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世界の30%を保全区に-新しい目標で何が変わるか

はじめに

 生物多様性の主流化とは何でしょうか。スーパーで食品を買うとき、何を考えますか。美味しいかどうか、値段、賞味期限、添加物の有無などでしょう。この食品が生物多様性にどのように影響しているかなどとは考えませんね。これが主流化していないということです。お米は有機栽培でなければ殺虫剤や除草剤によって赤とんぼや水草のいのちを奪っています。インスタントラーメンやポテトチップスで使っているパーム油を得るためにオランウータンの住む熱帯雨林が伐採されています。ガソリンなど化石燃料やプラスティックの使用は気候変動などを通じて生物多様性全体を危機にさらしています。生物多様性条約COP15では、行政、企業、市民がそれぞれの行動を生物多様性にプラス(ネイチャーポジティブ=自然再興)になるように変えることを求めらています。

 2021年にイギリスで開催されたG7首脳会議で発表された、「2030年自然協約」でが発表されました。これは「ポスト2020生物多様性枠組み」の決議が不透明な中で、先進国が生物多様性と気候変動への取組姿勢を明確にしたものです。2020年に公表された地球規模生物多様性概況第5版(GBO5)の分析にもとづいて、生物多様性損失の「ネット・ゼロを達成するのみならず、持続可能かつ包摂的な発展を促進することに焦点を当てつつ、人々と地球双方にとって利益となるようなネイチャーポジティブを達成しなければならない」としています。そのための手段として、消費の削減、持続可能な生産、気候変動対策、保全・再生などの行動によって達成すべきだとしています(図1)。本稿では、ネイチャーポジティブの考え方がCOP15で採択された新しい目標にどう生かされたか、さらにその目標のために私たちが何ができるのかについて解説します。

図1 ネイチャーポジティブ

COP15第二部

 生物多様性条約第15回締約国会議(COP15)は2020年に中国昆明で開催される予定でしたが、新型コロナ感染症のため、第一部が2021年10月にオンラインで行われ、第二部は2022年12月7日から19日まで196か国の参加で議長国は中国のままで会場をモントリオールに変えて開催されました。アメリカに次ぐ経済大国となった中国が、新しい目標に反対を表明する国がある中で採択を積極的に推進したことはうれしい出来事です。

 第二部の大きな議題は2020年以後の新しい目標である昆明‐モントリオールグローバル生物多様性枠組(新枠組)です。新枠組は11のセクションから構成されています。セクションGでは2050年までの長期目標(ゴール)、セクションHでは2030年までの23の短期目標(ターゲット)が掲げられています(表1)。長期目標は4つに分かれており、A:生態系を回復し、絶滅リスクを1/10に減少させる。B:生物多様性の持続的な利用・管理、C:デジタル情報を含む遺伝資源による利益の公平な配分、D:生物多様性を回復するための資金や技術の確保です。

表1 昆明・モントリオール生物多様性枠組

ビッグ・イエロー・タクシー
カナダの環境大臣がスピーチでカナダのフォークシンガーのジョニ・ミッチェル(日本では映画イチゴ白書の主題歌サークルゲームで知られている)の歌ビッグ・イエロー・タクシーを引用して、私たちは「楽園を舗装し、駐車場を設置した」というメッセージを理解していたのだろうかと述べた。その問いに答えるように、国連環境計画事務局長のインガー・アンダーセンは閉会総会で「人類はあまりにも長い間、私たち全員が依存している自然界を舗装し、…破壊してきました。…私たちが自然のために行う行動は、貧困を削減するための行動であり、持続可能な開発目標を達成するための行動であり、人々の健康を向上させるための行動でもあります。」と結んでいる。


新しい目標

 新枠組では愛知目標とくらべて、数値目標を含め、より具体的にされたことと、生物多様性の主流化のための新しい考え方が導入されたことが特徴的です(表2)。まず、目標2は修復する面積を2倍の30%に増やしました。2021年7月の草案で書かれていた20%からも増加していて驚いています。目標3はいわゆる30by30と呼ばれる目標で、2030年までに地球上の30%を自然保護区とするものです。保護区面積の目標が30%に拡大された背景には、2019年の地球規模生物多様性概況(GBO5)で愛知目標の20の個別目標のうち6つが一部達成と評価されたものの完全に達成された目標はひとつもなかったことから、取組をさらに拡大させることが求められたことがあります。

