失った彼女だが、諦めず勉強を続け大学に合格した。彼女はゴリス市に来てから大学受験直前まで通訳から英語を個人的に教えてもらっていたのである。通訳は”17歳で全てを失っても挫けずに大学に合格した彼女は強い”と褒めちぎっていたが、通訳自身もナゴルノ=カラバフでいろいろなものを失っているのに教えを必要とする学生達のため行動できる強さ持っている。辛い時こそ助け合いが必要で、いざ苦難が訪れたときに実際に困っている人を助けることが、如何に大切かということをナゴルノ=カラバフの難民達は教えてくれる。

”戦争はとても悲しい事。でも戦争という過酷な経験を乗り越え、新しい友もできたわ。”そう、通訳は語ってくれた。困難の中助け合う事で通訳と苦難を乗り越えた若い女性のように強い信頼関係や絆が生まれるのだろう。通訳自身戦争で給料のいい仕事、ナゴルノカラバフの村、家、家具、スマホ、知り合い、沢山の物を失っているというのに。それでも苦難をともに乗り越えた友が出来たことを誇れる彼女は強い。

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現在の通訳の生徒達。2021年11月中旬から通訳は再び学校の教師として働いている。教え子の中にはナゴルノ=カラバフ難民の子供達もいる。

筆者がナゴルノ=カラバフ難民100人取材は開始した当初はガイドや通訳、ホテルの仕事を掛け持ちしていた。当時彼女は”仕事時間は大幅に増えて忙しいけど、月の稼ぎ自体はナゴルノ=カラバフで教師をしていた時とさほど変わらないわ”そう語っていた。

”目先の稼ぎより、将来のための経験が大事”ということで経験のために筆者の難民100人取材の通訳をしてもらうことになったのである。この難民100人取材の経験が将来彼女のキャリアの役に立つ経験になるかはなんとも言えないが、この難民100人取材は彼女無しになし得なかったので感謝しかない。本当にありがとう。

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2021年11月学校の教師として新しい道を歩み始めた通訳と生徒達

”難民は二つのタイプに分かれるの。新しい生活を望む人と何も受け入れない人。”彼女と初めて会った時、最初に彼女が語った言葉だ。”何を上から言っているんだ?何もかも失った人たちだ。そりゃ塞ぎ込んで何もしたくなるだろ?”と彼女自身がもし難民でなければ言っていただろう。しかし、通訳自身も全てを失った難民の一人なのである。ナゴルノ=カラバフ難民取材を終えた今なら彼女の言っていた事がある意味正しかったと理解できる。もちろん、戦争が難民の人々の何もかもを奪ったというのは間違いない。しかし、ナゴルノ=カラバフの未承認国家アルツァフ共和国のシステム、世界の歪みがある種この二つのタイプの難民を生み出している原因といえる。

ナゴルノ=カラバフのアルメニアが実質支配する未承認国家アルツァフ共和国には国としての体裁を維持するため、たくさんのアルメニア人に住んでもらわなければならないという課題が存在した。しかし、ナゴルノ=カラバフという地域はアルメニア人とアゼルバイジャン人の係争地となっており戦争のリスクがある。そんなリスクのある場所には相当な愛国心がなければ人は住みたがらない。そう、メリットがなければ。故にナゴルノ=カラバフ、アルツァフ共和国政府はアルツァフ共和国に住むアルメニア人に対して金銭面はもちろん、物資、農業支援などを含めてかなり手厚い支援を行なっている。一例を出せば赤ん坊を産んだときに家族がもらえる支援金である。アルツァフ共和国では一人赤ん坊が新しく生まれればアルツァフ共和国政府から1000000ドラム補助金をもらえた。しかし、アルメニアでアルメニア人が赤ん坊を一人産んでも300000ドラムほどしか補助金をもらうことができないのである。このようにもらえる補助金や支援に雲泥の差があるため補助金や政府からの支援目当てにナゴルノ=カラバフ、アルツァフ共和国で暮らしていた人達も少なくはない。

さらには、アルメニアとアルツァフ共和国では賃金にも圧倒的な差がある。例えば同じ教師の仕事でもアルメニア本土ゴリス市で一ヶ月教師の仕事をしても給料は約200USドル。しかし、未承認国家アルツァフ共和国で教師の仕事を一ヶ月すれば役1000USドルの賃金を得ることができるのだ(あくまで一例にすぎず、個人差はある)。同じ教師の仕事でもアルメニア 本土ゴリス市で教師をするよりも5倍近く給料をもらえるのだ。アルツァフ共和国では補助金頼りで生活していた人もいる。そういった人達はアルメニア本土ゴリス市のアルツァフ共和国より圧倒的に安い給料で働きたがらないというわけだ。

