洛中図

なしくづしの平和に生かされて 頭なき鯖の屍に集る蠅

洗礼日 少年の陽に曝されてか細き咽喉へ迫るロザリオ 

日は落ちて町の焼跡しづか聞く太平洋艦隊の壊滅

独立記念日われに来らず占領の町・町に降服の白き下着

飼料へとくちづける雄鶏悼み以て受く 百グラム六十八円

生活の知恵を報せる 貧困に喘ぐ咽へと麦・葡萄・杯 

漠たる不安健やかなる時もヘロデの兵の色の官憲

嬰児臍帯のままみなごろし櫻の木目渦巻ける床へ目

独立も革命も遅き 尖兵のごと警備員昼に藍青の上半身 

戦後主義くづれはじめてあらはにも大動脈瘤・静脈血栓

  
父は歌に死する 近影に曇りたる硝子曳く飛行機雲

日本便墜落の貨物庫に燃ゆるまへ郵便封筒がさやさや

なけなしの平和くづれて蟻の巣孔蝋もてふさぐ 浅き疼痛  

日本 郵便車のくれなゐ止るポストに胃の腑のごと嚢ひらき

濡れて立つ衛生兵のありぬべし 肩蝕まる氷雨に 

黒き戦争 空襲跡の病院の焼跡へなまなまと鉄骨 

仔羊の毛皮の毛布ならべある日本赤十字病院の病床凡そ四万

木綿の肌着脱ぎて労働夫はたしかむるみづからの汗の塩 

労働争議 止る列車に喚きゐる今会社員・元兵長

経済新聞丸め捨てられあるプラット・フォーム 廃駅まで一年

 
瞋恚のごとし口唇紅く競泳をながめつつ吸ふ無花果の実を

「海征かば水漬く屍」青年は花水母目ヒドラ科ヒドラか

模型店軍艦に零る綿埃 たましゐの酢の澄かへるまで

革命はきたらず 白昼に肉屋は締めぬ牛の舌、肝臓、肋肉

鎧戸の百の継目を畳みをりしに水晶体差し覗く光芒

雌鶏の鶏冠なき頭 ロザリオ「聖母の冠」となづけられ八月

空席を奪ひ合ふをとこらの皆頸枷に海芋のロザリオ
 
教会の伽藍堂 泪する羊 黒き牧夫の白き膚 信仰告白

明らかに殖民 霞み零る映画の字幕に洋袴の下半身重なり

旧官舎・今駐屯地にあらたしき公民の爲死ね、と徴兵令は


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