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文学島に渡り虫

昨年の初秋ごろから、てんとう虫のアイテムを集め始めた。
我が個人出版社、LadyBug Publishingは、てんとう虫がモチーフだ。【浮遊するランダム・ナンバー】に出てくる惑星探査ドローン、『レディ・バグ』に由来する。
まあ、つまるところ、2021年の後半に入った時点で、文学フリマ東京に出店することを決めていた。公募を一時差し置いてでも、個人のそれを、まず軌道に乗せたかった。


文学フリマ。
奇妙なイベントだ。場所だって奇妙だ。東京流通センター。
一見すれば靴屋かというネーミングと、東京モノレールの駅が最寄りという辺鄙さ。駅周辺にはそば屋と大衆居酒屋くらいしかなく、あとはひたすら倉庫倉庫倉庫。なのにそこはその日、もっと奇妙な熱と人であふれる。


現実のアンダーグラウンド、鮮烈な詩歌、宇宙の深淵、架空の世界。あらゆるベクトルへの熱量を、12時から17時のあいだにどろどろと全部飲み込んでしまう。
マグマのようだ。それもどかんと噴出するのでなく、静かにこぼれて山肌を伝うたぐいの。
出店者も来場者も誰も彼もがひどく熱く、しかるべき場所へ流れていく。
その熱気が、私は嫌いじゃないと思った。
そこに出したいと思ったのだ。

初めてなだけに、準備はワタワタだった。
とにもかくにも紙が多い。試し読み、しおり、文庫カバー、売り物の本、両替した千円札の束。そして、それ以上に飛んでいくポケットマネー。

搬入用の段ボールに詰めた在庫の本の数に、「全然売れなかったらどうしよう」と及び腰になるのを感じた。
ランダムナンバーは30冊。最終選考に残ったのは昔の話で、お世辞にも、Kindleで売れているとは言えない作品だ。
緊縛ロマンスも含めると、ゆうに100冊近い本が我が家にある。大半を持ち帰る絶望を前にしたら、このチンケな精神、マントル深くまで沈んでしばらく浮上できないだろう。

それでも、わずかながらいただいた取り置きの依頼と、夫氏の献身、隣接で同じく初参加の作家、かのこさんの存在を頼りに、なんとか当日ブースを作った。
迎えた正午。どうやら外には、ずいぶんな行列ができているらしい。
我がブースは、入り口からまあまあ入り込んだ場所にある。てんとう虫のシャツやピアスなんて、買ってる場合じゃなかったかもしれない。押し寄せるこの人の波をかき分け、わざわざここへ来てくれるのだろうかとその時を待った。

来た。
立ち止まる。目が合う。声を掛ける。心臓がふるえる。
見本を勧めた。手に取ってくれた。「これをひとつ」と言われて、息をどう吸って吐くのかわからなくなった。
マスクがあってよかった。口元、きっと気色の悪いかたちになっていた。
表紙を見て、「インスピレーションが働いて」と何も説明せずとも買っていったり、ポスターに添えた「小説現代長編新人賞最終候補作」の文字に興味を示したり、本来なら、ほとんど日の目を見ることのない作品を、見てくれていた。

読者さんがきてくれた。作品を好きになってくれた方たちだ。
Twitterのフォロワーの方たちが、ファンだと言ってくれる方たちが、創作講座の方たちが。
私の作品がきっかけで公募に出した方が。私の作品がきっかけで自らに正直になった方が。ランダムナンバーの表紙を書いてくれた方が。過去の文フリで作品を買わせてもらった方が。
今回の出店に際し、ブースを訪れては買っていってくれた。
わかるような説明ができただろうか。過去の栄光ばかりで実を伴っていただろうか。きちんと渡せただろうか。
月並みな「ありがとうございます」しか返せない私を、どうか許してほしい。それ以上の言葉をインスタントに口にできないくらい、私はいっぱいだった。
主に、胸が。
だってひっきりなしに、人が足を止めてくれるのだ。

このとおりにっこにこである

おかげで、回りたかった場所は、大半が回れなかった。
うれしい悲鳴だ。それでもなんとか隙を見ては赴き、ほしいものは手に入れることができた。

どのブースも、あらゆる色の熱がある。自分のウリを全面に出し、自分のスキを信じているのがわかる。イイネをたくさんつけて回りたくなる。

あっという間の五時間だった。
撤収して、打ち上げして、翌日は空気が抜けたように腑抜けになって、瞬間湯沸かし器だった頭が覚めるのを待ってこれを書き始めた。

書いていたらふいに、今なお活発に火山活動を続ける西之島を思い出した。
いま、彼の地は、もとの島を飲み込み、裾野をどんどんと広げ、大地を形成している。
彼の地へ最初に訪れたのは、渡り鳥だ。
その羽毛や排泄物に含まれた種子から、植物が生え、土壌を作り、そして虫たちが、彼の地で活動を始める。

おや。まるでランダムナンバーのレディのようではないか。

果たしてその地に、てんとう虫もが居つくことができるかはわからない。レディと同様、活動限界を迎える可能性もおおいにある。

でもこの小さなてんとう虫、実は結構やっかいなやつなのだ。
動きはトロいし色は派手で目立つくせに、危険を察知すると毒を含んだ苦い汁を出す。鳥も食わなければ、クモの巣に引っかかっても、あるじのクモさえ逃げ出すらしい。

マグマ的な熱気が作った大陸に、鳥たちが集まり、草も虫も共生を始めたその中に、ぽつん、ととまった小さい虫。
弊社はそこで、食えないやつとして、アブラムシでもはみはみしながらまた参加したい。

幸運のモチーフ、てんとう虫。光に向かって飛んでいく虫。
買ってくれた人のもとへ幸せが届いたらいいなと、願いを込めて。

「飛べ、レディ」


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