全てを失って、何もかも以前より悪い待遇に落ちたのならば、何も受け入れたくなる気持ちというのもわかる。皆通訳の彼女のように強い人間ばかりではないのである。実際に難民の人たちは戦争で多くを失っている。ただし、問題は支援されることに慣れすぎることだ。お金や支援が欲しいからか筆者の取材に対しても”ひどい目にあったけど何もお金をもらえていない””子供達が世話してる牛は自分の牛でなく人の牛を世話してるだけで何もない”など嘘をついて筆者にも”家賃を払ってくれ”などお金をせがむ人もいる。そういう人に限って通訳や他の信頼できる難民の人たちに確認を取ると話と違いかなり沢山の支援を政府や海外NGOから受け取っていたりするのである。嘘をついてお金をもらえるから。嘘で十分すぎる支援を受けているにもかかわらず、”何ももらっていない””何何すらない”と嘘をつき、筆者にもお金をせがむのである。嘘泣きなどする人もいて騙されかけてこともある。だからこそ、難民ネットワークを持ち、どの地域でどれだけ補助金が政府から出てるか確認でき、筆者にインタビューで聞いた話が嘘か本当か教えてくれる通訳の彼女の存在が本当にありがたかった。嘘が多すぎてお蔵入りして記事にできなかったインタビューもいくつもある。ただ、筆者がnoteに記事として投稿した難民の人達は誠心誠意に筆者の質問に答えて、対話してくれた信頼できる素晴らしい人達だとここに明記しておく。とはいえ、そんなお金目的で嘘をつく人達も多くを戦争で失い、生きる為に必死なのだ。そんな彼らを責めることなど誰ができるだろうか。

一番悲しいのはそんな嘘をついてお金をせがむ人たちの子供達である。そんな家族を見て育ち、前を向いて勉学に励むよりも嘘をついてお金をせがむ方が正しいんだと考えてしまうかもしれない。ある家では子供が真面目に宿題をしている前で母親は”支援は誰からも受けていない、家畜もいない”と嘘をついてお金をせがんできた。しかし、他の信頼できる難民の人からの情報で彼女はヨーロッパから多額の支援を毎月受け取っていて、家畜を現在もたくさん所有していて生活に余裕があると聞いた。生活に本当に余裕がなく、支援を受けていない難民の人たちもたくさんいるというのに。そんな、彼女の子供は親の背中を見てどう育つのだろうか?親の背中は子供の羅針盤なのだ。大人達がどうであれ子供は皆いい子達ばかりだというのに。それもまた世界の歪みなのかもしれない。

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左の少女通訳の大切にしているおてんばな愛娘(4)右の少女通訳の甥っ子(3)歳。甥っ子の母、つまり通訳の妹も44日間戦争の影響で大切なものを失っているのはまた別の話である。

通訳には大切にしている4歳の娘がいる。とても明るく、カメラを向けると笑顔になる。お母さんが大好きな少女だ。通訳曰くアルメニア語だけでなくロシア語と英語を理解できるスーパー4歳児らしい。笑顔でカメラにどう映れば写りがいいかも理解しているようだ。頭が良くて明るい娘だ。”娘はあなたの言っていること(英語)を完全に理解しているわ。賢い子なの”と通訳は誇らしげに言っていた。すごい娘だな。”ハウアーユー?”と通訳の娘に尋ねた。しかし、娘は筆者の顔を見て微笑むだけで反応はなかった。そして通訳は”グッド、グッドよ”と娘に30秒くらいグッドと言わせようとしていた。その光景が微笑ましく思わず筆者は笑ってしまった。

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娘を愛する母とお母さんが大好きな娘

”親馬鹿じゃねえか”と内心笑ってしまった。なかなか厳しい意見を持つ彼女だが、娘には甘いようだ。それほどまでに一人娘が大好きなのだろう。通訳の娘と少しばかり打ち解けた後”そのチョコ好き?””英語わかるの?”と英語で聞くと”ノーノーノーノー”と大袈裟にリアクションしてふざけていたので少しだけ英語はわかるようだ。4歳児にしてはかなり賢い。まあそれでも、通訳が親バカなのは変わらないけどな。全くもって平和な光景だ。そんな賢くて、お調子者の愛娘は通訳の彼女にとって希望の光なのだろう。彼女には立派な母親の背中を見て志高く、賢い大人になって欲しいものだ。

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