 目標6では侵略的外来種について、数値目標が加えられました。目標7では汚染物質についてより具体的な内容が示されるとともにプラスティック汚染が加えられています。目標8から16は、愛知目標では明確でなかった「自然に根ざした解決策」(NbS:前報参照)という考え方が背景にあります。ターゲット8では気候変動と生物多様性の関係をより広くとらえ、気候変動対策にNbSを取り入れるとともに、生物多様性に良い影響をあたえるような気候変動対策を選択する必要性を述べています。目標10は持続的な農林水産業に関する目標ですが、具体的にアグロエコロジー(農業生態学)といった方法が明記されています。有機農業に象徴されるような自然の力を利用した農法に活用され、NbSともつながっています。目標11は防災との関わりを示しています。目標12は都市計画で生物多様性を考慮する必要性を指摘しています。目標15は企業活動が生物多様性に悪い影響を与えないようにするだけでなく、良い影響を与えるように誘導することを目指しています。これについては後で述べます。目標16は消費が生物多様性に与える影響を重視しています。目標15と並んで企業(生産・流通)と消費者が取り組むべき課題です。目標18は生物多様性に有害な補助金や政策をなくすもので、愛知目標でも掲げられていましたが、今回は具体的な金額が示されています。


なぜ30%か
保護区の割合を決める基準としては、生物の絶滅リスクをゼロにし、生態系サービスの持続的利用に必要な面積が考えられる。生物多様性という言葉を作った研究者のひとりであるE.O. ウィルソンは地球の半分が必要だと書いている。ウッドリーたち(2019)は70件の研究を比較して、愛知目標の陸域17%、海域10%の保護では不十分であること、必要とされる面積の推定値は30%から80%と幅があり、最低でも30%が必要であると指摘しています。


どうやって保護区を増やすか:OECM

わが国の保護地域は陸地で21.4%であり、愛知目標は満たしていますが、新しい目標にはとどきません。新たに自然保護区を増やすことは難しいため、それに代わる方法としてOECM(保護地域以外で生物多様性保全に資する地域)という制度が試行されています。環境省は2022年度に日本版OECMである自然共生サイトを募集し、大阪府内では阪南セブンの海の森が参加しています。

現在示されている認定基準は、4つの大項目から構成されています。1つめは場所がはっきりと区切られていることです。2つめは土地所有者と管理者が明らかなこと。3つめは表3に示したように生物多様性の価値があること。4つめは保全効果があることをモニタリングによって評価することです。モニタリング調査は5年に1回程度とされています。

自然共生サイトとしては次のような場所が考えられます。

(1)自然保護を目的に掲げているが保護地域として認めていない場(トラスト地など)

(2)自然保護が第一の目的ではないが、管理目的にあり自然保護に寄与する場(里山、企業緑地、遊水地)

(3)自然保護を目的に持たないが、管理の結果として自然保護に寄与する場(茅場や薪炭林など)

 選定基準には面積は定められていないので、基準を満たせば都市公園や社寺林なども自然共生サイトにすることができます。

 現在のところ助成金などはありませんが、登録を増やすには経済的インセンティブが必要だという議論もなされています。昨年7月に「第1回30by30に係る経済的インセンティブ等検討会」が開催されました。委員会の議論では、カーボンオフセットのような取引可能なクレジット制度、補助金や税制優遇など経済的インセンティブ、その他寄付や森林税のような目的税などが検討されています。クレジットは自然共生サイトの環境価値を定量化して、開発や生産による生物多様性への損失に対して相殺する制度です。アメリカではミチゲーション・バンキングとして導入されています。愛知県でも愛知方式の生物多様性オフセットを試行しています。さらに、イギリスでは喪失した以上の生物多様性を生み出すネットゲイン取引制度を導入しています。2021年に成立した英国環境法で開発に際して少なくとも生物多様性が少なくとも10%の上回っていなければならないことが決められました。

企業が動き出した

 多くの企業活動が原材料の調達や製造、輸送を通じて生物多様性や自然環境と関わっています(図2)。そのため、企業自らがその影響を評価し対応を示すことが求められています。農産物や水産資源、水を原料とする食品製造のような部門だけでなく、一見自然と無関係な半導体製造でも大量の水を消費します。台湾は2021年に深刻な水不足にみまわれました。影響が懸念されたのは農業だけでなく、TSMCという世界有数の半導体企業でした。この工場だけで1日15万トンもの水を使います。

 2006年のCOP8で民間参画に関する決定が採択され、2009年に経団連が生物多様性宣言を公表、環境省が生物多様性民間参画ガイドラインを発行しました。名古屋でCOP10が開催された2010年には生態系と生物多様性の経済学TEEBが公表され、日本では生物多様性民間参画パートナーシップが発足しました。2019年に英国財務省からの依頼でダスグプタ・レビューが作成されます。経済活動が生態系に及ぼす影響を評価する方法を示し、自然との持続的な関係を築くには、社会の仕組みを変える必要があることを提案しました。

