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42nd Street/Forty Second Street[四十二番街]

1933年ワーナーブラザーズ制作のミュージカル映画から。作曲はハリー・ウォーレンで作詞はアル・デュービンのスイング・ナンバー。生前800曲以上も作曲したハリー・ウォーレンの傑作のひとつと言ってもいいかもしれない。

コーラス・ガールのアンクル・トムの小屋

曲だけじゃなくて同名のミュージカル映画自体もおもしろくてとくにブロードウェイの舞台裏の生活と陰謀を扱ったバックステージ・フィルムの傑作として名高い。また1933年といえば世界恐慌のまっただなかで、映画もそういった様相も一部描かれている。

この映画『四十二番街』は1932年に発表されたブラドフォード・ロープスによる同名の小説の翻案である。ロープス自身が「コーラス・ガールのアンクル・トムの小屋」を目指して書き上げたもので舞台裏を描いたバックステージ小説の金字塔として有名である (Graham, 2013, p. 163)。

ちょっとこれだとわかりにくいので少し補足しよう。

コーラス・ガール
コーラス・ガールとはステージ上でコーラスラインを踊る女性のこと。こうしたコーラス・ガールは、舞台を華やかにする舞台装置であった。そうした舞台装置として立ち振る舞うために、かの女たちは、「美とその誇示の政治性、[…]性的関係の運命、才能のヒエラルキーにおける個人と集団の緊張関係、エンターテイメントの社会的機能と価値、セレブリティの問題と名声の代償」などの諸問題に目を瞑らなければならなかった(ibid, p. 164)。言い換えれば、コーラス・ガールたちはブロードウェイにおける「弱者」にほかならない。

アンクル・トムの小屋
アンクル・トムの小屋は、リエット・ビーチャー・ストウによる小説『アンクル・トムの小屋』のことで、黒人奴隷トムの半生が描かれている。『アンクル・トムの小屋』は、ストウが「実際に奴隷がいる環境で目にしたことを大衆に告発する」という側面がある。

これらを踏まえると、ここでロープスが『アンクル・トムの小屋』を引き合いに出すことは、『アンクル・トムの小屋』が持っていた告発性を『四十二番街』に担わせることになる。つまり、かつて『アンクル・トムの小屋』が行ったように、『四十二番街』はブロードウェイにおけるコーラス・ガールの「弱者性」を告発している。

いわゆるコーラス・ガールたち。

さて、映画についてはたくさん語られている一方でこの曲そのものにかんしては、知名度という点においてはそこまでないかもしれない。むしろ同じくミュージカルで歌われた"You're Getting to Be a Habit with Me"の方が有名なのではないかと思う。

録音

録音はと言うとジャズ・コーラス、女性ボーカル・グループのさきがけのBoswell Sistersの録音がある。映画が公開された1ヵ月後にブランズウィックからリリースしている。さすが流行の最先端を行っていたグループである。ボズウェルズのアレンジは、大所帯のスイングではなく、スモールグループのスイング。近年の録音ではボズウェルズのアレンジを下敷きにした録音が多い。聴いた曲すべて書きたいけどおそろしく面倒なので少しだけ…。

Boswell Sisters (NY, April 11, 1933)
Bunny Berigan (trumpet); Tommy Dorsey (trombone); Jimmy Dorsey (clarinet); Martha Boswell (piano); Dick McDonough (guitar); Artie Bernstein (string bass); Stan King (drums)
ディック・マクドノフのギターが気持ちよい一曲。前述したような「コーラス・ガールのアンクル・トムの小屋」を踏まえると、これまでとは違った聴こえ方ができる。素晴らしい録音。

Henry Sisters (Malin, Ireland, 2019)
Kevin Murphy (Clarinet); Rohan Armstrong (Double Bass); James Anderson (Drums); Peter Vail (Guitar); Matt Jennings (Saxophone); Donal McGuinness (Trombone); Robert Goodman (Trumpet); Karen McLaughlin (Vocals), Lorna McLaughlin (Vocals and Piano)
アイルランドの女性デュオのヘンリー・シスターズのライブ録音。パワフルな演奏で熱気が素晴らしい!

The Pfister Sisters (New Orleans, 1998)
Holley Bendtsen (Vocals); Suzy Malone (Vocals); Yvette Voelker-Cuccia (Vocals); Amasa Miller (piano); Charlie Miller (Trumpet); Craig Klein (Trombone); Tim Laughlin (Clarinet); Ken Jacobs (Tenor Sax); Tom Morley (Violin); Jimmy Ballero (Guitar); Jim Markway (Bass); Bruce Boyd Raeburn (Drums)
80年代から活躍する女性コーラス・グループのフィスター・シスターズ。ニューオーリンズで活躍する(現在ではベテランの)ミュージシャンとともに録音した名盤”All’s Well That’s Boswell: A New Orleans Tribute To The Boswell Sisters”から。ただのカバーに終始しているのではなくて、自分たちの持ち味をふんだんに使用していて大好きな録音。

The Stolen Sweets (Portland, Oregon, 2006)
Jen Bernard (Vocal); Lara Michell(Vocal); Erin Sutherland (Vocal); Pete Krebs (Guitar); David Langenes (Guitar); Keith Brush (Bass)
2005年からポートランドで活動しているバンド。ボズウェルズ+ジャンゴ・スタイルといった様相で素敵な録音。

ほかにもアート・ホーディスが素晴らしいピアノ・ソロを録音している。ちょっと哀愁の漂うアレンジで聴き惚れます。ピカデリー・ダンス・オーケストラは、原曲を意識したミュージカル・スイングを見事に再現している。ステイシー・ケントが参加していてすごく好きな録音。ウォーレン・ヴァシェはクインテットで録音している。スイング/トラッド・ジャズのインスト。こちらも名演。

参考文献

Graham, T. Austin. (2013). The Great American Songbooks: Musical Texts, Modernism, and the Value of Popular Culture. Oxford: Oxford University Press.

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