思うままに巡る京都ひとり旅1日目

東京駅10時9分発のぞみ、京都旅行の始まりとしては幾分かゆっくりである。
構内の売店でまい泉のメンチカツサンドとハイボールを買って、ひとり新幹線に乗り込んだ。

京都にはずっと行きたいと考えていた。
日本美術や仏教美術や信仰のことを学ぶ中で、京都というのは何度も登場する。
きっと今京都へ行けば、中学3年生のときの修学旅行とは全く違う角度から街を見ることが出来るのだろうと思う。中学生の頃とは違う物差しを身につけていたいという希望的観測もあるが。

ひとり旅をしてみたいと思っていた。
成人したらやろうと思っていたのが、むしろ押しているくらいである。
思いつきの行動をしてよいし、見たいものを気兼ねなく見ることができるし、早く寝てもいい。
早く寝てもいい、というのが最大のポイントである。わたしは可能なら21時に眠りたい。

そんなわけで、大学3年の春休みにして京都ひとり旅へ行くことになったのだ。


京都までの2時間はあっという間である。
「アルジャーノンに花束を」を読み、途中で富士山を眺め、名古屋からはサンドイッチを食べて、食べ終わったら今日の行程の調べ物をした。
新幹線という乗り物が好きなのは、移動をしながらこんなにも自由に過ごせるからだと思う。

京都には12時21分に着いた。
キャリーケースをホテルに預けてしまいたいので、そこから烏丸線に乗る。荷物を転がしている仲間みたいな人たちが大勢いる。東西線に乗り換えて、京都市役所前で降りる。

泊まるのは「ソラリア西鉄ホテル京都プレミア三条鴨川」というホテルで、鴨川の畔にそびえている。
駅に近く、新しくて綺麗なホテルである。まだチェックインはせずに荷物を預けて出る。

きらめく鴨川を渡って平安神宮の方面へ行く。
コーヒーショップやカフェが所々にあって、ここを見て回るのも楽しそう。お日柄よく、道も平坦で歩きやすい。お散歩日和である!

1日目は美術館巡りをしようと思っていたのだけれど、残念なことに京都国立博物館や京セラ美術館は企画展の展示替え期間に被ってしまっていた。京博の庭園だけでも見に行こうかと考えていたのが、結局今日は行かないことになる。

そして、やって来たのが京都国立近代美術館!
「甲斐庄楠音の全貌」という特別展を開催している。先輩が甲斐庄で卒論を書いていたので、見ようと思ったのである。
甲斐庄楠音は割と最近の人物で、画家としては美人画に西洋絵画の技法を取り込んだひとである。わたしは、ときに醜くすらある肉感表現の印象を持っていた。かなり衝撃的なので、一度見たら忘れられない。
女性モデルのスケッチを数多く行い、裸体を描いた作品も少なくない。本人も女装をすることがあり、甲斐庄自身のセクシュアリティと女性観がしばしば取り上げられる。本人の写真も展示されていた。美しい。顔が小さい。ルッキズムの奴隷になりたくはないが、容姿に美しさを感じるとどうしても言いたくなる。堪えましょう。
描かれた女性も美しいと思った。ふとした瞬間を切り抜いた素の表情が美しく、顔のかたちが美しく、肉体はさらさらとしている。もっとどぎつい女性を描いていた印象があったので、流麗な美人画に少し驚いた。
特筆すべきは、絵画作品だけでなく、後年手掛けた映画衣装の展示も行われていたということだろう。甲斐庄の絵画と映画衣装とを横断的に語る先行研究は少ないが、そこには共通する表現や甲斐庄の美意識があるだろうということが提示される。映像作品が色を帯び始める時代のものである、衣装は鮮烈で蝶や花などの煌々しい刺繍が施されていた。
良い展示を見ることが出来た。分野を横断するときの説得力のある構成だと思った。


参道を上って、平安神宮へ行く。
平安神宮は大きいので、1回くらい見ておくかぁという動機で訪れる。
大きかった。


祀られているのは桓武天皇と孝明天皇なので、どうせ人間だしな…と思う気持ちが拭えない。人間を崇拝するならこちらが相手を選ぶ権利を持ちたいと思う。尊大で不敬である。
いわば京都の町おこしとして明治に建てられた神宮である。1000年の栄華を誇る都の象徴なのだろう。

平安神宮を出て、みやこめっせの地下にある京都伝統産業ミュージアムへ行く。京都の伝統産業をピックアップした展示であるが、数がとても多いのでひとつひとつが簡潔である。比較的気楽に鑑賞していった。

見ることが出来て嬉しかったもののひとつは、貝合わせである。蛤の一対の貝殻の内側に同じ絵を描き、絵柄の違うものを何組も用意して、伏せて、同じ絵柄を揃える遊びに使う。小さな1枚1枚に描かれた絵柄の細やかさと華やかさが素晴らしかった。一見して貴族の遊びだと分かる意匠だ。
制作段階ごとの展示をしているものも面白くて、能面、友禅、漆塗りなどがそういう形態だった。中でも人形頭が印象的だった。最初に瞳となるガラスを埋め込んで、その上に塗料で肉付けをしてから、削っていくことで瞳が現れるのだという。仏像を掘り当てるという話とは少し違うけれど、こういう工程の中に、人形師が命を掘り出す瞬間があるのだろうと思う。
ハンズオンも充実していて、釘を使わないで木を接続させたり、木材の香りを嗅いで比べたり、旋律的音階の8個のおりんを叩き比べたりした。

