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第七話 星に願いを(夜空に星が流れる時)

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 埋もれた財宝を掘り返すことはやめたけれど、ぼくにはずっと気になっていることがあった。星が落ちたところだ。
 あの場所に何かが眠っていることにぼくは気付いていた。ぼくとしては大人たちに言ってもよかったのだけれど、言えば友達も上るのを諦めた山に連れていかれると思い、黙っていた。それにあの山に眠るものには、何か神々しいほどの輝きを感じていて、近づきがたいと思っていた。
 埋もれた財宝を見つける力を使うことはなかったけれど、地下に何かものがあることはわかっていた。町に埋もれているものはいつも同じ場所で、同じような強さの印象をぼくに与えていた。それなのに、星が落ちたところの光は次第に弱くなっていた。そのことがぼくは気になっていた。

 ところで、火の玉騒動は収まることを知らず、ついに家の近くにも現れるようになった。光の玉(ぼくにはそう見えていた)は町の端から目撃されるようになり、ときにはカーテン越しに見かける人が何人もいるほどにみんなに見られていた。たまに光の玉を捕まえようとする人もいたけれど、近づくだけで空の高いとこまでヒューッと昇っていってしまい、誰も捕まえることはできなかった。
 光の玉の目撃情報は毎日のように聞こえてきた。それを聞いていると、どうも、ぼくの家の辺りにもそろそろやってきそうだった。
 ぼくはもうとっくに怖い思いをしていたけれど、思い返せばそれほどのことは起こっていないように思えた。ただ光の玉がふわっとしていただけで、別になんてこともなかったように思えてきた。
「もし今度見つけたら、もっとよく見てやろう」
 二階から外を眺めている分には怖いことはないだろうと思っていた。

 光の玉が庭に現れたのはそれからその夜だった。いつものように夜空を眺めているとき、輝いていた星の中からひとつ、光がふわりと降りてきた。ぼくは声を上げてしまうかというほどに驚き、慌てて口を押さえた。もしかしたら、小さく声が出てしまっていたかもしれない。けれど光の玉には聞こえなかったらしく、反応することなく庭をふらふらあちこち飛び回っていた。
 それは間違いなく、墓地でぼくが見たものだった。ぼくは光の玉が何のためにあれほどふらふらと周囲を回っているのか気になり、窓から必死に眺めていた。何かを探しているようにも見えた。生物なのか、何かしらのものを探しているのか、それを見つけてどうするつもりなのか。ぼくは光の玉が、見つけたものを取り込んだり、魂などを抜き取るのではないかと戦慄した。
 光の玉の様子をぼくは見ていたけれど、移動していく光を追っていくのは難しかった。次第に死角に入っていく相手を見ようとガラスにへばりついてのぞき込んだけれど、ついに見えなくなってしまった。
「あー、どこかに行っちゃったかな」
 しばらく眺めていたけれど、もう光の玉は現れなかった。
 ぼくは諦めてベッドに戻って寝ることにした。

 けれど、振り向いた瞬間、部屋のなかに光の玉が浮かんでいることに気付いた。
「……!」
 ぼくは声にならない声を上げ、その場に尻餅をついた。ぼくはすぐにも自分は取り殺され、魂やら命やらを抜かれてしまうものだと思った。ガタガタ震えて後ずさりしようとしたけれど、後ろは壁でまったく一歩も退けなかった。
「驚かせてごめん。大丈夫、何もしないよ。ちょっとお願いがあるだけなんだ」
 光の玉は静止してそんな風にぼくに語りかけた。その声を聞いたぼくは、けれどすぐには理解できなかった。しばらくしてやっとことばの意味を理解して、ぼくも恐る恐る、ことばを返した。
「きみがしゃべっているのか。いったい、きみは」
 光の玉はすぐに答えてくれた。
「星の子だよ。この前の流れ星でここに落ちてしまったんだ。空に戻りたいんだけど、大切なものをなくして戻れないんだ」
 その丁寧な様子と落ち着いた光の動きにぼくは次第に落ち着いてきた。
「あの大きな流れ星か。いったい何をなくしたの?」
「きみが拾ったものだよ、あれがないと帰れないんだ」
 ぼくは昼間着ていた服のポケットを探った。墓地で拾ったガラス玉が出てきた。
「そう、それだよ!」
 光の玉はそう言って、くるりと宙を舞った。
「そうか……じゃあ、返すよ」
 ぼくはそう言って、ガラス玉を光の玉に差し出した。
「ごめん、このままじゃあ、受け取れないんだ。ちょっとだけ、きみに手伝って欲しい」
 それから、光の玉はぼくに詳しい事情を話してくれた。
「ぼくは星の船で空を旅していたんだ。でも、船があの山に不時着してしまった。船は地面に埋まってしまって、小さな星のぼくには掘り出せない。それに、どこに埋まっているのかきちんとした場所もわからないんだ。だから、きみの拾った石が必要だし、きみの力が必要なんだ。助けて欲しいんだ。お願い」
 星の子はそう言い、またくるりと宙を舞った。
「帰れないとどうなるの? 誰も迎えに来てくれないの?」
「帰れないと光を失ってただの石ころになってしまう。迎えに来られる星は誰もいない。それに、ぼくが光を失うとある人が死んでしまうんだ」
 ぼくはあのお話が本当なのだと知った。
 そうとわかったら、もう星の子の願いを断るわけにはいかなかった。
「いいけど……どうやってあそこまで行こう。ぼくはこの部屋から出られない。蔦のロープもバルバラに持っていかれてしまった」
「それなら、ぼくが少しだけ力を貸せばきみを浮かべられるよ。窓から下に降りるくらいなら平気だ」
 そうか、とぼくは星の子を信じ、山に登るために服を着替え、靴下と散策用のブーツを履いた。
「じゃあ、行こう」
 窓を開けると、星の子の言うようにぼくの身体はふわりと浮いた。不思議な感覚で庭にまで運ばれたぼくの身体は、再び地面にしっかりと足が着いた。それから、庭仕事のシャベルを納屋から持ち出し、星の子と一緒に山に向かっていった。


