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集中力って


昔、オーストラリアでワーホリをしていた時、なぜかイチゴのピッキングを長くやっていた。(イチゴの収穫ね)


言ってもトータル8ヶ月くらいはやったと思うが、ピッキング(収穫)ってだいたい歩合性だから、速く摘まなきゃいけない。(稼ぎたいなら)


もちろん、ゆっくり摘んだっていい。クビになる可能性もあるけど。それも有り。


とにかく、すっごい広いオーストラリアのいちご畑をトローリー(見出し画像参照)っていう荷台を漕ぎながら、赤くなった実だけ瞬時に判別して、摘む。

農場によっては、イチゴのサイズも瞬時に判別して、3種類くらいに分けなきゃいけない。腐ってるやつも、摘んで捨てなきゃいけない。


それらを長い時は10時間くらいやるから、ある人が言った。

「これを続けてたら、聖者になれる。」と。


その彼は、3日くらいで辞めたそうな。


今回話したいのはそういうことじゃなく、摘めるイチゴか摘めないイチゴかを瞬時に判別し、摘めそうなら摘んで、まだ早そうならスルーする、その繰り返しを出来るだけ速く、延々に行う。

これって大分、集中力が要る。(ちなみに農場によっては1〜2ヶ月休みが無かったりする)


こんなことを続けていると、なんだか、ゾーンに入ったような気になる。

集中しすぎて、時間感覚がなくなる感じ。


この感覚って、瞑想時にもあるよね。

もちろん、座ってだけの瞑想じゃないよ。


全身の感覚に耳を澄ませている時も、同じような感覚を得る。



ゾーンに入った気になっていると、なんでもできるような気になる。

たぶん、アドレナリンが出て、脳に影響を与えてる。


ただ、そこを超えた先がある。


そこは静かだ。

イチゴを摘んでいても、至福を感じる。あんなに嫌いだったイチゴ摘みが。


何か美しさを感じる。速さを超えた、美しさがある。


集中力を超えた先って、瞑想がある。

全感覚が研ぎ澄まされて、自然と一体になったような。


Anriさん、ウツノミヤユウスケさんが紹介していた、この動画も、同じ感覚。(お二人とも、ステキな動画を紹介してくださって、ありがとうございます(^ ^))


その至福は、宇宙とダンスを踊っているよう。


たぶん、イチゴ摘みの速さは関係ないが、速さの中にも美しさはある。


丁寧さの中にも、美しさがある。


大切なのは、美しさなのかもしれない。


損得よりも、美しさを選ぶ。



みなさんの発信のように。





ぼくの活動を応援してくださったら、もっと深く至福に入っていけるような記事を書けると思います(^○^)