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どのイヤホンの音が良いか聴き比べ方

ちょっと良いイヤホンを買ったら音が良くて感動した…
そんな経験をされたことのある方は多いでしょう。そして、気に入っていたイヤホンが壊れたりして次のを選ぶときに、どの製品がもっと良い音なのかで悩んだことはないでしょうか?

結論から書くと、良いイヤホンの音を聴き分けるにはノラ・ジョーンズのアルバム「Come Away With Me」から最初の曲「Don't Know Why」の開始15秒だけ再生して聴き比べてみてください。具体的に、どこが聴き比べのポイントとなるのかは順を追って説明する必要があるので記事の最後の方に記載いたします。

このアルバムは、オーディオ製品を扱う店によく置かれている定番中の定番でベタすぎるくらいなのですが、多く使われているだけあって音質を見極めるのに良い要素が存在します。私もかつてオーディオ製品を販売する仕事をしておりましたが、よくショールームでこれを再生していました。

余談ですが、本家レーベルから発売されているものよりAPO(Analogue Productions)製品の方が高音質であると評判であったため、私はそちらを使用しています。

そもそも優れたイヤホンは何が違う?

「Don't Know Why」という曲の最初の15秒のどこに注目して聴けば良いのか…その説明に入る前に、そもそも優れたイヤホンは何が違うのかを3段階に分けて考える必要があります。


1.再生可能な周波数帯域の広さ

まず、冒頭に書いた「ちょっと良いイヤホンを買ったら音が良くて感動した」という部分についての考察です。そのような経験があるとすると、それは「重低音があって迫力が増したから」ではなかったでしょうか?
それに加えて、「新しいイヤホンと比べると前のイヤホンは音が籠っている感じがした」という感想もあるかも知れません。これはつまり、安いイヤホンでは再生できない重低音や高音を良いイヤホンでは再生できる=周波数帯域が広いということになります。

しかし、この点についてはイヤホンの聴き比べのために特筆すべきポイントではありません。何故なら人間の耳に聞こえる周波数である20Hz〜20,000 Hzの範囲がカバーされていると、それより再生可能な周波数帯域を広げても重低音や高音がより強く鳴るようになったとは感じられなくなってしまうためです。

実際のところ、再生可能な周波数帯域の広さはイヤホンの良し悪しに非常に大きく関わってくるのですが、重低音や高音がちゃんと鳴るかどうかは、言われるまでもなく聴けばわかるような「安物とそれ以外」程度の判断基準にしかなりません。「特に優れたイヤホン」の音の違いの表れ方はそれとは異なるものになります。


2.フラットな周波数特性

次に、良いイヤホンの条件として重要なのがフラットな周波数特性です。再生可能な周波数帯域が広くともそのバランスが悪くては高音質にはなりません。

イヤホンではなくマイクの話になるのですが、マイクを買うと周波数特性表というものが付属しています。全ての音域を均一に録音できるマイクがあれば理想的ですが現実的ではありません。実際にはマイクによって敏感だったり鈍かったりする音域が存在します。レコーディングエンジニアはそれを確認し、なるべく音楽をフラットな周波数特性で録音できるように調整するのです。

マイクの周波数特性表示は、それと違いマイクを選ぶ際にとても重要。なぜなら周波数特性は、どのマイクがどの用途に向いているか、いないかを表しているからです。

https://www.shure.com/ja-JP/performance-production/louder/how-to-read-a-microphone-frequency-response-chart
SM57の周波数曲線

録音するマイクと対をなす、再生するスピーカーにも同様のことが言えます。レコーディングエンジニアがフラットな周波数特性で再生することを想定して録音した音楽は、フラットな周波数特性を持つイヤホンやヘッドホン、スピーカーで再生すると最も原音に忠実で望ましい音質が得られます。

しかし、実はこれもイヤホンの聴き比べのために特筆すべきポイントではありません。何故なら人間の耳(脳)はフラットでない周波数特性の音でも均して聴こえるように補正をかけてしまうため、客観的に判断することが極めて困難であるからです。