 2021年に「自然関連財務情報開示タスクフォース」(TNFD)が設立されました。これは、自然を保全・回復する活動に資金の流れを向け直し、自然と人々が繁栄できるようにすることで、世界経済に回復力をもたらすことを目指しています。企業の自然関連リスクを報告し、リスク管理と情報開示の枠組みを提供するための規格作りです。例えば、衣料メーカーは木綿の原料となる綿花を海外から調達します。綿花を栽培することによって、自然環境に問題が生じていないかを把握して、その対応についても公表する。気候変動に関してはすでに気候関連財務情報開示タスクフォースTCFDがつくられており、東証のプライム市場に上場している企業には開示が求められています。TNFDについてもキリンが環境報告書の中で公表を始めました。

図2

変わる農業

みどりの食料システム法(以下、みどり法)が施行されました。これは、生物多様性の低下など、農業による環境負荷を低減することを目的とし、有機農業の実施面積を2050年までに25%に増やすといった意欲的な戦略目標を実現する法律です。

農業では、75%の食料が昆虫など自然の授粉に頼っており、花粉媒介生物の喪失による被害は2350億ドルから5770億ドルに達するという推定もあります。土壌は炭素貯留能を持っています。

わが国の農業における取組はEU諸国と比べて遅れています。2017年のイタリアの全農地に対する有機農地の割合は15%、EU全体でも7%(2017年)に対し、わが国は0.5%にすぎません。わが国の農地で広い面積を占めるのは水田です。私は以前農水省からの委託で水田の生物調査をしたことがありますが、有機水田では農薬を使っている水田とくらべて、クモや赤とんぼ、ナゴヤダルマガエル、ドジョウなどが多く生息し、それらを求めてサギ類も多く飛来するという結果が得られました。

 有機農業が普及しない原因のひとつは、収量が減少するため価格が高くなるなることです。消費者が生物多様性に配慮した米にいくら支払う意思があるかを調べた研究(Mameno et al. 2022)では、普通のお米の値段を2000円としたときに、生物にやさしい農法の認証ラベルに加えてトキなど鳥のラベルをつけると支払い意思が865円(44%増し)になることがわかりました実際には有機栽培米は普通の米の2倍程度の値段で売られているため、買う人は限られています。そこで、消費者の支払い意思865円に加えて同額程度の行政からの補助金があって、小売店が積極的に販売すれば有機栽培は普及する可能性があります。

私たちの行動

 自然保護活動は自然を破壊する大規模開発に対する反対運動から始まり、里山や都市緑地など身近な自然の保全へとつながっていった歴史を持っています。生物多様性の主流化をめざすためには、どんな自然保護活動をするかというNGO活動のデザイン力が問われます。地域の生物多様性ネットワークを強化するとともに新たに地域社会との連携力を育てる必要があります。

 行政に対しては、枠組に沿った形に生物多様性戦略を改定し、ネイチャーポジティブな制度・政策を実施するよう求めます。特に大阪府の海岸は自然海岸0.8%、半自然海岸4.6%であり、これを30%に近づけるためには根本的な変革が必要です。陸についても、大阪府は府域の24.6%が生物多様性保全に資する地域だと書かれていますが、これは環境省が自然保護区に含めていない保安林や近郊緑地保全区域、府指定鳥獣保護区などを含めた値です。保安林や近郊緑地保全区域は人工林も含まれ、生物多様性の保全を目的にはしていません。生物多様性の保全を目的にしている国定公園、大阪府自然環境保全地域、大阪府緑地環境保全地域、大阪府自然公園、自然海浜保全地区の合計面積は14%程度です。

 大阪府のレッドリストでは生物多様性ホットスポット55ヶ所が選定されていますが、夢洲のように脆弱な場所も含まれます。これらの場所では、できる限りモニタリングや観察会を実施することも大切でしょう。保全協会では独自に調査活動や観察会を行っており、地域の生物多様性の可視化に役立っています。

 トラスト地や里山活動地を自然共生サイトに登録できないか検討する必要があるでしょう。自然共生サイトとなった企業の所有地でのモニタリングに協力することも可能です。環境省が考えているモニタリングは難しいものでなく、例えば対象となる昆虫として、チョウトンボ、オオカマキリなど20種の候補を示しています。

 TNFDに関連して、企業や企業団体に企業活動による自然への影響を評価し公表することや商品に生物多様性への影響を表示したり生物多様性にプラスとなる商品を扱うように働きかけることが考えられます。

引用文献
Mameno et al. (2022) Flagship species and certification types affect consumer preferences for wildlife-friendly rice labels. https://doi.org/10.1016/j.ecolecon.2022.107691

Woodley et al. (2019) A review of evidence for area‐based conservation targets for the post‐2020 global biodiversity framework. Parks 25.2:31-46


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