偽基督

  
洗礼未明に晩餐曲立ててリュートの第一絃がくらすぎる

薔薇唐草琵琶の胴にて漆黒の洞刳りぬかる光ぬめりて

歌はざればたましひかぎる秋蜻蛉四つ翅たてて水の枝にたつ

先づをのづ弑するべきこころ殊玉ゆがまむ閉塞隅角緑内障

たまかぎる夕顔眼科院に茄子紺の歯そめて食事せり秋の医師

寧ろみづからを救はむとして亡びぬ蟻坂綾大四十七歳

團欒に加はるも佳し血の掟釦の針へ拇指捺しき継嗣

虹鱒塩へ漬け贈りぬ玄関先へ投函さるシチリア日報

咽、鰓へ塩押し込まる漁港にて揚がりし鯖折の鯖血抜かれて

鉄砲弾玩具の拳銃ゆあふるを踏みて躙りきおそろしきは父
  
  
中村六郎水指骨董一万円美品競売市へ柄杓星

松明の焔をもちて万朶の一枝よりまづ焼き畳ぬ櫻花、蛆

紋黒鯱鉾虫飛蛾へ孵すは美青年ならむか櫻火葬場より

一抹の銀混るさきのよには飼虎図佛投身の懸崖の菊

両界曼荼羅図にはさまれて前髪乱る つつみ紙の天牛

歌はずしてやすらかなるときも薔薇風呂に泛べり脂

詩歌亡ぼさむとして綴帖の他界縹渺の沖へ船沈まりぬ

嫡男の婚姻会場。燻製の浮巣の鳰の朽葉色の頸

戦艦模型へ突き出しぬ袖へ搦ぐ微小飛行機羽虫のごとし

玩具へもこもれる湯気揮発油にて拭かば汽罐車消ぬる 日差
  
  
燦爛はなにをかいはふ薔薇石膏砂への展墓ひらかれてあり

石燈篭へゆらめきし燭 茫漠の静へとりのこさる晒磐

蜂巣へとはなつ灯油 酷寒の膚粟立ちきしろき喪服の婿嗣

靈園を等間隔につつましき白砂利の区画図の鬼籍表

棹石オルガン型に白灼かる地下納骨堂へと空間の闇

花嫁、或は母火葬室へ送り婚服の白きをとこの眉間へと皺

音樂堂アダジオにくるまれて燃え広がりぬ緋の屍なす席

ヴァルプルギス。昏婚の藁塚へ歳経てすさまじき處女ある

マグダレナ灼きて暁の明星の零りぬ聖霊の雲くらやみ翼

悪靈ならずも耶蘇會神父名はヨセフへと継嗣ふたたび 来なむ
  
  
遅れ髪靡かせゆける死青年ゆくりなく汝が生にしたがへり

苦悩 言葉のちからに甦るラズロ兆候なせりおとうと

父祖殺しきのみ君臨す系統樹 聖靈の雲とは精靈飛蝗の雲か

多摩靈園発ちし列車はエデンの西ゆく枯野を過ぎて

都市圏へ至れる環状路螺旋たりて立体駐車場より箱車

サロメ サロメよ わが刎頸はいづこ呼ぶ黙示録終章ゆ第一章へ

受難の後蘇り青年嗣もはやもとのみづならず 雛の形代

宰神は希臘ゆ来る 唯神の唯とは自動絡繰仕掛の指かは

神曲煉獄篇とばしつつ翼蝶ら偶数弁花へ暫しやすらぎ

天堂へ到るは恒星天の外か 楕円競走場を見離ききは
  
  
天の御國乃ち死なり甦るイエスはイエスとは名宣れども

天人唐草紋六絃琴 断絃の青年はダヴィデの徴項にありき

過越へ乾麺麭乾酪は血褐色に黴零りてみなころしの河 

長崎異人墓碑園へとつづく八坂九相図ひろがり むかし

ベアトリーチェ、或はマリア孕りぬ雲降り群天使の梯子

墨紫色の彼岸ふふらむさくらばな隔てて母仔のわかれゆくかな

吾を三度見きとはいふな天堂の秘鑰握らしむを漁夫、牧夫

開かるる永遠やきつき屍灰火雨 巌戸を塞ぎぬ十一時二分

レオナルド・ダ・ヴィンチ摸倣 ほほゑみぬ藍靑の套の基督 滅び

複製画家サルバトール・ムンディに肖る靑薔薇「地球」を残ししも
  
  


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