イヤホンを買い替えたことのある人であれば経験があると思うのですが、新しいものに変えてから最初に使った時は「前のものより低音が強すぎる」あるいは「新しい方は高音がうるさい」などと感じられて、前のイヤホンの方が良かったかなと思えるものの、すぐに新しいイヤホンの音に慣れてきて全然気にならなくなります。

同じように、それまで聴いたことのないイヤホンやスピーカーの音に対して感じる低音が弱い、高音が強いといった感覚は当てにできません。その感覚は、自分が普段聴いているイヤホンやスピーカーに合わせて脳が補正してしまった聴こえ方を基準としているからです。

強いて挙げれば、レコーディングスタジオで使用されているモニターヘッドホンのデファクトスタンダードであるSONY MDR-CD900STの音を基準として考えるのが良いかもしれません。レコーディングスタジオで使用されているからと言って「これの音に近ければフラットで良い」というわけではありませんが、他に基準となり得る程に普及したヘッドホンは存在しないため、唯一の選択肢と考えて良いでしょう。

私もかつて音楽制作の仕事に携わり作編曲・レコーディングをしていたためSONY MDR-CD900STは愛用しておりましたが、周波数特性としては中高域寄りと言われることが多く私も実際にそのように感じます。もしこのヘッドホンと聴き比べて比較をするのであればその点を考慮するのが良いでしょう。

レコーディングスタジオでの採用率が非常に高いヘッドホン、SONY MDR-CD900ST。


3.録音された波形の通りの音声を再生できているか

これこそがイヤホンの聴き比べのために特筆すべきポイントとなります。

イヤホンを含めてスピーカーの仕組みの最も根本的な部分は、電気と磁力を利用して振動板を動かす機構にあります。学校で習った"フレミングの左手の法則"を利用して、録音された波形の通りに振動板を動かすことで元通りの音を再生しているのです。実際には、振動板をただ空中に放り出しただけでは音としては鳴らないので振動板の動きが音として鳴るようにするための筐体(エンクロージャー)の構造や、マルチウェイ方式であれば各ユニットに対応する帯域に音を振り分けるネットワーク回路といった要素が合わさることで、総合的な応答性能が定まります。

結局のところ先に述べた「再生可能な周波数帯域の広さ」「フラットな周波数特性」というのもイヤホンが音声波形を忠実に再生していることの結果に過ぎません。低速や高速の駆動に対応できる=低音や高音も再生可能で周波数帯域が広いこととなり、どの帯域でも振れ幅が正確で一定である=周波数特性がフラットと言えるからです。

問題は、先述の通りその2点は機械的な性能を良く表すものの、人間の耳にとっては評価しにくいポイントであるということです。イヤホンを聴き比べるには、人間の耳にもわかりやすい聴こえ方のポイントに注目して、イヤホンの応答性能を見極める必要があります。では、一体それが具体的に何であるのかというと2つあります。まず1つ目が「高音」、そして2つ目が「残響」です。そして、聴き比べのしやすいこの2つのポイントが「Don't Know Why」の最初の15秒には存在しているのです。

イヤホンの真の聴き比べポイント

①「高音」

高音が音質の良さを良く表すというのはわかりやすいと思います。例えば、チャップリンの映画やエルヴィス・プレスリーのレコードのような昔の録音を思い浮かべると籠って高音が出ていないという印象があるでしょう。これは昔の機器では高音域の録音が困難であったためです。逆に乱暴に言ってしまうと、低音については特に高音質でなくとも録音はできてしまうため、低音を聴き比べて音質が良いのか悪いのかを判断するのは難しいのです。

では何故、高音は高音質でなければ録音できないのか。それは周波数が高いということは速く振動しているということであり、それを録音したり再生したりするマイクやスピーカーには速い振動に機敏に反応することが求められるからです。レーベルなどにもよりますが、籠っているとは感じさせないレベルで音楽の高音域を録音できるようになったのは1970年代以降なのではないかと思います。

また、録音・再生機器の性能が高音域に表れるもう1つの理由が、一般的な音楽に含まれるような高音は物理的なレベルが低くなっているという点です。下図のように音楽のFFTスペクトルを見ると高音(右側)はレベルが低くなっていることが確認できます。マイクやスピーカーには、速く振動することに加えて小さい振幅で正確に動作させることが求められるため、やはり高音域には性能が表れやすくなるのです。

