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サントラレビュー: The Survivor

総評: 人間の暴力性と贖罪
総合評価: ★★★
作曲家: ハンス・ジマー

※本編視聴時点でのレビューとなります。

予告編を見たところ、大まかなストーリーはアウシュヴィッツを生き延びたボクサーの物語、と言ったところ。日本では基本的に試聴できないHBO作品ということもあり、ハンス・ジマー作品といえどもほとんど知られていないのではないか。

監督はバリー・レビンソンであり、ジマーとは『レインマン』を筆頭に幾度とタッグを組んだことがある。同作でジマーは大きく飛躍しただけに、多忙といえども同監督に対しては恩が大きいのかもしれない。タッグが多いとはいえ、ノーラン監督作品のようなある種の音楽的特徴は乏しいため、期待値は良くも悪くも高くない状態で聴き始めることができた。

一通り聞いた感想として、戦前・戦後の出来事を交える中、音楽は心の奥底に仕舞い込んだ壮絶な過去を表すとともに、生き残ったこと自体に大きな苦しみを感じさせる。もっとも、苦しみや悲しみ一辺倒ではなく、同時に助けを求めようともがく内面の葛藤をも感じさせ、引き裂かれそうな魂の叫びと言った質感である。

映画自体が明確なハッピーエンドではないためと思われるが、音楽的な起承転結を強く感じさせない(ただし、単純に全部のスコアが収録されていない、もしくは肝心な部分にスコアを付けていない可能性あり)。ある意味では、どこまで再起を図ろうとも、自分が抱える闇とは生涯向き合い続けざるを得ない宿命を感じさせると言ってもいい。

曲数が少ないこともあり、いつものレビューとはスタイルを変え、曲ごとに音楽を見ていきたい。

Track 1 - There is always a chance
オルガンの音色(と言ってもシンセサイザーか)と打楽器(こちらも恐らくはプログラミングだろう)のコントラストが印象的な最初の1曲。神に縋るかのような心境と同時に、拳を絶えず奮い続ける男の人生をハイライトするかのような曲である。

Track 2 - Harry Haft
本作の主人公名を記した1曲であり、女性のヴォーカルによるハミングとピアノを主体としている。1曲目のようなダイナミックさはなく、大まかなストーリーがイメージさせる悲哀を感じる1曲。

Track 3 - Leah
曲調としては2曲目に近く、類似作品を敢えて挙げれば『シン・レッド・ライン』を彷彿させる内省的な音楽である。タイトルの"Leah"とは主人公の(おそらく)生き別れた彼女であり、戦後にボクサーとして戦う唯一の理由である。3曲目に差し掛かる頃には、近年のジマー作品に多い、シンセサイザーを駆使した音の厚塗りではなく、シンプルな作りが音楽制作の中心にあると理解できてくる。

Track 4 - Welcome To Jaworzno
タイトルとは異なり、『ダークナイト』を彷彿させる弦を力強く弾く、緊張感を煽る音楽である。

“Jaworzno”という地名が出てきたこともあり、主人公であるHarry Haftの人生を知りたくなるころでもある。ウィキペディアによると、ヤヴォジュノ収容所(Jaworzno)にて親衛隊に見込まれたハーシェル・ハフト(当時18歳)は、収容者同士の生死を掛けたファイトゲームに駆り出され、76回も戦ったとされる。つまり、生き残るために76人の対戦相手を殴り斃したことを意味する。

3分を過ぎたところで音楽は打って変わり穏やかな曲調となる。平和的な収容所生活は到底想像し難く、勝ち残る、すなわち生き残り続けることへの虚しさや人間性を失いつつある己に対する自己憐憫を現しているのだろうか。

Track 5 - Jew Animal!
どのタイミングで実際に使用されたかは定かではないが、望まざる展開と言えども、ファイトゲームでの生き残りはまさに動物的本能であり、まさに本タイトルである。

Track 6 - Avinu Malkeinu
“我らが父よ、我らが王よ”という意味のユダヤの祈り(正確には歌ではないが、バーバラ・ストライサンド版が有名な模様)。“悔い改めの10日間”と呼ばれる礼拝の中で唱えられるとのことである。祈りの意味を掘り下げることはしないが、生き残るためとはいえ、同胞を殺めたことへを後悔しているシーンで使われたのだろう。

Track 7 - Walk To The Ring
トラックリストとストーリー展開は必ずしも一致しないので、前後のトラックと比較したところで仕方ない可能性は当然ある。とは言うものの、Track 4以降の無機質に近いスコアから、Avinu Malkeinuを経て心情を感じさせる曲調へと変化した印象が強い。過去の悲劇と向き合いつつ、重たすぎるほどの重荷を背負いながらボクサーとして再帰を図る姿が浮かんでくる。後述するTrack 9: Thank You For Loving Meにも通ずる部分がある。

Track 8 - The Survivor
おそらくはテーマ曲の位置づけだろう。Track 4: Welcome To Jaworznoでも指摘したとおり、まずは『ダークナイト』を彷彿させる曲調である。暴力性の強い音楽であり、強制収容所という殺伐とした空間とそこにおける人間の動物性を表現するのに実にピッタリなアプローチに思われる。4分過ぎる辺りから曲調が変わり始めるのだが、テーマ曲のほとんどを野蛮さを感じさせる曲調が占めていることから収容所生活が如何に主人公の人生を大きく作用したかがわかる。

Track 9 - Thank You For Loving Me
そうは言っても、最後くらい心温まるようなスコアが来るかと期待させつつも、内容は全く異なる。“Loving(愛)”と題しているものの、被害者ではあるとはいえある種の加害者とも扱われうる立場にある主人公を受け入れてくれたことへの”感謝”を示した1曲ではないだろうか。

Track 10 - The Story Of the Cap
サントラとしての締め括りに相応しいかは議論の余地が大いにあるように思うが、関連映画でも聞いたことがありそうという意味ではユダヤ的音楽である。

以下、各曲評価(4点満点)

  1. There Is Always a Choice  -  ★★

  2. Harry Haft (feat. Suzanne Waters)  -  ★★

  3. Leah (feat. Suzanne Waters)  -  ★★

  4. Welcome to Jaworzno  -  

  5. Jew Animal!  -  ★★

  6. Avinu Malkeinu  -  

  7. Walk to the Ring  -  ★★

  8. The Survivor  -  ★★

  9. Thank You for Loving Me  -  ★★

  10. The Story of the Cap  -  ★★


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