奥には伝統産業を現代においてマーケティングせんとする複数のプロジェクトの展示スペースがあった。
「cynclee」というところは、ターンテーブルにいくつかの音階の異なる小さなおりんを設置し、上から吊るされて振り子のように揺れる玉が不規則に音を鳴らすというものを提案していて、とても素敵だった。風通しの良いリビングにあったらいいなと思う。

ホテルのある三条まで戻ってきた。
このあたりにはやはりカフェが多いようなので、検索して目に入った「喫茶葦島」というお店に入ることにした。
天下一品を1階に擁するビルをエレベーターで昇る。
店内は白い壁に木のインテリアを使った落ち着いた雰囲気で、数組の客がいた。カウンター席に通される。
注文したのはブレンドコーヒーと、シナモンショコラというケーキである。目の前でマスターが豆を(機械で)挽き、ドリップしてくれていた。
サーブされた食器が可愛い。
チョコレートとシナモンの味がなんだか八ツ橋を思い出させて、シナモンとニッキの違いを調べた。ニッキには辛さがある、なるほど。
喫茶店を出て、ホテルへ向かう。

育ちの良いコーヒーとケーキ


道中、「進々堂」という京都の地元ベーカリーがあったので、そこで明日の朝ごはんを買うことにした。クロワッサンも美味しそうだったが、カヌレとしば漬けカレーパンを購入する。

ホテルに戻って、チェックインをする。
部屋が想像よりも広かった。わたしには分不相応だ。
まず目に入ったのはベッド。シングルの部屋が無かったのでダブルベッドなのだが、めちゃめちゃ大きいし、枕が6個もある。多分、2つは枕投げ用だと思う。
奥にはソファ、テーブル、テレビとカップやカトラリー類、そして開けると電気が点くクローゼットがある。
入口の方にお手洗いと、ガラス張りのバスルームと洗面台がある。テンション上がるなぁ。
無音に耐えられないかと思いきや、むしろ快適かもしれない。とりあえずベッドにダイブしてみた。よい。

少し休憩してから、まだ時間は早いが夜ごはんを食べに行くことにした。さっきケーキを食べたばかりでも、今日はカツサンドとケーキしか食べていないので普通にお腹が空いている。

「米福」という、天ぷらのお店に行くことにした。ホテルから歩いて5分も無い。先斗町よりもやや手前にお店がある。
本当に開店したばかりの時間なので、最初はわたししかいなくて本当に気まずかった。普通に1人飲みに繰り出しているが、まだ2回目なのだ。あまり肝は座っていない。
天ぷらは用紙に書いて注文することになっていて、色々な種類に悩む。とりあえず4種と、飲み物とポテトサラダを注文する。
最初に頼んだシャンディガフと、お通しでなすの煮びたしが運ばれてくる。いや〜、最近ビールを飲めるようになってしまってだめです。母には労働するようになってから飲むべきだと言われている。
次にポテトサラダ! 揚げ焼きそばとたくあんが乗って、食感の楽しいポテトサラダである。味としてもたくあんがいい役割をしている!
そして天ぷら。鶏天串には大きな鶏天が3つ。たれがついていて、大根おろしと七味が乗っている。これがかなりボリューミーだが、美味しい。揚げたてのものはだいたい美味しいし、ジューシーな鶏肉も必ず美味しいので、自明のことだったかもしれない。
次に舞茸天。この舞茸は結構小ぶりで、あまり見慣れない感じだった。
グラスが空いたので、梅酒を注文する。
海老天しそ巻。しそはあればあるほどいいです。海老の弾力。よい。
もちチーズ。ジャンクな味で時折体が欲するやつ。チーズはクリーミーで少し甘かった。

揚げたては正義

結構お腹が満たされてきているが、鶏天はあと2つある。酔いによる満腹中枢のバグを狙って、梅酒を頂く。梅酒はいつでも美味しい!
残りの鶏天も美味しく食べきって、お会計をした。

ちょうどよく酔っていて、脳髄がふわふわとしている。夜の散歩がてら八坂神社へ行くことにした。
あまり治安の良くなさそうな祇園の中を抜けていく。
参道に出れば意外とまだ人はいて、お店のしまった通りの明かりも眩しい。
八坂神社の境内にはいくつか社があって、狛犬も数対いるのだが、鞠を転がしている子がいたり、仔犬の背に前足を掛けている子がいたりして面白かった。
素戔嗚尊、櫛稲田姫命、八柱御子神の祀られた本殿にお参りする。
本殿前の提灯の明かりや灯篭の灯りが境内を照らしているのが良い景色で、夜に来て正解だったと思う。

帰りは先斗町を通って帰る。お腹はいっぱいなので、空気感だけ味わう。飲食店が立ち並んで、広くない石畳の道が続いている。人口密度が高い。

飲食店街を抜けて鴨川沿いに出ると、河津桜が満開になっていた。花を見るだけで人はご機嫌になれる。最高の夜だ!


さて、ホテルの斜向かいにやまやがあるので、そこで晩酌のお酒を吟味して帰る。
ホテルには大浴場があって、大きなお風呂に浸かった。

夜、部屋で茘枝酒と、夕方に買ったカヌレをいただいた。カヌレが本当に美味しかった。外のカリカリの部分が焦げているのじゃなくて、ちゃんと甘い。カヌレは自分で作れる気がしないので、こうして着実に美味しいお店のカヌレと出会っていくことが肝要である。

京都1日目はおわり。22時に就寝です。


あしたのぶん

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