メランコリア/ジョルジョ・デ・キリコ頌


  
靑天を熟るる枇杷一つかみ死は未だ祝祭のごと花婿を拒まむ

藪荊からまりて足の靴落とす霹靂に肖て別木のこころみ

稲妻博士三度こころみぬ無原罪の御宿の贋聖母

若苗を切つて青年へあづけり昨日与へきは血の葡萄・麺麭

薔薇石鹸溶き脛雪ぐわかものを汝メシアてふ苦きつみびと

運命の指しめすくらき鳩尾に睡れアダムの系図 累たる丘

后錘兆す創世記一ページに目醒む少年はもとの少年ならず

舌炎・口内炎歯科診療医に藪紫陽花なす睦月しぐれつ 

反魂草死者の岡へ泡立ちゆめ愛なぞかたるな訣別のとき

邂逅は在るまじ復活祭によみがへりぬ受難の報ひ 精卵

  
  
万緑の秋天朽ちて葉は白枯れつづらなり 初霜童子

耶蘇約翰へだてて青桃のほどろ錯綜す花かかり死すかたへ

薄浅き愛くちにして苦艾絶ゆるなく殖ゆ孤絶の地球を

鱗の百合雄蕊へと触るるなき背丈ひとし幼年の眸

苗代の頸から下を斬つて捨つ萵苣浅黄なるすかすかの闇

堅き項刎ぬ刑務官へ一縷翻翻たり受難の花苞

政治われ愛さざり趨勢の桐の花はや畢り冬枯木

精霊の呼ばふかたゆ秋風木枯十二音律区切りてピアノ

遅蒔きに麥刈られつつ乾藁束へ堆きしかばね 死児を享く

死を預け紙幣を得たり労働のすべて歴史に与す 機械史 

  
  
韻律の焉ぞ失はれ嚆矢放たる冠毛種子そのゆくすゑ いづれ

熱湯に晒せる累卵膚へ泡 きみ諦めよと汝がこゑ

留置場個室にてのひらを隔て黒人薔薇色の舌つぐみ佇ち 

雑念伐つて羞づべく縦に割き封筒の口いづる離職勧告

聖霊の耳朶四枚相触るるなし双子葉植物綱の項開き

断絶近縁なる火宅火車妻籠の車菊花図を留め、たはかれ

手躊躇はずあやむ蜘蛛一匹つぶされき 断たる琴瑟

愛執は在らず乗り替へき雑踏へ交はる個人等距離   

乗降客騒ぐな崩御の報を聞く殊更響く列車のこゑと

死を思はざる精霊領に遊ぶときさしぐめる蜻蛉の均翅に


  
  
みづ昏き光へ蜉蝣の白き翅いのちとはこころをおもひいづるよすが

生命の不可思議いもうと百合を剥き黄蘂に触るいづかたより秋

死蛾の繭煮ればしのばゆ魔の音樂家リスト・フェレンツの後髪

陶酔を捨てて愧づべし秋のミラノ広場へ塔聳ゆその監視窓

外廊遠近へアーチ黒き洞なべて骨の園緻密平坦にも白壁

乾燥薔薇褐色の陰延ぶかたゆ市街あからひく塑像腕、頸なし

写眞紙の設計図マヌカンの頭ヴァイオリンの腹額縁の線刻

馬二頭たてがみの蓬髪より秋はきたるいまひかる涯へみづ

室内図 具象なす列柱へ一輪の影の輪落とす仕組なす光源

自画像の端端に目の馬ゆきとどかず薔薇の塔中枢へ洞


  
  
死の愛が羅たまはるゆゑ水中の精霊飛蝗ゆくへしらずも

失せる塔ふりむきざまに固めをり記念広場の仰臥なす影

室内球メランコリアの光芒の梯子のもと蹲り沈むきみ

砲と薔薇、橋梁の足なめらかにやきつききローマの夕暮れの晩秋

列柱の建築の闇くろぐろし内廊の外側を眞白きアーチ

市街へ立方、長方の影ながながと伸びしたがふ結実は像

思はば球体鉄道に駅広場の口下へ陰の像ひとつ建ち

望楼へ旗立ちなびき秋風のなか故郷なす希臘にも薔薇

円筒の窓一列消失点へ並び自動車の輪の組入りぬ軸 

みづからを画加へざる自己像に喪失の風景は噤むも 火の秋


  
  

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