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子供主体の学び合いをいかに実現するか 岡崎市で始まった「学び方改革」の目指す姿

「いずれは一人一台端末の時代が来る」という認識のもと、文部科学省によるGIGAスクール構想以前より教育委員会と学校が緊密に連携してICTを活用した学びの実践に力を入れてきた愛知県岡崎市。2020年1月には「岡崎版GIGAスクール構想」の実現に向けた取り組みをスタート。全ての多様な児童生徒たちが、自らの特性を生かし、誰一人取り残されることなく個別最適化された学習に取り組めるようにすることで、これからの時代をたくましく生き抜く資質・能力を育成することを目標に、具体的な方針が策定されました。
具体的な方針として掲げられた3本の柱は「ICT環境の整備」「学び方改革」「働き方改革」。
今回は中でも同構想による「学び方改革」に着目。誰一人取り残すことなく、それぞれの資質・能力を育むために、教員主導から学習者主体の授業への転換を目指すその想いと実際の教育活動、その中でスクールタクトが果たしている役割について、同構想の実現を担うお三方にお話しいただきました。


「個別最適化学習」と「チーム学習」の両輪を走らせる


―「岡崎版GIGAスクール構想」の3本の柱の一つである「学び方改革」の実現はどのように進められていますか。

岡崎版GIGAスクール構想の目標と方針

川本:岡崎市では、「学び方改革」の中核として、個別最適化学習とチーム学習を据えています。個別最適化学習は、全ての多様な子供たちが誰一人取り残されることなく、自らの資質・能力を育んでいくことを目指します。この目標は「一人一人の学びを大切にする岡崎の教育」という表現で、学校や保護者に伝えています。

個別最適化学習の浸透によって、学力的な成果を期待する側面ももちろんあります。しかし、それだけでなく、全ての子供たちが学校で安心して学び、活躍できるような場面をたくさん作っていきたいという強い思いがあります。個別最適化学習の実現を目指していけば、さまざまな個性や特性を持った子供たちが、学校で自分らしく学びを深め、自己表現できるようになっていくと考えています。

また、個別最適化学習を実現するためには、一人ひとりの考えを尊重しながら、子供同士の関わりの中で学び合うことが重要です。そこで、鍵を握るのが「チーム学習」です。

―チーム学習について、詳しく教えてください。

川本:これまでは教員が一人で学級全体の児童生徒の状況を把握しようとしていましたが、個別最適化を図るにはどうしても限界があります。そこで、児童生徒同士で学び合う力を活かすことで、誰一人取り残さない学びを実現することがチーム学習の趣旨です。学習課題に対して、まずは一人ひとりが自分自身で考え、解決に取り組むのですが、中には困難に直面する子もいます。そのような個々のつまずきがあれば、4人組のチームの中で助け合い、ゴールを目指していきます。困ったときにはいつでもチーム内でSOSを出せるという「心理的安全性」を大切にしています。

このようなチーム学習は、子供たちの居場所づくり・絆づくりにつながります。友達との関わり合いの中で学ぶことの楽しさを味わうことができれば、「学校へ行きたい」「学校で学びたい」という思いを確かなものにしていけます。現在、全国的に学校に行けない児童生徒の増加が課題となっています。岡崎市では、チーム学習を核としつつ、多様な学びの場を提供することにより、困難を抱える子供たちに自分らしく学べる環境を整えたいと考えています。市内中学校に順次開設している「校内フリースクール」もその手立ての一つです。

―子供たちの学び合いを促すためにどのような取り組みをしていますか。

川本:チーム学習によって、4人の子供たちのリアルなコミュニケーションを活性化させています。一方で、それだけではチームの中で学びが閉じてしまう可能性もあるので、スクールタクトを使って全てのクラスメイトとつながり合えることも重視しています。

チーム学習で話し合いをする際に、スクールタクトでそれぞれの意見を共有することで、クラス内の各チームが緩やかにつながることができます。そうすれば、「別のチームのこの意見は参考にできそうだ」など、他チームの考えを自分たちの話し合いに活かすことができます。個々の子供たちの学び合いを実現することはもちろんのこと、チーム学習を一層活性化させるツールとしてもスクールタクトを活用していきたいと考えています。

岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 係長 川本祐二氏


個別最適化学習の意義を体感する教員研修を実施


―教育委員会では先生方に向けて、どのような研修を実施していますか。

杉坂:岡崎市にはもともと現職研修委員会という現場の教職員で組織される教科・領域ごとの部会があり、自主的な研修が熱心に行われてきました。ICTの活用は、現職研修委員会の中の「学習情報部」が担当し、実習形式の研修を実施したり、活用方法を自校内に広めたりしています。さらに、指導的立場にある学習情報指導員の2名が部会の取りまとめをしたり、各校を訪問して研究授業で指導・助言をしたりして活用実践の推進をしています。

