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今、わたしが子どもだったらきっと不安で毎日泣いてる

わたしは本当に怖がりだった。

そんなわたしが今、この時代に子ども時代を過ごしていると想像したら、毎日コロナの脅威に怯えていただろうと思う。そして、怖くて不安で泣いていると思う。きっとわたしみたいな子が、全国に何人もいるはずだ。そう思うとかわいそうでかわいそうで、大人のわたしも泣いてしまう。

雷の位置を把握する

小さい頃、雷が怖かった。大きな音や光で不安を煽ってくるし、何より、物理的に怖かった。近くに雷が落ちると、地響きが起きる。学校やスーパーなど、しっかりした建物にいるときはあまり揺れを感じないが、木造一軒家の自分の家で雷が鳴ると、家が揺れるのだ。近くに落ちただけでものすごい音と揺れが起こるのに、もし家に落ちてしまったら…衝撃に耐えられるんだろうか?わたしのうちは、壊れてしまうんじゃないだろうか?家にいるときに雷が鳴ると、そう考えてしまって怖かった。

わたしのおうちに落ちませんように!

わたしは理科でならった音の速さを使って、雷と今いる場所がどれぐらい離れているか計算をする。「光った!1、2、3……ゴロゴロ!大体今何mは離れてる、大丈夫大事。光った!1、2、3……チュドーン!さっきより近づいてる!!」これを繰り返す。これを繰り返してその結果に怯える。他のことは手につかない。「うわあ、だいぶ近くなってきた!早く通り過ぎろ通り過ぎろ……」そして無事毎回家に落ちることはなく、だんだんと小さくなっていく雷の音を聞いてホッとする。家にいるときじゃなくて、学校にいるときだったらいいのに。学校なら落ちても、校舎は壊れないだろうし、それに学校のみんながいるから怖くない。心細くない。

小中学生の頃、たくさんの同級生たちといっしょにいることは怖さを軽減させてくれた。みんな同じ目に遭うならあんまり怖くないと思っていた。わたしより怖がりな子もいるし。何か怖いことが起きてもみんなでまとまってれば怖くない。みんなできゃっきゃと「怖いね!」と言えるので怖くない。やんちゃなあの子もいるので怖くない。怖い先生もいるし怖くない。

わたしは小さいとき、雷や地震が起きた時、木造の一軒家に家族だけでいるのが怖かった。だから、「あーあ、マンションに住みたい!」と思っていた。マンションだったら建物もしっかりしてるし、他にも人が住んでるから、みんなもこの怖さの巻き添えで怖くない!と思っていた。家族だけでは頼りなかった。家族は仲良く好きだったが、小さい頃は、家よりも外のほうが安心なときもあった。たぶん、クラスのみんなで怖さを共有できるというのが重要だったんだろう。


それなのに、コロナで急にクラスのみんなと会えなくなったとしたら。とっても不安だと思う。一人で怯えてなといけない。それに、知らない間に誰かが罹って、もう会えなくなったりしたらどうしよう。わたしが罹ってみんなに会えなくなったらどうしよう。そうやって不安なわりに、お母さんもお父さんも仕事に行っちゃうし。なんでわたしたちは学校に行けないのに、大人は会社に行くんだろう。いいなあ大人は。だけど怖いなあ大人は。大人だから、平気なの?

友達同士で、「怖いね!」と言い合うことを奪われてしまったら、誰にも共感してもらえなかったら。共感し合うことで、自分だけが怖いんじゃない・自分だけが危険なんじゃないと思えないまま、不安なまま、時が過ぎていって、やっと学校が始まっても、今までみたいに鬼ごっこしてタッチすることもできない。女の子の友達同士手遊びしたり、くっつくこともできないし。好きな子と分散登校で別々の班になってしまったら、最悪だ。というか、「鬼ごっこしようぜ!別に平気だろ!」と言ってくる子もいるだろう。わたしは何かに触れた手で顔を触るのも不安なのに。そう言われて、みんながやると言い出したとき、「わたしはやらない」と言えるだろうか?無頓着にベタベタとしている同級生を見て、ヤキモキしないだろうか?わたしはどうしたらいいの??

そうやって泣いてる子が全国に何人いるんだろう。


テポドン2号

わたしが小学五年生のとき、北朝鮮がミサイル訓練をして朝のテレビのニュースでよく報道されていた。そのときわたしは、「北朝鮮という日本を嫌って戦争をしてくるかもしれない怖い国があること」を知った。北朝鮮からミサイルが撃ち込まれて、日本海や、日本の領土を飛び越えて太平洋に落ちた。もし、それが、うちに落ちちゃったらどうしよう……。

それから約半年は、わたしはテポドンに怯えていた。

家にいると、たまに「グオーー」という音が上空から聞こえる。そうするとわたしは「テポドン来ちゃったかもしれない!!落ちちゃうかもしれない!!」と思って、窓に駆け寄り空を見上げる。しばらくすると飛行機が通り過ぎていくのが見えて、ホッとする。「バババババ」と音がしても、たぶんこれはヘリコプター、と分かっていても見上げる。ヘリコプターだ。よかった。

わたしは、上空からなにやら大きな音がしたら、「今日こそテポドンかもしれない!」と背中をゾッとさせて、心配な顔で空を確認していた。そんなふうにするものだから、母親に笑われていたのを覚えている。それでもわたしは、「今日こそ…」「大丈夫だった…」と、新鮮に怖くなり、新鮮に胸を撫で下ろして、「でも明日はわからない…」とまた不安に思っていた。


だから、きっと、今子どもだったら、少し咳がでたりくしゃみが出るだけで不安だったろうと思う。家族で住んでるから、誰かが帰ってきたら「すぐに手を洗って!お風呂に入って!!」と神経質になっていだろう(きっとお父さんあたりがわたしが思うようにはしてくれなくて怒るだろう)。

もしかかってしまったら、後遺症が残る可能性があるというのも、わたしを震え上がらせるだろう。輝かしい未来しか待っていないのに、未来が真っ暗になるような気持ちになるだろう。

子どもたちをづけたい -こんな学校あったらいいな

そして、今まであたりまえにやっていた日常が、もう本当には帰ってこないかもしれないこと。それが今のわたしにもつらいし、当然小さい頃のわたしだったら、もっとつらいだろう。今までやっていた遊びはいくつもできなくなるし、学芸会はできないだろうし、運動会はどうなるんだろう。机を向かい合わせておしゃべりしながらの給食はなくなってしまっただろう。好きな子にどうやってさりげなく近づいたらいいんだろう。今まで生きてきた大人たちはやってたことなのに、これからのわたしたちはできないの?そんなの、ずるい!ずるい!!もう、想像してた未来は絶対来ないの?明日も続くと思っていた世界は、なくなってしまったの?

今の子どもたちは、とっても不安だと思う。そんな子どもたちに向けて、何か楽しくなるようなものがわたしにも書けたらいいなあと思う。昔のわたしみたいな子どもたちを慰めたい。元気づけたい。今すぐウイルスやら、政治やらは変えられないし、わたしはわたしにできることで、未来をよくしたい。


わたしは1999年のときまだ5歳だったので、恐怖の大王について知らないまま21世紀を迎えることができた。怖がりのわたしにとって、それはかなりの幸運だったと言える。

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