AudacityでFFT解析をかけた例

さて、ようやく「Don't Know Why」の最初の15秒の話になるのですが、高音については冒頭から鳴っているブラシによるスネアドラム演奏が聴き比べポイントとなります。これはジャズでよく見られるスネアドラムの奏法で、スネアドラムをブラシで擦る・叩くといった動きをしているのですが、良いイヤホンではその動きが見えるかのように聴くことができるのです。ただハイ寄りの音だとノイズっぽく聞こえてしまいますが、高音域の小さく速い音に正確に対応できる応答性能の良いスピーカーで再生すると、擦られたブラシの一本一本がスネアの表面で踊ることによってこの音が出ているのだとわかるような印象を受けます。簡潔に言うと「スネアドラムがノイズっぽくならずブラシの音として綺麗に鳴っているか」をチェックし、評価してください。

スネアドラムのブラシ by Viames Marino


②「残響」

「Don't Know Why」の最初の15秒の、次の聴き比べポイントはボーカルであるノラ・ジョーンズの声にかけられたリバーブ(残響)エフェクトの音となります。カラオケで歌うマイクを通した声にエコーがかかることは皆様体験されてご存知でしょうが、同様にほとんどの歌モノ音楽のボーカルパートにはエフェクターを使用して残響が付与されています。

「残響」が聴き比べポイントとなる1つ目の理由は、それが小さい音であることです。残響音というのは簡単に言うと反射によって元の音が小さくなり少し遅れて被さることで生じます。(残響のエフェクターはそれをシミュレートしているのです。)「高音」についてでも触れましたが、レベルの低い音量を正確に再生するのには微細で正確な動作が求められるため、イヤホン・スピーカーの性能がよく表れるのです。

そして2つ目の理由は、人間の耳が残響に対してとても敏感であるために聴き取るポイントとして都合が良いからです。例えば、「初めて入る真っ暗な部屋」があったとして、その中に入って声を出せば響き具合からその部屋がとても狭いのか、あるいは広さがあるのか、もし全く音が響かないのであれば実は屋外なのではないか…といった具合で感覚的に掴めるであろうことは簡単に想像できると思います。このように、耳に入る音に含まれる残響から空間の広さを感じ取る力が人間には備わっており、その能力が働く分だけ「残響」という要素については他の音よりも細かく聴き比べができるのです。

また、ノラ・ジョーンズのアルバム「Come Away With Me」には特に残響の聴き比べをしやすい理由があります。それはボーカルパートにかけられた残響効果が非常に薄いということです。ただでさえレベルの低い残響音が更に小さく収録されているため、これを上手く再生できるか否かでイヤホンやスピーカーの性能が問われるのです。

試しに、1曲目「Don't Know Why」と2曲目「Seven Years」を聴き比べてみて欲しいのですが、実は2曲目「Seven Years」は珍しいことにボーカルの残響が完全オフで収録されていることがわかると思います。対して1曲目「Don't Know Why」はボーカルパートに残響が薄くかけられているのですが、お使いのイヤホンやスピーカーではその残響がどのように聴こえるでしょうか?

性能の良くないイヤホンやスピーカーの場合、1曲目「Don't Know Why」のボーカルが響いていることは2曲目「Seven Years」の残響なしの音と聴き比べれば認識できると思うのですが、ボーカルが響いている音そのものを認識することは難しいのではないかと思います。それは細かい音を正確に鳴らすことができないためにレベルの低い残響成分が正しく再生されていないためです。性能が良いイヤホンやスピーカーを使用した場合は、1曲目「Don't Know Why」のボーカルから原音と残響成分を綺麗に分離して聴きとることができるでしょう。