本間:GIGAスクールの実践範囲は広いので、各校でさまざまな創意工夫のある実践事例が出てきました。そこで、どんなことを学びたいか、どんなスキルを身につけたいかを話し合って得意な教職員が講師となったり、外部から講師を招いたりして各種研修を実施しています。コロナ禍以降は、電子会議室やオンラインミーティングも活用して実施しています。このように小中の垣根を越えて教職員同士が学び合う文化が岡崎市にあったことが、ICTの活用を後押しした一因となったといえるでしょう。

研修内容は導入の段階ごとにスタイルを変えていきました。タブレットの基本的な使い方などの導入研修は、「岡崎版GIGAスクール構想」がスタートする以前の1校あたり40台が配備されたタイミングでおおむね完了していました。GIGAスクール整備後は、一人一台環境を前提にした授業改善を目的としています。個別最適化学習やチーム学習の意義を伝え、そのツールとしてスクールタクトの活用を位置づける実習形式の研修を行ってきました。現在はさらに多様な研修メニューに対応しています。先日は、養護教諭向けに研修を行いました。養護教諭は保健の授業を担当しますが、これまでスクールタクトに触れることはあまりありませんでした。研修後には、「早速、次の授業でスクールタクトを活用しよう」と、テンプレートを探す様子が見られました。

教務主任に向けては、教育委員会が実施した研修内容を持ち帰り、自校の先生方に実施してもらいました。教務主任がファシリテーターとなり、スクールタクトに「2学期に大切にしたいこと」を書いてもらい、共同閲覧モードでそれをシェア。「これは自分が気づかない視点だった!」「刺激になった!」という意見に“いいね”を押し合い、ワードクラウドでどのようなキーワードが出てきたかを確認しました。その後、学年ごとに話し合いをし、最後にもう一度スクールタクトに「2学期に何を頑張りたいか」をまとめて、発表してもらいました。教員たちが子供の目線になって研修に参加したことで、「共同閲覧モードで互いの意見を見合うことによって学びが深まる」ということを体感することができたのではないかと思います。

目標を共同閲覧モードでシェアすることで、新たな気づきが生まれる
ワードクラウド機能で先生方の意見に共通するキーワードを可視化


左)岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 指導主事 杉坂和俊氏
右)岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 GIGAスクールアドバイザー 本間茂夫氏

―管理職に向けても研修を実施していますか。

川本:先日、校長先生向けの組織マネジメント研修の一環として「GIGAスクール環境での授業改善」という研修を実施しました。これまで、教育委員会からはあくまで考え方を提示し、具体的にどのような取り組みを実施するかは各校の主体性に任せてきました。今回の研修でも、重要なことは具体的な使い方をレクチャーすることではなく、研修を通じて自ら学び合いの価値に気づいていくことだと考えました。そこで、実習を中心とし、校長先生方が実践的に学べるような研修設計としました。

具体的には、研修スタートと同時に「1学期を終え、今、校長先生として最も大切だと考えていることは何ですか」という問いに対する回答をスクールタクトに記述してもらいました。その後、共同閲覧モードにし、「校長先生同士の考えのよいところを見つけながら読み合いましょう」と促し、他者の視点も加味して自分の考えをアップデートしていただきました。最後には、「改めて、校長先生として最も大切だと考えていることは何ですか」と問いかけ、チームで話し合ってもらった結果を全体にシェアしました。こうした活動を経て、学び合いの価値とともに、そのツールとしてスクールタクトの有効性を実感していただけたのではないかと思っています。

また、共同閲覧モードでの学び合いを学校全体へ広げていくヒントとして、各校での研究授業後の協議会や読書月間でのブックトーク、自己紹介カードの募集などの取り組みを紹介しました。

―実際に研究授業後の協議会に活用し、教科指導力の向上などにつなげている学校があるのでしょうか。

川本:研究授業後の協議会で、意見やコメントを共有するためにスクールタクトを活用している学校があります。スクールタクトの共同閲覧モードを用いれば、まず互いの意見をじっくりと読み合い、それぞれの考えを踏まえた上で視点を整理して協議を行うことができます。また、一人ひとりが発言して共有するよりも、時間を効率よく使えます。これにより、核心に迫る議論に十分な時間をかけることができ、研究協議を深めることができます。若手の教員を中心に、このような協議会を経験していくことで授業づくりの視点が確かなものになるとともに、子供たちの学び合いの大切さを改めて実感する機会にもなると考えています。

研究授業協議会でのスクールタクト活用の様子

―教育委員会からの研修後、先生方に変化はありますか。

川本:先日、教育委員会の研修を受けていた校長先生が、国語科の研修会で「不易と流行」をテーマに講師を務めました。前半の「不易」のパートでは国語科の構造的な板書の仕方などを伝え、後半の「流行」のパートでは効果的に学び合うための工夫としてスクールタクトの活用を盛り込んでいらっしゃいました。