 星が落ちた場所への道は、聞いていたとおりの悪路だった。
 細い獣道を星の子の光に導かれて歩いていった。草や蔦が絡んだり、小石を踏みつけてバランスを崩したり、シャベルも重いしで、ぼくは汗をかいて呼吸も荒くなった。落下地点まで辿りつくのに、時計は持っていなかったけれど、きっと二時間はかかったと思った。
 山に埋もれている星の船、というものの場所が次第にわかってきた。意外にも、大きなクレーターとは別の場所で、誰も気付いていないところだった。
「あっちはね、ぼくの船に当たったただの岩なんだ。ぼくの船はこっちにあると思うよ」
 星の子の指す方にも、前のものよりは小さいクレーターがあった。
「わかるかい? このあたりのどこかに船が埋まっているはずなんだけど……」
 確かに埋まっていた。その場所は、斜めに広がるクレーターの先にあって、中心部よりずれたところだった。
「あそこだ、掘り出すよ」
 ぼくは持ってきたシャベルで足下を掘っていった。しかし、なかなか掘り当てることはできなかった。地面に何かが埋まっているとわかるものの、そこそこの深さがあることはわかりきっていた

 どれくらいの時間、掘り進めていただろうか。汗だくになるし、全身が痛いし、手にもまめができて破れそうな具合になってきていた。けれど、目に見えている埋もれた星の船にはもうすぐ届きそうだった。
 ガチン、と土を掘る音とはまったく違う音がした。何かがシャベルに当たる音だった。大きな音がしてしまったと思ったが、星の子は「大丈夫、とても頑丈だから」と言った。ぼくは慎重に、けれど掘り当てた達成感でわくわくしながら静かに土を退けていった。
 出てきたのは、大きな透明の球体だった。中には星の子が言ったとおり、帆船が入っていた。それはまるでボトルシップのようだった。
「これがきみの船?」
「そうだよ! これで帰れる!」
 星の子は大きく空をくるりと一周回った。
 仕事が終わったぼくは、ふう、と疲れが息に出た。


「よかったね、空に帰れて」
 ぼくは星の子に、さっきまで持っていたガラス玉を渡した。星の子はそれを浮かび上がらせると、帆船の中へ運んだ。
「本当にありがとう。きみがいなかったら、本当に誰かが死んでいたよ」
「それだけ大変な仕事に協力できたんだ、ぼくもうれしいよ」
 ボトルシップの星の船が浮かび上がり、ついに星の船が空へ戻ろうとしていた。
「そうだ、きちんとお礼をしないと。今からぼくが空を飛んでいくから、消えるまでの間に願い事を言うんだ。何だっていいよ、きみのためなら何でも願いを叶えてあげるよ」
「本当に?」
「もちろん! ただし、ひとつだけだよ」
 最後に星の子は「ありがとう」と言った。そしてボトルシップが空へ浮かび上がり、次第に光を放ち、ゆっくりと動き出した。
 ボトルシップの流れ星は次第に早くなっていった。ぼくには考える時間がなかった。それで、何を願ったらいいのか、すぐには言えなかった。
「巨万の富? 永遠の命? 権力? みんなのしあわせ?」
 そう思ったとき、ぼくはバルバラのことが頭をよぎった。
 次第に加速していく流れ星を見て、ぼくは願いを唱えた。
「バルバラの目が治りますように!」
 流れ星は空高くに一直線に上っていき、やがて見えなくなった。
 それからぼくは家に帰った。土を掘り返し、山道を往復したぼくはもうへとへとになっていた。おまけに、星の子に二階から下ろしてもらったのだから部屋の戻る方法がなかった。庭から自分の部屋を見上げたけれど、どうにも上れる方法は思いつかなかった。
 朝まではまだ少し時間があるようだった。ぼくは庭の隅腰を下ろして、仕方なく朝が来るのを待った。それからつい眠気に負けて寝てしまったけれど、ぼくはずっとバルバラの目が本当に治ったのか気がかりだった。星の子が嘘をつくとは思えないけれど、バルバラの明後日を向いた目が治った姿はぼくにはなかなか想像できなかった。

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