「Don't Know Why」のボーカルの残響を聴き比べるポイントについてですが、最初の歌詞の「I waited till I saw the sun」から「waited」の部分に注目してください。最初の「I」は囁くような小さな声なのですが、次の「waited」は急に声量を上げて歌われるのです。ここで音量が大きくなったことで若干、飽和気味になるのですがそれにより残響成分がやや強くなり聴き取りやすくなります。この部分でイヤホンがボーカルの残響を綺麗に分離して再生できているかを確認しましょう。そして「waited」の残響が消える時間が、大体「Don't Know Why」の最初から15秒くらいなのです。

「Don't Know Why」最初の15秒を聴く

長くなりましたがまとめると、良いイヤホンを探すにはノラ・ジョーンズのアルバム「Come Away With Me」から最初の曲「Don't Know Why」の開始15秒を聴き、以下の2点を確認すると良いでしょう。

  • スネアドラムがノイズっぽくならずブラシの音として綺麗に鳴っているか

  • ボーカルの「waited」の部分で残響を分離して再生できているか

イヤホンの性能が問われる微細な音の再生を、人間の耳にも比較的わかりやすい高音・残響で聴き分けるというわけです。補足すると低音~高音のバランス(周波数特性)を確認するための基準としてスタジオモニターのデファクトスタンダードであるSONY MDR-CD900STの音を知っていると尚良いでしょう。

家電量販店などでイヤホンやヘッドホンを販売しているコーナーでは、自前のスマホやプレーヤーを接続して試聴できるようになっていると思います。ここで陳列されているイヤホンの中から良いものを探すには「Don't Know Why」の開始15秒だけを片っ端から聴き比べて、上記2点の高音・残響を確認してみましょう。

ここで重要なのが、開始15秒までを聴き比べてそれ以上は再生しないということです。これから長く使うイヤホンを選ぶのだから、お気に入りの曲をじっくり聴いて確認したいと思うかも知れませんが、長時間聴き続けると人間の耳と脳はその音に順応しようと聴こえ方を補正してしまうため客観的な判断をしにくくなってしまいます。また、短時間で矢継ぎ早に比較することで前の音を忘れないうちに聴き比べできるというメリットもあります。


筆者おすすめのヘッドホン・スピーカー

私が上記の聴き比べ方をして性能が良いと感じたヘッドホンとスピーカーをここで紹介したいと思います。(イヤホンの聴き比べ方と銘打っておきながらイヤホンが無くて申し訳ありませんが…)

ヘッドホン:audio-technica ATH-MSR7b

知人からどのヘッドホンが良いか選んで欲しいと頼まれ、予算の関係もあって低価格帯ではありましたが聴き比べた中で最も優れていたと感じたのがaudio-technicaの「ATH-MSR7」でした。※当時はまだモデルチェンジ前で「b」が付くのは後継機です。

このシリーズで採用されているドライバーが優れているのだと思います。audio-technica製の同シリーズで最も安かった約1万円のモデルですら、コーナーに陳列されていた中で最も高価なJVC製の約3万6千円のヘッドホンよりも良く、ATH-MSR7(当時約2万円)はダントツで高音質だったと思います。

後継機の「ATH-MSR7b」も同様にこの価格帯の製品としては素晴らしい音を聴かせてくれるのでおすすめできると思います。

スピーカー:B&W「800 Series Diamond」

私がスピーカーで最も優れていると感じるのは、B&Wの「800 Series Diamond」の製品です。他のスピーカーと聴き比べて感じるのは、高音再生の明瞭さにおいて他の追随を全く許さぬ程に優れているという点です。これは間違いなく人工ダイヤモンドを利用したツィーターによる効果だと思われます。それを製品名としていることもB&Wがその点に自信を持つことの表れでしょう。

(写真は旧モデルですがアビーロードスタジオでモニターとして採用されています)

800 Series Diamondを除けば他メーカーの製品も太刀打ちできるレベルではあると思いますが、それでもやはりB&Wのスピーカーは全体的に優れていると言えるでしょう。

人工ダイヤモンドのツィーターこそ採用していないものの800 Series Diamondの技術が活かされているワイヤレススピーカー「Formation Duo」も高音質です。スマホから音楽を再生すれば後はプレーヤーやアンプを必要とせずこのスピーカーだけあれば良いというシンプルさも、現代的なリスニング環境に合うものだと思います。

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