タヌキとキツネのおはなし

人間が忌み嫌う、暗い山の奥に、たくさんの動物が住むいくつもの村がありました。
タヌキの村に住む“いちばん”のタヌキは、若いのに「村で一番化けるのが上手だ」と他のタヌキたちに慕われていて、誇りを持って毎日を過ごしていました。

ある晩、タヌキが家族のために美味しいごはんを狩りに出かけたとき、大きく凶暴なオオカミの群れに遭遇してしまいました。
必死で逃げるも、暗い夜道。焦ったタヌキは、オオカミに化けることを決意します。

...なんとか、その場を切り抜けられた。一安心して村に帰ろうとすると、木々の影に1匹のキツネが。
「アンタ、今回は運が良かったな。あんな化け方じゃ、命が30個あっても足りないや」
キツネがニヤニヤとしながら、タヌキをまじまじと見つめます。
「そんな!僕は村でいちばん化けるのが上手いんだ。だから今回も無事だった」
「ふーん。尻尾はまるでタヌキだったけどなあ?...オレはこのあたりの村に住んでるんだ。オレの仲間に会っちゃまずいんで、せいぜい帰ることだね」
頭にきたタヌキも、すぐ焦りの表情に戻ります。随分遠くまで逃げたようで、自分の村への帰り道が分からないのです。
「どうしよう」
「足跡と匂いを確認して帰るんだよ。そんなこともできないのか?」
キツネの言葉を聞いたタヌキは、いっそう焦りました。そして、少しだけ納得しました。
「仕方がないのでね、近くまで送ってやるよ」
タヌキは不思議な気持ちでした。オオカミやキツネはあれほど危険だと、小さい頃からママに習うからです。

「あら、こんな夜遅くにどこへいくの?食べ物はまだたくさんあるわよ」
タヌキのママが、心配そうにタヌキに声をかけました。“いちばん”の息子であろうと、夜道には危険がつきものだとママは知っているのです。
「最近は、化ける練習をしているんだ。太陽の光をいっぱい浴びて満腹な、あおくて大きな葉っぱが必要なんだ」
胸を張って、自信気にタヌキが答えます。
「ふうん。そんなの、聞いたことないけれど...
散策はいつでも、気をつけなさい。キツネが出てくるかもしれないわ。ママとの約束よ」
ママは不安を拭いきれず、思わずそう伝えました。

足跡と匂いを頼りに、タヌキはかつて自分を茶化したキツネの元へ向かいます。化けの特訓をしに夜な夜な通うようになっていたのです。
「大切なのは、足先としっぽ。いくら強そうなオオカミに化けることができても、足跡がタヌキのままじゃ、台無しだろう?」
「そんなこと考えたこともなかったよ。確かに、足跡が違っては台無しだ...」
他のタヌキたちにバレないよう、タヌキは慎重に、キツネから教わった知恵を駆使して、毎晩キツネに会いに行きました。
1日1日を迎えながら、おいしい木のみの探し方、天敵から逃れるノウハウ、ときには、日光のよく当たる絶好のお昼寝スポットまで教え合って...
ふたりはいつのまにか、この上ない親友となっていました。

タヌキには信じてやまない一つの思いがありました。
それは、「相棒のキツネはきっと、キツネたちの中でも“いちばん”なんだ」ということ。
しかし本当は、キツネは数あるキツネたちの中でも、とびきり落ちこぼれなのです。
キツネは、そのことを、タヌキに伝えることはできませんでした。

「あなたまさか!そんな!自分が何をしたのかわかっているの!!」
雨の日の朝に、キツネのお母さんが声を荒げました。その声に驚いたのか、村のキツネたちが「どうしたどうした?」と騒ぎ始めます。
「それは、その、ちょっとおちょくっていただけさ!あまりに美味しそうなタヌキがいたもんで、うんと遊んでから食ってやろうと思ったんだ」
「嘘おっしゃい!子供のタヌキ1匹すら狩れないお前が......ああ、そんな。そんな......」
がくりと崩れ落ち落胆するお母さんを見たキツネは、どうしようもない気持ちになりました。

キツネは、はじめから理解していました。だからこそ怖くなりました。村の掟を違反するどころか、「獲物となかよし」だなんて、決して許されるはずはないのです。

騒ぎを聞きつけたキツネたちが仰天し、青ざめ、ヒソヒソ小言を言い合った後、やがて冷酷な眼差しを向けて、キツネに言い放ちました。
「そのタヌキを今すぐに持って来い」

キツネは自分が誰よりも落ちこぼれなことを強く憎みました。
涙を流しながら、タヌキの元へ向かいました。
親友のタヌキがこれからどうなるのかも、自分にはもう何もできないことも、キツネはとうに理解していました。
重い足を動かすたびに、心が悲鳴を上げるようでした。

ふたりのお気に入りのお昼寝場に、キツネが到着したとき。
葉っぱの傘をさして待っていたタヌキは、今にも倒れそうな様子のキツネを見てしばし驚き、「涙でぐちゃぐちゃになった言葉」を聞いて、少しの沈黙の後、口を開きました。

「僕たちは、親友だろう」

キツネの村に着くまでの足取りに、会話はありませんでした。
ただ無言で。ふたりの足音だけが、ぴちゃぴちゃと響きます。
やがて到着した村では、キツネたちが怒り、毛を逆立てながら待っていました。
その様子を感じ取ったふたりは、自分たちがした行いが、どれほど許されないことだったのかを改めて知りました。


そこからは、キツネにとってほんの数秒で、永遠にも感じる、とても残酷な一瞬でした。

村を追放されたキツネは、タヌキをくわえて、ふたりのお気に入りのお昼寝場に帰りました。
キツネが歩いた道には血が垂れて、雨が降り、もう足跡も、大切な親友の匂いも全くわかりません。
タヌキを横たわらせ、キツネはその隣に座りました。
降りしきる雨と血の匂い、まだかすかに温かいタヌキの体温が、まるで今の自分の思いをあらわしているような気持ちになって、キツネはもう、これ以上動くこともできません。
そして、力を振り絞って何度もなきました。
こだまが響き、遠く遠くへ消えていきます。

キツネは何も飲まず、食わず、ひとときもタヌキから離れることはしませんでした。そして、ふたりの思い出をそっと、ひとつひとつ思い出すのでした。


どれくらい経ったのでしょうか。
誰も知らないお気に入りの場所に、ふたりのからだが並んで、夜明けの光に照らされました。
木々に隠れたたくさんの光たちも、ふたりの周りをぱたぱたと取り囲んで、すうっと消えていきます。
やがて、とびきりの日光がさして、たくさんの花たちが咲きました。まるでふたりを元気づけているかのよう。

とても明るい晴れの日のこと。
ふたりだけのたくさんの思い出。

タヌキとキツネのおはなし

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