こちらの校長先生は、かねてから1こまの授業時間内で、どうしても授業後半が駆け足になってしまい、重要な「授業の山場」に十分な時間を割けない先生が多いことに課題を感じていました。この課題を解決するには、授業時間を適切に配分していく視点が欠かせません。しかし、従来通りの授業方法ではどうしても授業前半の時間短縮を図ることができませんでした。そうした悩みに対して解決のヒントとなったのが、先ほどお伝えした管理職向けの「GIGAスクール環境での授業改善」の研修でした。

この研修により、スクールタクトであれば、指名された子供たちが発言したり、その意見を板書したりする時間を短縮し、全員の書き込みを閲覧して互いの考えを一気に共有することができる、というブレイクスルーを得たようでした。「効果的に授業時間を使い、授業の山場でしっかりと話し合い活動を行いたい」という30年間抱き続けてきた教科指導上の課題に対する解決の手段として、スクールタクトが結びつき、すぐにご自身が講師となってこの方法を紹介されたのでした。

―具体的にどのように研修に用いていましたか。

川本:研修に参加した国語科の教員全員で句会を実施したのです。撮影した写真とそれに合わせた俳句を共同閲覧モードで見合い、“いいね”を付け合っていました。この研修に参加した先生方も、効果的に学び合いの場を作っていけることや、時短を実現しつつアウトプットを共有し合える利点を実感できたと思います。このように、教科指導を極めたいと思っている先生方の手段として、スクールタクトをどんどん活用してもらいたいと考えています。

句会で共有された「回答一覧」画面


個に閉じた学びから、自然に学び合う活動へ


―岡崎市における「学び方改革」の中軸である個別最適化学習とチーム学習の実現の進捗を教えてください。

川本:各校が個別最適化学習やチーム学習にどのように取り組んでいるかの状況把握として、学校訪問を通じて実際の授業を参観することも多いのですが、一つの指標として、まなびポケットの「学習ログ」を基にスクールタクトの活用頻度や活用内容を参照しています。現段階では、一人一台環境を前提にした授業スタイルに変わりつつあるものの、ICTの活用によって学び合いを深める授業実践をもっと増やしていきたいと感じています。なぜなら、ICTを活用することにより、教員が必要以上に授業をグリップすることなく、ファシリテートの役割に回ることができるためです。

現状の課題認識としては、教員が子供の学習成果を把握することを主たる目的に、スクールタクトを利用しているケースが多いということです。これも一つの方法ですが、このスタイルだけでは、個々の子供の閉じた学びのままでとどまっており、教員主導の授業から脱却できていないことになります。これからは、先生方がファシリテーターとなり、子供同士の学び合う力を引き出して、クラス内での協働的な学びを促進していく役割が一層求められるはずです。スクールタクトによって、学習状況を確認できたりペーパーレス化を図れたりするメリットもありますが、本質的な価値は子供主体の学び合いを引き出すことにあり、それが岡崎市の目指す「学び方改革」につながると考えています。

―今後の展望を教えてください。

川本:私は、全ての子供たちに授業の中で、自分の意思表明が認められる経験から学ぶ楽しさを実感してほしいと願っています。スクールタクトの共同閲覧モードを使えば、意思表明と学び合いが自然に生まれ、クラスメイトと自分との考えの違いに気づき、受容することで、多様性を認め合えるようになっていくはずです。そうなれば、学びの中で一歩ずつ自己実現を目指していける子供たちが増えていくでしょう。これからも、誰一人取り残されることのない個別最適化された学びの実現に向けて、学校現場を支えていきたいと思っています。

本間:GIGAスクール以前は、「ICT活用はICT畑の教職員がリードするもの」という意識があったように思います。しかし、現在はフェーズが変わり、教科指導や授業づくりに熱心な教職員が、手段としてICTを活用するようになってきました。教科の本質に迫る道具としての活用を促していくことが、今後一層求められると考えています。

杉坂:学校を定期的に訪問していますが、タブレットを文房具として活用するという意識がかなり浸透してきているように感じます。特に活用が進んでいる学校や教職員にとっては、マストツールになっています。これからは、ICTの得意不得意や年齢などに関係なく、さらに幅広い先生方へ活用を促していくことが必要だと考えています。


岡崎市教育委員会

所在地
愛知県岡崎市

市内学校数
小学校47校、中学校20校

インタビュー対象者
岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 係長 川本祐二氏
岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 指導主事 杉坂和俊氏
岡崎市教育委員会教育政策課GIGAスクール戦略係 GIGAスクールアドバイザー 本間茂夫氏

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