天使虐殺令

  
死を願ふ青年すくよかなる頸筋へ輪光の日蝕円冠

断念の琴瑟の絃指もつれしたがはなば死ね鐡漿の木犀

蘇鉄緑の海百合に肖鉛白の膚婦人爽つ木の間佇ちをり

鐘楼の根あらは鉄骨へ錆ひづみ五臓六腑納む肋

姦淫の指組み諸手差すその神の磔刑像は酢に研かれき

ヴェネツィア幻想水夫絞首のかたちに腕巻揚ぐる一本の錨

鞦韆すなり貴婦人画の森に画架・額縁の百の肖像

水浴に潜水鏡の貌さかしまに沈む青年に空間恐怖

絶縁と結縁に塩浮く婚姻指環へ罌粟の香充ちて子午線

遠雷に翅拍つ蝶鉛弾の莢さなぎより或数多青年かへり

  
韻文はくれなゐ煙る百合蒼く踵ゆあるる逆子みどりご

一対の豌豆の花蝶の翅かへし真青にふるる蘂と蘂

熟睡の青年鐡の椅子しづみ列車は煉獄巡り地獄に

少年死しき鐡網に宙吊りの李鬱血の身の襤褸

金蠅林檎ぐづぐづの膚ゆ離れ智慧は舌へやどる

命令はたれ指の手へ丹の檸檬燃ゆ荒寥の火事差せるとも 

警鐘は咽へ鬱蒼は耳へ今群像を調律す没薬

冬原へ緋にサセッタの六弁花熾天使の顕現す聖痕

外套授与磐を履みて対の天使藍青のをとめへ囀る百合

フランチェスコの死修道院に祈念さへ鳩卵の茴香の葉包み

  
町境ほろぶる敷石の印履裏に苗市ソドム塩の町

牧畜を殴つ棒かなし神追へる水無月の紫陽花の蕾

枯葎白き十月文盲の網うてる漁夫黒き肌の腿 

全盲ひらける睡蓮花序わかれ舟葬柩にをとめは瞠れ

十指蝋梅が黄へ紛れひららぐ青年護謨手袋の黒き実

壮麗たれ冬薔薇しらじらし火事若白髪の青年は夢魔か

常夜燈瞬き更けて長椅子の汝が頭うへ灯る光暈

突風に傾れ自転車の車輪仰向き回るカタリナの死す

釣鐘草が花へ白き雉子寄する頸細くカエキリア断つ茎

除酵祭列聖・群天使ささぐ極楽鳥花に褪紅の霜置く

  
曇日の杜鵑草逆釣鐘に揺るゆるやかにわれを殺めよ

精霊飛蝗かへらじ水晶体百の複眼もて百億の麥に雲顕ち

黄蘂もゆるミモザ青青と熾天使の神射む針振る時計

百貨店階段に閉づ渦巻の鸚鵡貝殻捩れて梯子

累卵しづか芽吹き乳色の伽藍骨もて撓ふ鐘塔眞昼

藍青に白百合の花序ひかり差す受胎告知の黒衣の系譜

青年は立つ駱駝シャツ脱ぎ蟠る日照時間晒す間に

叛天使ある失墜の種子ふふみ少年に聳ゆ万朶橘樹

鉄橋に眠れる柱へ列聖数多蘇らば亡霊へ緩ぶ卵 

くれなゐ滲む塔時計に雨霧らへ霊柩車緋の百合へ入る塩

  
青茅の鬚あはあはと逆立てる后夕菅よここよりは愛

青天使額づきて献ず百合おもく修道院の白亜群集 函

夏告鳥天蛾を仕留め翼有る煉獄のをとめへ緋の卵

聖霊告げり磔の青年を架臺に楯てよなれ燈齎しぬ 

獅子青き冬砂漠へ礎の石築く天文時計の正午階段

マルコには獅子を命令の緋の天使堕落ののち燈れ凌霄花

濃藍の警服煙る青年に市庁府窓の骨閉ぢて立つ

薔薇窓の闇秋雷に光る死者今日百人出生百余人

申命記ぎらひの少年乳色の白鍵にゆび置かば茘枝ひとつ

天使虐殺令黛匂ふ鐡漿色の白面へ鏡差す告知図

  


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