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人の美しさと悲しさ「国宝」

 みなさんは歌舞伎は好きですか?興味はあるけど何となく見る機会がなくて、という人も多いかもしれませんね。私は実際の舞台は数回しか見ていませんが、とても好きな世界です。悲しいお話、華やかな衣装、美しい音楽、まぶしい舞台、大げさで分かりやすい動き!そんな歌舞伎の世界に生きる男を小説に描きつくした吉田修一さんの「国宝」という小説がとても面白かったです。

 長崎の任侠一門の子どもとして生まれた美貌の少年・喜久雄が、縁あって大阪の歌舞伎役者の家に預けられ、家の御曹司の俊介とともに歌舞伎の道へまい進していく姿が描かれます。やんちゃで正直な喜久雄の才能と、自分の限界に苦悩する俊介。二人に寄り添う女たち。いずれも愛すべきキャラクターです。なんといっても白眉は、物語の背景に歌舞伎の名作の数々が使われているところ。あらすじもわかるし、登場人物の設定もわかるようになっていて、目で見ているように鮮やかなのです。大物役者たちも、モデルがいるのかな…などと空想しながら読めばまた楽し、です。

 あたたかくて柔らかい幸せになかなかたどり着かない二人ですが、歌舞伎の道だからそうなったのか、そういう宿命なのか。傷つく場面を見るたびに読み手の心も揺さぶられてしまいます。

 とても素敵なのは言葉です。活劇のような長崎弁の場面から始まって、青春時代の大阪弁、長じてからの都会風のしゃべり方。なにより話が「語り」口調で進むため、舞台の前に連れてこられたような心持ちがするのです。とても不思議で巧みな小説です。歌舞伎が好きな人、美しいものが好きな人、舞台芸術が好きな人に手に取ってほしい本です。新聞連載されていたそうですから、当時の読者だった人がうらやましいです。赤と白の上品な装丁も、世界観にぴったりでした。

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